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帝都にて

シエルがまだ会った事の無い、兄・姉の話。


帝都

花の離宮・フィオーレ宮

 帝都の端にある皇太后所有の、皇族としては小さな屋敷は皇太后にフィオーレ宮と名付けられ、周囲が一年中華やかな花々を咲かせていること、そして皇太后によって貴族の子女たちの交流の場として解放されていることから、「花の離宮」と呼ばれている。

年の内で一日も、誰も訪れないという日は無く、日々、色とりどりの花々と美しく着飾った令嬢達、令息達の姿を見ることが出来る。


そして今日、花の離宮の一室に、花々にも勝る華やかな若者たちが集まり、茶会を開いていた。招待されていない者たちも、少し遠巻きに羨ましげにその光景を眺め、声を掛けてもらえることを待ち望んでいる。



うふふ

あはは

「それにしても、流石はグレル様。『祝福の欠片』が無ければ完全に倒せないといわれていた魔物を、新しい魔術を編み出して倒されたと聞いておりますわ。」

「神殿も泡を吹いたとか。彼等は聖水を売ることで王侯貴族よりも優位だと考えていたからね。グレルの話には大慌てだったろうね。」

「流石ですわ。」


有力な貴族の子女たちが、一人の青年が座るイスを取り囲み、笑顔を浮かべて褒め称える。

帝国では珍しい黒髪に、氷のように薄い青の目。イスに座っている姿だけでも額縁に納めたい皇帝専属の絵師に褒め称えられた姿は、全員の視線を集めている。

精悍な青年たちの褒め称える声にも、美しい少女たちがうっとりと送る視線にも、顔色一つ変えることなく、カップを傾けお茶を飲む。

そんな涼やかな姿にも、少女たちは頬を染め、少しでもと体を寄せていった。


「僕なんて、まだまだですよ。」

お茶を飲み込み、青年グレルは淡々と褒め称える声を否定した。

人によっては不快さを感じさせるその様子に、やれやれと首を振った青年達。彼等はグレルの学生時代からの友人達である為、グレルのそんな様子には慣れている。学園を卒業し、魔術師団に就職した後も変わることない様子に苦笑を漏らすだけだった。

「それにしても、お前が魔術師団とはね。」

「あぁ、あれは人生で一番の驚きだね。てっきり、学園で教授職に就くのかと思っていた。放っておけば図書室で3日4日篭りっ放しだったお前が軍部に入るとは。あの時の阿鼻叫喚は見ものだった。」

青年たちが思い浮かべるのは4年前の事。

貴族子女や実力を持つ者が帝国中から集められる学園の卒業に向けた日々、グレルとその双子の姉ロゼの元には様々な場所から勧誘する者たちが列を成して訪れていた。


学園に入学する10歳の時点で帝国随一の魔力を持ち、使える者が居なかった攻撃魔術を復活させた使い手ロゼ・アルゲート。

結界や補助魔術など後衛の魔術を手足のように精密な制御で操り、新しい魔術を編み出すことを得意とするグレル・アルゲート。


この双子の為に様々な組織から多額の報酬と役職を準備するという言葉が送られていた。多くの者たちの予想としては、グレルは研究を続ける為に学園の教授職へ、ロゼはその自由な性格からギルドに入るのだろう言われていた。

だというのに、二人共が魔術師団を選んだのだ。軍部にはすでに、双子の兄、闘いの申し子と呼ばれるシリウス・アルゲートが所属していた事もあって、近年稀に見る優秀な人材を独占するのかと、僅かばかりではあるが、批判が軍部に集まったのは言うまでもない。


友人達がグレルやロゼに尋ねれば、約束がある、やりたい事があると意味を読み取れない理由が返ってくるばかりだった。


「それにしても、お前たち兄弟は本当に浮いた話が全然ないよな。」

「そういえば、そうだな。シリウスさんなんて、将軍の孫娘との縁談があったのに断ったらしいぜ?無理強いされるのなら職を辞してもいいって言っているのを聞いて将軍が慌てて撤回したって話だ。」

「そりゃあ、シリウスさんがいなくなったら、あっちこっちから嫌味どころか命を狙われかねん。」

「なぁ、グレル。どんなのが好みなんだよ。教えろよ。」


悪友とも言える友人達の問い掛けは、周囲にいた少女たちの耳を心なしか大きくさせた。それは、青年たちも分かってのこと。そわそわとしている少女たちの様子を見て、ほくそ笑んでいる。


