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侯より伯へ問う

黄金の竪琴。

触れた者を迷宮の奥深く、つまりアエーシュマが隠れている場所に連れ去るよう仕組まれているそれは、アエーシュマが糧を得る為の仕掛けだった。

普段は迷宮の中に入ってくる人間達から吸い取る精気、そして淫魔達が集めてくる精気を分け与えられて、アエーシュマは生きてきた。それでも時折、百年、二百年程の感覚での時折、人一人分の精気をアエーシュマ自身が奪い取らねばならない、そんな飢餓感に襲われることがあった。

黄金の竪琴は、そんな飢餓感に襲われ、他人に接する恐怖などを押し退けてまで我慢が効かなくなってしまった時の為の仕掛けだった。


一番最近、黄金の竪琴を用いて精気を得たのは、つい十数年程前のこと。


シエルから見れば、ガリガリで今にも折れてしまいそうなアエーシュマの細い手足。だが、それは飢餓感に襲われるに至った時の姿から思えば、シエルは知るよしも無いのは当たり前だが、濃厚な食事をして十年ほどしか経っていないこの姿はまだ健康的なものの内なのだ。


ムウロが黄金の竪琴を目にして驚いたのは、そう言った事情を全て知っているからだ。

黄金の竪琴がどういう仕組みなのか、そして以前に起きたのが十数年前だということ。それらを知っている極少数の存在の内の一人であるが為に、ムウロは自分達の前に現れて見せた黄金の竪琴にそれはもう、驚くばかりだった。



「別にお腹は減っていないんだ」


シエルと目を合わさないように顔を背けながらも向かい合い、床へ直に座り込んだアエーシュマが、小鳥の囀りよりも小さな声でそう言った。

シエルもまた、アエーシュマにあわせるように床に座り、それを静かに、シエルの視線一つでビクビクと怯えた様子を見せるアエーシュマを脅かさないよう慎重に気遣いながら、アエーシュマの話を聞いていた。

ムウロは、といえば、少しでも不穏な動きを見せれば何時でも、という警戒を隠す様子もなくシエルの隣に立っている。そして、そんなムウロに淫魔達が瞬きも忘れて凝視し、ムウロが動いたならば何を持ってしてもアエーシュマを守ろうという覚悟を顔に滲ませている。

「じゃあ、どうして。僕達のところにあれを送り込んだのか」


「こ、この子なら、僕の力で怖くないように出来るだろうから。ちょっとだけ、精気を分けて貰おうかなって…」


「…私、淫魔じゃないよ?」

ムウロに睨まれ、目を逸らしたまま怯えを露に、アエーシュマは求められるがままに説明する。

それによってアエーシュマが『箱夢侯爵』に成るに至った話や彼の力などを知ったシエルは、彼の言葉に引っ掛かりを覚えた。

アエーシュマの怖くないように、それは彼の力の支配下に置かれるということ。そして、彼の力によって支配下に置かれるのは、魅了の力を持っている淫魔など。

シエルはそうではない。だから、支配下に落ちることなど無いのに。

魅了の力を持つのが淫魔だけではないとは知っているが、アエーシュマの説明を聞いていたら、ついつい淫魔ではない、という言葉をシエルは零してしまった。


「で、でも。皆が教えてくれた…。大公様に、公爵様に…、君の周りには有り得ない人達が侍ってるって。だ、だから、魅了の力を持ってるって、思って…。そんな人達を侍る君の精気を少しでも貰えば、大丈夫だって思った…のに…」


恐怖と緊張が頂点に達したのか。

うっうっと嗚咽を漏らし始めたアエーシュマの目に涙が滲む。

それを見て、ムウロに吊りあがった目を向けていた淫魔達が表情を一変させ、アエーシュマの下に水を湛えたコップを差し出したり、涙を拭う湯気を立てたタオルを差し出したり、その背中を優しく摩ったり、と過保護な様を見せ付ける。


「大丈夫って、何が大丈夫になるの?」


シエルがアエーシュマの言葉の中で気になったそれを問い掛けると、淫魔達は再び目を吊り上げて、シエルを睨みつける。

アエーシュマがこんな風に弱っているのだから控えなさいよ。

彼女達の睨みと口から漏らす悪態から、そんな事を彼女達が思っていることが知れた。

だが、睨む彼女達を制し、アエーシュマが口を開く。


「……聞こえたから」


「聞こえた?」

シエルの問い掛けへの答えにはなっていない、その言葉。

何が?とシエルは首を傾げ、ムウロは何だかイラッと感じたようで笑顔で青筋を立てている。


「貴方には聞こえなかった?」

「はっ?」


これもまた、シエルには答えず。アエーシュマの問い掛けは、ムウロがへと向かうものだった。

突然の問い掛け、しかもその意図も何も分からないそれに、ムウロは苛立たしげに眉をしかめる。


「魔王様の声が聞こえなかった?もうすぐだって。その為に力が必要だって」


アエーシュマは言う。

淫魔達をも遠ざけて、何もない、自分という存在しか有り得ない空間に引き込もっていた時、彼の耳に、彼の中から響き出す声が聞こえたのだ、と。

自分のものでもなく、数少ない知る声のどれでもなく、でも確かな懐かしさと存在感を示す声。

アエーシュマはそれが、魔王陛下の声である、と。魔王を直接知らぬ身ではあるものの、そう感じたという。あれは間違いなく、魔王陛下の声であると、アエーシュマを形作っている魔族としての全てがそう断言したのだと。


その声を発しているのは、アエーシュマの中に根付いている魔王の力。爵位を持つものに与えられ、前の侯爵より奪い取ったそれが、アエーシュマに語りかけてくる。

ムウロは『灰牙伯爵』。つまり、アエーシュマよりは少ないということになるが、爵位と共に魔王の力を持っているということ。

だから、アエーシュマはムウロに問う。

聞こえなかったのか、と。

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