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会いに行こうか

さて本当にどうするか。


そんな悩みはすぐに終わりを告げた。

少しだけ、本当に少しだけムウロが考えた。後のことはどうなっても構わないから、呼んじゃおうか、父上。シエルから駄目だしを受けたあの方法をとってしまおうか、なんてムウロが考え、ぽそりと呟いたことが原因だったのか、違うのかはシエルには分からない。だけど、ムウロがそれを呟いた次の瞬間にその女性が現れたのは確かだ。


「出口まで御案内致しますわ。ですから、これ以上アエーシュマをいじめないで下さいまし」


可哀想なアエーシュマをこれ以上怯えさせないで、とその美しい淫魔の女は目元に涙を滲ませ、それを拭う動作を見せた。

「心外だな。僕達は別に侯爵を苛めた覚えは無いんだけど?」

その女性の言い分にムウロが反論する。

シエルにもムウロにも、アエーシュマを苛めたなんて覚えは無いし、怯えさせた覚えも無い。

むしろ、シエルからすれば、まだ会ったこともない人物をどうやって苛めて怯えさせるのかと言いたい。そして、先にシエルとムウロを追いかけていたのは、アエーシュマの黄金の竪琴。シエル達はそれから逃げただけに過ぎないのだ。


「あぁ、可哀想なアエーシュマ。もう、こんな迷宮は閉ざしてしまえばいいのだわ。糧ならば、わたくし達が世界中から運んであげるのだから」


うっとりと頬に手を当てた女の目は、シエルもムウロも、誰一人目の前に居る者達を映していないようだった。伯爵という爵位持ちで、大公の子であるムウロの言葉さえも完全に無視し、彼女はアエーシュマへの想いを口にし続けている。


「それにしても、アエーシュマは一体どうしたのかしら?まだ何時もの食事の時期でもないのに。あれを出すだなんて。以前の糧が気に入らなかった?あぁ、それならそうと言ってくれればいいのに。可哀想なアエーシュマ。お腹がすいてしまって、我慢できなかったのね」


本当に一切、シエル達のことを気にもしていない。

あれ、とはきっと話からして、黄金の竪琴のことなのだろう。ムウロも気にしていた、出てくる時期ではないということ。それはアエーシュマの部下である淫魔達も不思議に思うことだったらしいことも、女の言葉から聞き取れた。


どういうことだったんだろう。

ムウロも、この女性も思った疑問が、シエルの中でも大きくなった。

そして、その思いはすぐに表情へと表れ、ムウロがそれを読み取った。

「…僕も気になるところだし、行ってみる?」

好奇心が隠し切れずに漏れ出てきたシエルに、ムウロがそう提案した。

「行けるの?」

「うん、彼女を使えば」

彼女という、この暗闇に包まれた迷宮を自由に移動出来る存在が目の前にいるのだ。出口に連れていこうと行ったのなら、何処かにいる、此処に現れるまで彼女が居たアエーシュマの下に行くことも出来る。


「どんな人なのか、は気になるかな?」


美しい淫魔達が夢中になっている、引き篭もりで、箱入りな『侯爵』。

どんなに綺麗な人なのかな?

見てみたい、と好奇心を刺激されたシエルは声を潜めて口にした。そして、それをムウロが逃すことはなかった。


「じゃあ、見に行ってみようか」


僕達は行ってくるけど。

どうする、とムウロはレテオに聞いた。マリオットには聞きはしない。連れていっても厄介なことになりそうだ、と分かっているからだ。

「興味はねぇな。それよりも、早く村に帰って仕事の続きがしてぇな」

「分かったよ。じゃあ、僕達を送らせた後に外へ向かうようにさせる」


でも、どうやって連れて行ってもらえるようにするんだろう。

こちらの様子など一切気にも留めずに、アエーシュマの名前を口にして思いを馳せている女性にどうやって頼むのか。大切な彼の所に連れていってくれるのか、とシエルがじっと女を見ていた。すると、ムウロがそんなシエルに声をかけた。

「シエル。ちょっと、目を閉じててね?」

また、その頼みをムウロはした。

第一階層を駆け抜ける時も頼んだその願い。どうして、という気持ちも無いわけではないが、ムウロがそう言うのなら言うことを聞かないと、とシエルは頼み通りに目を閉じる。目を閉じ、両手で閉じた目を覆い、シエルの視界は暗闇に包まれた。


さて、シエルが目を閉じている間に、何があったかというと。

別に、シエルに見せないような拷問などの恐ろしいことをしたわけだはない。アエーシュマを想い惚けている女に難なく近づいたムウロが、彼女を逃げることが出来ないように手で捕らえ、その耳元に自分の口を近づけ、囁いたのだ。

ただの一言、従え、と。

ムウロはある、魔道具を持っていた。その力を使い、たった一言を告げただけで、アエーシュマへの愛を口にし続けていた女の表情から紅潮も何もかもが消え去り、ただムウロだけを目に入れるようになっていた。

そうなれば、こちらのもの。

後は、連れていけ、と言えばいいだけだった。


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