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シエル→? ②

ふっ

ふふふふ


優しげな笑みを浮かべ、シエルが落ち着くまではと言って、シエルを自分の腹を跨がせたままにして、暫く。まだまだバクバクと胸が音を鳴らしているその中で、身も知らぬ青年と間近に顔を合わせ、その上あまり褒められたものではない体勢。シエルは口を開く事も出来ず、青年に手首を掴まれたま。どうしよう、と思いながらも身動きを取らないようにすることしか考え付かず、じっと青年と見つめ合い続けた。


困っています!

そう、顔からはみ出んばかりにでかでかと、黒くてインクで太く、書かれていそうな顔。

そんな顔でジッと見つめられて、耐え切れる人が居たら会ってみたい。

青年はきっとこの時、そう思ったことだろう。


青年が突然、じっと見つめてくるシエルの視線から顔を背けると、肩をプルプルと震わせ、そして遂には声を上げて笑い出した。


「あっはっははは」

シエルが座っているのは、青年のお腹の上。

声を上げて笑い出したそれは、シエルの耳にだけでなく、体全体に響いて伝わってきた。

「あは、いや、うん…ごめっ、あはっははは」

シエルにしてみれば、突然笑い出した青年に呆然とするしかない。

青年の上から退きたくても、手首を掴まれているのだからどうしようもなく。困った、という字をありありと顔に浮かべたシエルはそのまま、青年が笑い終わるのを待つしかなかった。

「…かわいいね」

「えっ!?」

これもまた、突然に。

突如として笑い声を止めた青年がにっこりと、笑みを深めてシエルを抱き締めたのだ。

可愛い。本当に可愛い。

そう言って青年は、シエルの背中にしっかりと腕を回す。

逃げれそうにない腕の囲い。

本当ならば、初対面の人間にされたら恐怖や不快感を感じるべき行為。けれど何でだろうか、シエルは青年に対してそれらを感じることは、終ぞ無かったのだ。

先程の夢の中だと思われる森に感じたように、青年のお腹の上に気づいたら居た時のように、嫌な感じ、怖いという感じは一切無かった。

だからシエルはえっ?と戸惑いの声を上げはするものの、必死に逃げようとは思わなかった。抱き込まれて目の前を塞いだ青年の胸に、手を当てて体を離そうとは動いてみるが、そこに腕が痛む程の本気の、必死でがむしゃらの力は傍から見ても加わっていない。


「あぁ、本当に可愛いね。面白い。さすが…」


さすが?

抱き締めてくる青年の腕は段々と、シエルに苦しさを与えない優しいものではあったが、力が加わっていった。シエルの頬は青年の胸にピッタリと触れ、その体勢のままに青年が背中を曲げたことで、青年の声がシエルの耳の近いところで聞こえてきた。

さすがって何だろう。潜めるような青年の呟きもしっかりと、シエルの耳には届いていた。


そして、ふと思う。

気づいた時にはこの体勢。

夢魔は夢を通すことで外に出してくれた筈。なら、あの夢はこの人の?


あの懐かしい感じがして、とても落ち着く雰囲気に満ちていた、美しい森。


そう考えてみるとシエルには、あの森と青年が似ている、何処が何がと聞かれてしまえば「分からない」としか言いようのない、感覚、空気としてシエルはそう思えた。


「あの…」

森が出てくる夢を見ていましたか?

そう聞けばいいのかな、と思いながら口を開き、自分を抱き締め続けている青年に声をかける。

「ん?あぁ、ごめん。つい、妹の幼い頃を思い出してしまってね」

君は妹に似ているんだ、と青年は少しだけ腕から力を抜き、顔を上げてシエルを見下ろした。

背中に回った腕の力が緩まった事で、シエルは少しだけではあるが体を動かすことが出来るようになった。青年の胸についていた頬を離せるようになり、隙間が殆ど無い程に密着していた体をシエルは、青年の胸に置いた手に力を入れて離していった。

そして、自分を優しく見下ろす青年の目に、まっすぐと自分の目を合わせた。

「妹?」

「そう。君くらいの歳だった頃は少し、反抗期だった。そのせいで、こんな風に抱き締めることも出来なくて。その頃を思い出したら、つい。驚かせてしまったね」


普通なら、そんな説明で納得して安心する人はいない。

だが、シエルは何処までも変わらずにシエルなのだ。初対面の時点から警戒なんて抱きもしていなかった相手だったこともあり、シエルはそんな説明にもなっていないその話に納得してしまった。


「それにしても、本当にそっくりだ。普通なら有り得ない方法で移動してくる、ところなんて特に」


はは、と青年はまた笑った。

「それで、君はどうして僕の夢から現れたのかな?」

きっと妹という人を思い浮かべているのだろう、青年はこれまで以上に優しい、慈愛に満ちた微笑を浮かべてシエルに問い掛けた。

その問い掛けと、その青年の微笑みに、シエルに重要な事を思い出す。


「あっ、ムウさん!」


ムウロを呼ばないと。

ムウロとの約束、シエルはそれを思い出したのだ。


「ムウさん?」


青年の笑みが違う色を宿した。

今までシエルに対して優しさ一色だったそれが、少し意地が悪そうなそれになる。


「えっと。夢魔の女の人に、」


「確かに夢魔の気配がしたね。夢魔に頼んで移動したのか」

シエルが事の経緯を説明しようとすると、青年はあぁそうかと面白そうに聞いていた。

「だけど、移動するなら転移の魔道具があるだろうに」

「迷宮の中から、だったから」

「夢魔が居る迷宮といえば、『蓮華』『百薬』『東山』、くらいだったかな?」

シエルがまだ聞いたこともない迷宮の中に、シエルが此処に来る前に居た迷宮の名もあった。


「夢に入る時に、ムウさんに言われたの。ムウさんの名前を呼んだら、迎えに来てくれるって」


ムウさんを呼びたい。

シエルはそう、青年に告げた。

別に勝手に呼べばいいのだろうが、この体勢な上、聞いた方がいいとシエルは思ったのだ。何故なのかは、シエルにも分からない。

分からないことだらけなのだ。あの森も、この場所も、そして目の前の青年も。分からないことばかりなのに、怖くも不安でもない。それもまた、シエルには分からない。

その違和感から逃げ出す為にも、シエルは早くムウロに会いたかった。


「あの泣き虫が。ふふふ。時が経つのは早いものだ」


「えっ?」







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