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夜の友達と旅のパートナー

偽者の月が天高くに登り、水晶で出来ている木々がその光を浴びてキラキラと煌いている。テントの中に入った後、テントの入り口から顔だけを覗かせたシエルも目を同じくらいに輝かせてその光景に見入っていたが、しばらくすると満足しテントの中に大人しく顔を引っ込めた。


狼の姿に戻り、その大きさを大人の男くらいへ変化させたムウロは、体を横たわらせ目を閉ざした。眠っているような姿だったが、その耳は絶えず左右に動き、起きていることを知らせている。

ムウロが一番楽な体勢がこの姿だった。



ピクッ


しばらくして、ムウロの耳が動きを止め、ゆっくりと目を開けるとテントの中の様子を窺い始めた。襲ってくるような存在は無いと思うが、シエルの周りでは何かが起こりそうだという予感に従い、周囲の様子を探っていたのだが、その予感していた異変は外ではなく、テントの中から感じられた。


「誰と話してるの?」


テントの中から感じられたのは、勇者の力。


人魔大戦の際、まだ幼かったムウロは戦線には立たず、母の命令で長姉の傍で成り行きを見守っていた。長姉を守れと母や兄に命じられていたのだが、実際には一緒に避難させられたのだろう。

その時に遠巻きながらに感じた、強烈な勇者と魔王の力。

ムウロは長姉の腕の中から、二つの力のぶつかり合いから目が逸らせないでいた。


迷宮内と外の時間は同じ。

今は夜中、人間や一部の魔族は完全に寝ている時間だった。

こんな時間に、『遠話の右耳』を使って誰に繋げているんだろう。

ムウロは、ふっと思い、そして聞かないといけないと何故か感じた。この時の判断を、ムウロは後から自分を褒め称えることになった。


「よく夜に話をする友達だよ。」


少し無理をしているのか、少しだけ眠たげな声でシエルが答えた。

「夜に?」

それって迷惑行為なんじゃ、と地上によく遊びにくるムウロは首を捻る。

「うん、半分吸血鬼の人だから~」

「!!」


目を半分だけ開いていたムウロが、はっきりと目を開け体を横たわらせたまま上体を起こし、テントの中に全ての神経を集中させた。


半分吸血鬼。ダンピールと呼ばれる存在は多くは無い。誇り高い吸血鬼が人を愛すること事態は少なく、そして不慮の事態によって生まれたとしても吸血鬼に見つかれば殺されてしまうからだ。生き残れるダンピールは、人と吸血鬼の親に愛され、守られ、自分を守れる力を持つことが出来た者だけなのだ。

人魔大戦が起こる前は、吸血鬼の女王『夜麗大公』が人に対して寛容な立場を取っていた事で今よりは生まれる確立は多かったと聞くが、ムウロが生まれた頃には女王が人を嫌うようになり、ダンピールは忌むべき存在となっていた。


そんな数が少ないダンピール。

現在、『夜麗大公』の血族・眷属が必死な思いで百年近く探している存在がある。その存在というのも、そのダンピールだった。

地上にいるという事は判っている。

だからこそ、全員が大慌てでその消息を探す。

吸血鬼も人間も、ダンピールには敵でしかない。

彼女に何かあれば、恐ろしい事が起こる。僅かな痕跡も見逃さないように探しているのだが、髪の毛一つ見つからないでいる。


けれど今夜、ムウロは手がかりを見つけた。

まだ、詳細を聞いてもいないのに、ムウロの勘はそう告げていた。


「何処にいる人なの?」

ドキドキと高鳴る心臓を抑え、シエルに不信がられないよう気をつける。

シエルがムウロが聞いているという事を相手に伝え、本当に探し人が相手だったのなら、逃げられてしまう可能性があった。


ムウロが問い掛けると、うつろうつろと閉じそうになる目を擦り、シエルがテントから頭だけを出してきた。

「この力が分かった頃に、適当に糸を飛ばしてみたんだぁ。そしたら繋がったの。」


それは本当に偶然の出会いだった。

今思えば、その力を受け取った相手が『勇者の祝福』を利用しようと考えたのかも知れない。あの時のシエルは、突然知る事になった力に怯える一方で、自分が持てた特別な力に心を躍らせる子供だった。

「ディアナちゃんって言ってね~よく夜に話をしてるんだぁ~」


大当たり!!!


