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閑話:苦労人と双子と…①

シエルが出発した次の日の事。

「フォルス!」

久しぶりと叫び、飛びついてきた女を抱きとめたフォルス。

女は、後ろに倒れないよう慌てるフォルスの頭に手を回し、自分の胸に押し当てるようにきつく抱きしめた。女が着ている服のぶ厚い生地が口にあたり、息が出来なくなりフォルスが手を上げ、丁度手が当たった女の背中を叩き、離れるよう伝える。


女の胸で視界を奪われ、呼吸をしたくて仕方が無いフォルスは何が起こったか気づかなかったが、周囲が大きくザワめいていく音だけは聞くことが出来た。


「やだぁ、フォルスのエッチ。」

「はぁ!!?」

女が離れ、ようやく出来るようになった呼吸を思う存分にしていたフォルス。そんなフォルスに女が大笑いをしながら、フォルスが眉を顰める言葉をかけてきた。


フォルスが視線を上げると、そこにはフォルスの予想通りの女がいた。

柔らかな曲線を描く黒の騎士服を纏い、その上に蒼のマントを羽織った、年の割には幼い顔立ちの女騎士。

何度も顔を合わせている、ロゼ・アルゲートだった。


そして、周囲に目を巡らせると、黒い軍服を纏った男達から睨みつけられていることに気づいた。けれど、その理由が分からず、フォルスは首を傾げた。

けれど、その男達の視線に殺気が含まれている事に気づき、眉を顰めながらも笑った。この程度の奴等なら…そう考えるあたり、フォルスは確かに『無闇に手を出してはいけない』ミール村の子供だった。


「ロゼ。」

フォルスの目が鋭く光った時、まだ笑っているロゼを嗜める声がフォルスの耳に届いた。それもまた、フォルスには聞き覚えがあるものだった。

「あまり、フォルスをからかったら駄目だろ?やぁ、久しぶり、フォルス。」

双子の姉を嗜めた後、グレルはフォルスに向かい笑顔で手を挙げた。

その様子に、殺気を放ちフォルスを睨みつけていた軍服の男たちがどよめき、目を見開いてグレルの顔に視線を集めていた。


「久しぶりです、グレルさん。お二人共お元気そうで。」


「うん。フォルスも元気そうで嬉しいよ。」

再びどよめきを巻き起こす笑い顔を浮かべ、ロゼと同じ黒い騎士服と蒼いマントを纏ったグレルが、両腕を左右に大きく開いてみせた。

「何ですか、それ?」

嫌な予感に汗を流しつつ、一応聞いてみたフォルス。

「だって、ロゼだけズルイだろ?再会の挨拶、僕もしたいから。」

「誰がするか!このボケ!」

今度は、周囲から「ヒィィ」という引き攣った悲鳴が聞こえてきた。



「それじゃあ、さっさと村に帰りたいんですけど?」


イライラとするフォルスがタンタンッと足を踏み鳴らした。

フォルスの視線の先には、二つの纏まりに分かれて整列する軍人たちと、それらに指示を出す壮年の男の姿。

そして、フォルスの背後ではエミルとロゼ、グレルが話をしていた。


「あぁ、すまない。私達は何時でも出発できる。君の指示に従おう。」

男がフォルスに向かい軽く頭を下げた。

たかが冒険者に向かって頭を下げるなんてとフォルスは驚いた。

「…ミール村への案内を務める、フォルスです。」

「あぁ、失礼。東方騎士団長ルーカス・フォル・ディクスだ。」

「団長!?」

二師団が派遣されるとは教えられたが、東方騎士団の一番上が来るとは思ってもみなかった。フォルスは驚き、ロゼとグレルを振り向いたが、二人はエミルと話をするのに夢中でフォルスと目を合わさない。だが、二人の意識はしっかりとフォルスとルーカスに向かっていた。

