落とされ、落とし
倒れたルーズヴェルトはエルフたちによって家へと運ばれた。
流石に、孫が倒れるとは思っていなかったイルは驚き、運ばれていくルーズヴェルトの後を追っていった。一部のエルフ達と取り残されることになったシエルとムウロは、しばらくどうしようかと首を傾げていたが、エルフの女たちに案内され、一軒の家へ入り、エルフ特製だという薬草茶を振舞われることになった。
「私達の長を助けて頂いて、本当にありがとうございました。」
先程、ルーズヴェルトの肩を叩いて気づいた事を伝えようとしていた女性が頭を深深と下げてお礼を述べた。その後ろの、家に入れず玄関の扉の外から覗く他のエルフ達も老若男女問わず頭を下げている。
それだけ、エルフ達にとってイルヴェルトの存在が大切なものだということを示していて。
「それにしても、ケイブ様には困った事。大公様の魔女様まで落とし穴に嵌めてしまうだなんて。あの方の落とし穴は、まだ未熟な子供達が嵌められて他所の迷宮に飛ばされるなど、私達も大変迷惑しているのです。ムウロ様。ケイブ様に御注意下さいませんの?」
「陛下や父上に止められても止めなかった趣味を、弟の僕が言って止めると思うの?まぁ、今回シエルと落とした事で父上にシメられて、しばらくは大人しくなるんじゃない?」
もう父上に連絡は入れておいたよ。 と穴に飛び込み転送されるのを待つ間にアルスへと連絡を入れたムウロは満面に笑顔を浮かべる。もちろん、連絡後はすぐに連絡用の水晶玉は廃棄した。
シエルが魔女だという事はムウロが説明していた。
説明を聞いて驚きを露にしていたエルフたちだったが、大公の魔女だというのなら危害を与えない限りは害の無い存在だと納得していた。
シエルが受けた説明によると、この村にいるエルフたちは、大戦後に地上で生きていたものの、エルフの美しさや魔力の高さなどに目を付けた欲深き権力者に追われ、動物を狩るように狙われるようになり、『茨緑の迷宮』の中に逃げ延びてきた者たちの末裔なのだそうだ。
だからこそ、人に対する警戒は強く、先程に限っていえば長であり庇護者である迷宮の主イルヴェルトが行方知れずになり村中がピリピリとしていた時での事だった為、いつも以上に警戒したのだという。それについて何度も謝ってくるエルフたちに慌てたシエルは、何故か逆に謝罪を始め、ムウロが両方を止めることで謝罪合戦は終わりを迎えた。
「でも、それだとケイブさんの落とし穴って不味いんじゃあ…」
「えぇ、本当に止めて頂きたい。」
人間を恐れているエルフの村の目の前に出る事が出来る落とし穴。
エルフを手に入れて一儲けしようという悪徳冒険者が知ったなら、絶対に突き止め利用しようとするだろう。
女は力を込めて言葉を吐き出し、ムウロに目を向けるが、それを受けるムウロは何処吹く風と、エルフたちの顔を見ないようにしていた。
「ここにいたのか。」
エルフたちが玄関の前に作り上げた壁を押しのけ、イルが入ってきた。
「イルさん。お孫さんは大丈夫なんですか?」
「すぐに目が覚めて説教をしてきたから、大丈夫だよ。」
やれやらと首を振るイルには、エルフたちの強烈な視線が送られた。
「言っておきますが、大人しく誘拐される爵位持ちなんて話、初めて聞きました。どうして抵抗しなかったのです。長が抵抗すれば逃げることなんて簡単じゃないですか!」
「それはルーズにも言ったけど、着いて行ったら浚われたエルフたちを見つけることが出来るかもと思っての…」
「そんなこと、長が直接することではありません!」
叱られるイル。しかし、その理由が心配だったからというものなので、イルは大人しく言われるがままになっている。
その光景を見て、あれ?と首を傾げたシエル。