ムウロは思わず毛を逆立て、立ち上がっていた。

大きな風が巻き起こる程の急な動きに、寝ぼけ始めていたシエルが驚いて目を覚ました。

「む、ムウさん?」


驚いているシエルが目に入り、悪いと思いながらもムウロは興奮して喉をグルグルと鳴らし始める。姿を眩ませてから百年余り、魔界でも一勢力を誇る吸血鬼が必死で探したというのに見つからなかった長姉の名前がシエルの口から出てきたのだ。興奮するなと言う方が酷というもの。


でも、とムウロは秘かに思った。


こういうのって、しばらく旅を一緒にして信頼関係が築けた辺りで分かるような話じゃないかな?それが物語の定番でしょ?


地上で遊んでいる内に、ムウロは人間が作る物語などを、物語の定番というものを理解して批評出来る程まで読み込んでいた。

やっぱりシエルは面白いと、狼の口でニヤリと笑みを生み出した。


《私も、そちらの話に参加してもいい?》


「ディアナちゃん?」


シエルの頭に、ムウロに話しかけられる前まで話をしていた、会った事もない年上の友人の声が届いた。実を言うと、テントの中でシエルはディアナに冒険に出る事が出来たことと連れがいると言う話をしていたのだ。


そして、今ムウロとの会話をディアナと回線を繋げたまま行なっていた為、ディアナに筒抜けだったのだが、寝ぼけていたシエルは今だに気づいてはいなかった。


「ムウさん。ディアナちゃんが話がしたいって~」

「するよ。する、する。」


《久しぶり、ムウロ。》

《姉さん!!!》


「お姉さん!?」

また、うつらと目が細くなってきていたシエルが、今度は体ごと起き上がることになった。

《クスクス。寝るの邪魔しちゃってゴメンね、シエルちゃん。》

《姉さん、百年間探してたんだよ!?》

《あら、じゃあ私ったら上手く隠れていられたって事ね。》

初めて隠れ鬼で勝てたのね、と喜ぶディアナの声が頭に響く。

《久しぶりに貴方の声を聞けて嬉しかったわ。私は元気にしているから、別に探さないでもいいのよ。そう、レイにも伝えてね。》

シエルに対して「お休み。またね」と声を残し、ディアナは回線を切ってしまった。


「む、ムウさん。ディアナちゃんの弟だったの?」

「そ、そうだよ。シエル、本当に姉さんの居場所は知らないの?」

顔を見合わせ、人型に変じたムウロと二人、正座をして向かいあった。

「知らないよ?適当に飛ばしただけだから。一度繋げたら、何処にいても繋がるようになるんだけど、何処にいるかまでは分からないし。」

「そう…。姉さんはね、百年前から家出中なんだ。一族皆で探してるんだけど、見つけられなくて。特に、姉さんを溺愛している兄が半狂乱になって、そろそろヤバそうな感じなんだよ。」

溜息をついてムウロが思い出すのは、今回地上に出る前に顔を見せに行った『麗夜大公』の城。見つからないと報告する眷族に仕置きを施している兄レイの姿だった。あまりにも血肉が飛び交う光景だったので背中だけ見て、書置きをしてムウロは城を後にした。

「?あれ?ムウさんは狼で、ディアナちゃんは半吸血鬼?」

「僕は母親が吸血鬼なんだ。姉さんの父親が人間ね。」

頭を悩ませ始めたシエルに答えてあげるムウロ。


シエルに着いて行けば何かが起こると、何処かに予感があったとはいえ、本当に姉の行方の手がかりを掴むことが出来たなんて。

ムウロは興奮していた。

そして、このままシエルに着いていこうと決意した。

たとえ、アルスから戻って来いと連絡が来ようと、兄から顔を見せろと命じられても、シエルから目を放さないようにしないとと理由をつければ、退屈な魔界に戻らなくてもよくなった。


「シエル。これからも、よろしくね。」


「う、うん。よろしくね、ムウさん。」

満面の笑顔で手を差し出すムウロに、戸惑いながらもシエルは手を握り返した。


次の日の朝、目を擦りながら歩くシエルが躓いたり落ちたりして、昼過ぎまで狼の姿になったムウロの背中にシエルを乗せて移動することになる事も知らず、ムウロはニコニコとシエルの手を握り続けた。


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