フォルスから向けられる視線を正面で受けたエミルが二人を小突き、振り向かせる事で不機嫌そうに歪んだ双子の顔を見る事が出来た。

「その人が付いて来るって聞かなかっただけよ。」

「別に来なくていいのに。」

フォルスに対するのとは全然違う、不機嫌そのものに低められた声。

だが、自分の子供のような年の二人のその態度に、ルーカスは笑うだけで機嫌を悪くするわけでも、注意するわけでもなかった。

「あれが彼らの普通だよ。君やあの女性に対する態度が非日常的だと言える。それに、私は特に嫌われていてね。」

「へぇ、何故かお聞きしても?」

フォルスやエミル、村人たちがが見てきた双子と、帝都の人間が見てきた双子は全く違うものなのだなとフォルスは納得した。

「…二人の本当の母親の親戚でね。うちの一族とアルゲート家は蛇蝎の如く嫌われている。まぁ、彼等は周囲にそれを隠しているようだがね。」

フォルスにだけ聞こえるように潜められたルーカスの言葉、何故それを聞かせるのかとフォルスは真っ直ぐにルーカスの目を見た。

それに、ロゼとグレルの本当の母親。双子はアルゲート家当主夫妻の実子となっている筈だとフォルスは聞いていた。

「ヘクスは元気かな?」

「…」

「教える必要は無いからね、フォルス。」

「そうだよ。その人は村に行く途中でいなくなる予定だから」

「いやいや。確かにもういい年だが、置いていかれるような老いぼれではないから安心してくれ。村に行くくらいなら、ちゃんと付いて行けるよ。」

「やだぁ。言葉の意味も分からないの?」


笑い合いながら、その目を怪しく光らせている。

なんとなくだが、フォルスは血の繋がりをしっかりと見た気がした。


「……出発してもいいんだよな?」

「あぁ、構わない。」

双子の睨みを受けながらもルーカスは笑顔で、フォルスに答えた。


「ふふ。大変ね、フォルスも。」

「変わってくれるのか?」

「嫌よ。」

エミルは冷たく言い捨てた。




『銀砕の迷宮』へようこそ。

この先に足を踏み入れるもの、覚悟は胸に宿したか?

我が求めるは、人々の勇敢なる姿。愉快な姿。

我に愉悦を覚えさせよ。さすれば迷宮の覇者とならん。



そう書かれた立て札が突き刺さった森の入り口。

その文面を読み、ロゼ、グレル、ルーカス以外の軍人達は顔を引き締め、唾を飲み込んでいく。迷宮の中から漂う濃厚な空気に呑まれたのだろう。

双子はいいとして、平然としているルーカスの様子に、流石は親族ってところか、とフォルスは変な関心をした。


鬱蒼と木々や草が生い茂る森の中を警戒しながら、集団が歩いていく。


「懐かしいね、ロゼ。」

「懐かしいわね、グレル。」

「「兄さんも一緒なら、もっと良かったのに、」」


双子が笑顔を浮かべて迷宮の中を先頭になって歩く。

声を合わせて願うのは、帝都に残っている兄のこと。


そういえば迷宮に潜って遊んでいたんだっけ、この兄弟とその仲間たち。


兄弟たちが村を去った時、3歳だったフォルスの記憶は曖昧だ。

大人たちが語る思い出話、彼等の友人だったエミルを始めとする年長者たちの話、そして村の外で捕まって聞かされた双子の話から、彼等がしていた破天荒な日常を知っているだけだ。

村の外では迷宮に潜るなんて許される訳もない、10歳にもならない子供が集まり迷宮に潜って遊び場にしていたという話は、彼等以降の村の子供達は面白可笑しく聞かされて育つ。その話の最後の締めには、真似しないようにとお決まりの言葉を言われるのだが、子供達は決まって「出来るか!」と叫んでいる。


「『銀砕の迷宮』は何処まで行ったんだ?」

村の周りにある迷宮全てを遊び場にしていたという本人たちに直接聞いてみる。村で教えられた話はきっと、少しくらいは誇張されているものだと思っていたフォルス。真相を確かめてみたいとフッと思った。


「そうね。実力ではないけど、第10階層だったっけ?」

「そうだね。あの時は本当に困ったよ。流石に戻ってくる途中で力尽きて、迎えに来て貰ったから。」


フォルスも十分に驚いたが、耳を大きくして話を聞いていた軍人達が顎が外れるぞと言わんばかりに口を開けて驚いていた。

ルーカスも驚いているようだが、顔に出してはいない。きっと、この兄弟なら有り得るとでも思っているのだろう。


「何でまた、そんな所に…」


「私達は何も悪いことしてないのよ?不慮の事故よ。ねぇ、グレル。」

「そうだよ。第6階層で採取したり遊んでいたら落とし穴に落ちてね。気づいたら、第10階層だったんだ。」


そう言いながら、ピタッと足を進めるのを止めた双子。

その後ろについていく形になっていたフォルスやルーカス、そして軍人たちも足を止めることになった。

首を傾げて、前の様子を窺う軍人達。

けれど、双子が進もうとしていた先には何も異変はないように見えた。

気づいているのは、双子とフォルス。ルーカスはやはり読めない笑みを浮かべていた。


「ちょうど、こんな感じの、ね。」


グレルが一歩、右足を前に伸ばし地面を踏みしめた。


すると、グレルの右足が下ろされた地面に突然、ぽっかりと開いた大きな穴が姿を現した。


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