何処かで見たことあるような光景だなぁと思っていた。そして、そんなシエルに向かい、ムウロが笑いながら「自分がフォルス君とかにされている光景だからじゃない?」と声をかける。
それに「おぉ」と納得したものの、シエルは何とも言えない気分となり叱られているイルから目を逸らした。
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「おい、ケイブ。」
「おぉ、親父じゃん。めっずらしい。」
シエルが何とも言えない気分になっている頃、『銀砕の迷宮』第一階層である森の中で巨大な狼の前足でルンルンと鼻歌を歌いながら穴を掘るケイブに、人型のアルスが声をかけた。
6メートル程掘り進んでいた穴から、声を聞いて顔を上げたケイブは目を丸くした。
「なんか、用か?」
一応、アルスに認識されている方の子供だという自覚はあるが、それはムウロのように特別な母親を持ったとかでも、一番目だからでもなく、ただ幼少の頃に仕出かした事件によって長い間睨まれ、警戒されていたせいだとケイブは知っている。
「用か、じゃねぇよ。シエルを落とし穴に落としたってムウロから苦情が来たんだぞ、何故か俺に。しかも、それから連絡しようにも繋がらねぇし。」
「エルフの所に行きたいってたから近道教えてやっただけだよ。安全性には留意してるから大丈夫じゃねぇ?」
なんで、こんな奴に成長したんだ、と頭を押さえたアルス。子供の頃は周囲に喧嘩を売りまわって悪名を轟かしてたのによと昔を思い出す。その様子から何となく考えていることが分かったケイブは頭を掻き、昔はこんな父親らしい考えとか一切無かったのになぁと息を吐いた。
「それにしても、あのシエルって娘。懐かしい匂いがしたな。」
「あぁ、勇者の匂いだろ。あいつ、右耳に『欠片』を持ってんだよ。」
「なるほど。だから、親父はあの娘を魔女にしたのか。」
遠い昔の記憶を呼び起こし、何度か対峙した『始まりの勇者』を思い出す。
「はぁ?」
「『欠片』は本体に戻ろうとする。それは『勇者』も『魔王』も同じだ。そして、両方とも鍵になるのは『魔女大公』。親父が会いたいのも『魔女大公』。」
「止めろ。そんな事考えちゃいねぇよ。」
息子を睨みつけ、低い唸り声を上げるアルス。そこには、シエルやヘクスが見ている飄々としていい加減なアルスの姿は無い。
「まぁ、俺には関係ないから別にいいけど。」
これ以上は危険だろうと判断し、ケイブは大人しくお座りの体勢になる。
「で、俺は仕置きされなきゃなんねぇの?」
「別に。シエルには色々加護つけといたから多少の事なら大丈夫だしな。それに、喉元過ぎれば冒険っぽいって喜ぶだろ。」
アルスとしては口が過ぎれば死なない程度に叩きのめそうと準備をしていたというのに、ケイブのあまりに飄々とした態度に、馬鹿らしくなり肩の力を抜いた。
「お前は、何か知ってんのか?」
俺が来たのはムウロが怒っていたって事を伝えようと思っただけだ。そう言ってケイブに背を向けたアルスだったが、数歩だけ歩き足を止め、感情を読み取れない声で背中を向けたままケイブに尋ねた。
「当時も言ったけど、俺は何も知らねぇよ。」
アルスの用事が終わったならと、また掘りかけの穴に頭と前足を突っ込んだケイブ。その姿のままでアルスの問いに答えた。
大戦から何度も聞かれた同じ問い。
返す返事も変わらない。
「なんで、親父といいムウロといい、俺に同じ事聞いてくるんだか。」
「そりゃあ、お前が彼女に可愛がられていたからだ。ムウロのも同じだろ?」
なんでテメェばっかり女にモテんだよ。
悪態をついてアルスは消えた。
それを気配を感じることで察知したケイブは「俺が単純だから、だろ。」と小さく呟き穴掘りを続けた。




