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素顔

これまで、シエルが出会ってきた魔族達。

その多くが、分類、種類の違いはあれど、見目の整った者達ばかりだった。勿論、人間であるシエルには基準や美醜の差の分からない、ドワーフやコボルト、オーガなどとも出会ってきたし、人とは全く違う姿形を持つ魔族にも出会ってきて、その人々の見目が整っていたかと聞かれたは答えることは出来ない。だが、シエルに推し測ることの出来る人の姿形を模した魔族達に限れば、その姿形は確かに整い、見惚れてしまいそうになる美人が多かった。

まぁ、それもそうだろう。

シエルが出会ってきた、人に近い姿形をとる魔族達のほとんどが吸血鬼を始めとする、誘惑をもって糧を得る者達ばかり。惑わし、操り、そして糧とする。種族として生まれながらにして、ある程度の美貌を誇る者達なのだ。


その一目で人外であると感づけてしまう美しい魔族達の中で一番、シエルが綺麗だと思ったのは『麗猛公爵』レイだった。

息を飲んで、そのまま呼吸という行為を忘れてしまうんじゃないかという程に綺麗だった、ともう何度もレイと会って会話を交わし、そしてレイの実態を知っている今でも、シエルは彼の顔を思い出すとそう思う。

そんなレイと同列に語られているという、『箱夢侯爵』アエーシュマ。

見目麗しいと語られる淫魔という種族の王様。迷宮の中で現れた彼の部下である、彼をとても慕っている様子の淫魔の女達は、皆それぞれ美しい容姿をしていた。

なら、と期待と好奇心が高まるのは仕方ないことだとシエルは自分に言い聞かせた。


いくらムウロが言ってくれたのだとしても、いつも迷惑をかけてしまっているのだから、危ないかも知れない場所には行かないのだと言うべきだと、シエルも分かっている。でも、アエーシュマと会ってみたいという好奇心が沸き起こってくるのだ。

ムウロが行くと誘ってくれている、そして自分に言い訳にもなっていない言い訳を言い聞かせることで、シエルはアエーシュマの下へと向かう。




ムウロが女に対して用いたのは、兄レイからその昔に渡された魔道具だった。

女の耳元で囁く姿など、あまり褒められたものではないことから、シエルには目を瞑っていてもらったが、ネタを明かしてしまえば、ただの魅了の力を宿しただけの魔道具だ。まぁ、ただの、というには少しそこに宿っている力は強過ぎるのだが、それは魔道具を作ったのが『麗猛公爵』レイなのだから仕方ないだろう。魅了の力を生まれながらに持つ種族である淫魔でさえも、一瞬にして魅了して精神を捕らえてしまう程の力がそれには宿っている。レイが兄としてムウロに授けてくれたのだが、本当に珍しい事もあるものだと、とうの弟であるムウロも貰った当時は驚いたものだった。確かに一応は兄弟という枠組みに入れられ、他人よりは気にかけられている自覚はあるが、それでも母や、最愛の姉に比べれば格段に劣る。そもそもムウロは知っているのだ。レイがムウロ達に向かって、まるで普通の兄のように振舞う様子を見せているのは、姉ディアナがそう言ったのが切っ掛けだったのだと。今では最初からそうであったかのように兄という姿を見せているが、遠い昔、まだまだムウロが幼かった時分など、自分が兄であるという事を忘れる事も多々合った。この魔道具を与えられたのは、そんな頃だったということもあって、驚きは今よりも大きかった覚えがある。

どうして魅了の魔道具なんてものを渡されたのか、ムウロも未だにその理由は知らない。が、時折こうして活用させて貰い、中々に役に立っていた。

魔界にあっても最高位に位置する魅了の力は様々な場面で活路を開く、いい助けとなっている。


魅了を持つ者でありながらムウロによって魅了されてしまった淫魔の女は、ムウロに言われるがまま、彼女にとって最愛である主の下へムウロ達を案内することになった。




「…えって、アエーシュマさん?」

本当に?という言葉をシエルが何とか飲み込んだ。その隣では、ムウロもまた驚いていた。驚きのあまり、魔道具へと注いでいた魔力を途切れさせてしまった事にも気づけぬほどだ。発動していた魔道具の効果が失われ、魅了状態にあった淫魔の女が正気に戻り顔を青褪めさせ、主であるアエーシュマを裏切ってしまった後悔に泣き崩れようと、シエルとムウロは目を逸らす事も出来ずに目の前のアエーシュマを見ていた。

「そういえば、顔を見るのは初めてだな」

滅多なことでは迷宮から出てこない上に、出て来たとしても顔を完全に隠す姿。

まさか、あの厳重に覆われて隠していた顔がこれだったとは。ムウロは呆気に取られていた。


目は大きくも小さくもなく、目の下に色濃く刻まれている隈。肌は外に出ない為か痛々しい程に青白く不気味。きっと本来だったならキラキラと輝いていただろう金の髪はパサパサでボサボサで、くすんでしまっている。痩せている、というには細すぎる腕が慌てて顔を隠そうとするが、隠しきれていない。

まず間違いなく、彼が淫魔なのだと言われても、魔族も人間も笑って冗談だと言い捨てるだろう、その姿。

床に座りこんで、ふるふると震えて縮こまっている彼の周りには、シエルとムウロを美しくも恐ろしい形相で睨みつけて、彼を守ろうと美貌を誇る淫魔の女達が立って囲んでいるのだが、少しでも油断すると彼のことを忘れて彼女達にこそ目を集中させてしまいそうになる。

それだけ、彼、アエーシュマは印象の薄い、目立った特徴も見当たらない人物だった。


「なななななな、なんで!?どどどどどど、どうして、ど、どうし…」


シエルとムウロがやってきたことを、アエーシュマはその姿を目の当たりにして初めて知ったらしい。どうして、なんで、と何度も繰り返して怯える姿は、魔族に怯えて暮らす人間の中に紛れ込んでも普通に受け入れられそうなものだった。

「まぁ、可哀想なアエーシュマ。そんなに怯えなくてもいいのよ?わたくし達が何があっても守ってあげるのだから」

「そうよ、アエーシュマ。前みたいに、私達が貴方の敵を倒してあげるわ。だから大丈夫よ、可愛いアエーシュマ」

一部の女達が怯えて、今にも倒れてしまいそうなアエーシュマの身体を優しく摩り、慰める。その間も、その他の女達はシエル達を睨み続けている。


「一応、こういうことを言うのは趣味ではないんだけど。僕が何なのか分かっていて、殺気を向けているのかな?」


シエルには睨んでいるだけ、と少し怖いと思っていた女達のそれは、ムウロに言わせると殺気だという。

爵位持ちでもない、誘惑して糧を得る、あまり攻撃を得意とする訳ではない淫魔が、『伯爵』位を持っているムウロに殺意を露にする。気の短い者が相手ならば、向けた瞬間に戦いが始まり、殺されたとしも文句が言えようもない状況だった。


「愛しいアエーシュマの為ですもの。この子の嘆きを排除する為に散るのならば、本望だわ」

「そうね。アエーシュマに爵位をプレゼントしてあげる時も何人か消えることになったけれど、あれはとても羨ましいものだったわ。今度は私達がそうなれる。あぁ、なんて素敵なの」


怖い。

睨まれることではなく、殺意を向けられてことでもなく、その目と考えが怖いとシエルは思った。思わず、ムウロの背中に隠れようとしてしまう程の、怖さというものをシエルは彼女達の中に見た。


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