「・・・・・・・・くだらない・・・・でも、そうだな。あえて言うのなら母のような、人かな。」

面白い事が好きな友人たちが、周囲の少女たちの様子を見て楽しんでいることが分かっているから、答えを出さないと開放してはもらえない。学園に入学した時からの付き合い故に、それを理解しているグレルは、何処も見ていない目で遠くを見つめ、遠い昔に別れた人の姿を、心の中にはっきりと思い浮かべた。


「まぁ、アルゲート侯爵夫人ですか?グレル様って理想が高くいらっしゃるのね。」

「そうですわ。慈悲深く庶民たちに無償で治癒の魔術を提供されていらっしゃるアルゲート侯爵夫人だなんて。そんな方が理想だなんて、グレル様に憧れる女は一体どうしたらいいのでしょう。」


涼やかな表情を少しだけ崩し、ほんの少しだけの笑みを浮かべたグレルの姿に、少女たちは頬を染め、頬に手を添えてうっとりと視線を送っている。

その様子に、焚きつけた青年達も口元を引き攣らせて笑いを堪えている。



コンコンッ


全員の視線が遠くを見つめるグレルに集まっている中、何時の間にか開かれていた扉を叩く音が響いた。その音で正気に戻った青年たちが、音がした扉に目を向けた。

そこにいたのは、魔術師団の隊服を纏った、薄茶の髪を可愛らしいリボンで纏めた少女の姿。それは、グレルの双子の姉、ロゼだった。

ロゼは、暗紫の目をグレルに向け、その後に部屋にいる全てへと移していった。

強い魔力を持つというロゼの強い力が込められた視線は、青年たちの体を強張らせ、少女達は息をするのも難しくなった。


「御歓談中ごめんなさい。任務の話なの。いいかしら?」


「あぁ、ごめんよ、ロゼさん。」

「今、出て行くよ。」

ロゼの言葉に、グレルやロゼと同じように軍部に所属している青年たちが真っ先に席を立ち、それに少し遅れて他の青年たち、そして彼等に支えられて少女たちが席を立った。

「ごめんなさいね。」

部屋から去っていく彼等に詫びを言い、ロゼはさっさと扉を閉めてしまった。

そして、指先を少しだけ動かして、ある魔術を部屋に施した。



ガッシャァァァン


「まったく。」

ロゼが術を施した直後、グレルの周囲の空間が歪んだように見え、そして先程まで座っていたイスやテーブルが砕け落ち、床や壁にヒビが入っていった。

グレルを中心としたそのヒビは、まるで蜘蛛の巣のようだ。

「ちょっと、一応空間をずらす術してあるけど、疲れるんだから。止めてよ。」


「母さんを、あんな醜い豚と一緒にするなんて‼あんな、あんな!」


ロゼが軽く叱りつけるが、そんな声はグレルの耳には届いていない。

薄青の目は瞳孔が開き、黒髪を振り乱しながら怒鳴り続けている。

その間にも、ヒビが深くなっていく。

いつもの事だと思い溜息をついたロゼだったが、それでも今日は早く伝えなくてはいけない話を持って来たのだ。


パチンッ

指を鳴らして、グレルの頭に水を被せた。


「冷めた?」

「・・・・・・・・・・・うん。」


ずぶ濡れになったグレルは、普段の涼やかな様子を取り戻していた。

沸点も低いが、冷めるのも早い。生まれた時からの付き合いがある為、ロゼはグレルへの対応はちゃんと心得ている。


「良い話と悪い話があるのだけど?どっちから聞きたい?」


「良い方から」

カツン

そう答えながら、グレルは一回足を踏み鳴らす。

すると、ずぶ濡れのグレルから蒸気があがり、その濡れた全身が乾いていく。


「私とあんたでミール村に行くことになったわ。東方騎士団から二師団っていう余計なものも着いてくるけど、」


「!!!!兄さんは!?」

「兄さんは無理よ。やっぱり、立場が立場だから。」

それまでの、静かな雰囲気とは一変したグレル。ロゼに向けられた薄青の目はキラキラと期待という光を宿し、声は大きく張り上げられた。

しかし、兄が一緒ではないと知ると肩を落とし、目も伏せられてしまった。

「仕方ないわよ。皇太子付きの近衛隊の副長だもの。そうそう動けるわけないわ。」

「母さんに会うのなら、三人一緒が良かった。」

幼い日、帝都に来る途中の馬車の中で誓ったのだ。

いつか絶対に母さんの所に三人で帰ろうと。

「そうね。でも、私達二人が向かえるように手配してくれた。本当は違う奴等が行く予定だったんですって。殿下に頼み込んでくれたみたい。後で、お礼を言いに行きましょう」

「うん。」


「それと、悪い話。ミール村が銀砕の迷宮に呑み込まれた。村に出現したという『祝福の欠片』も消息不明。私達の任務は、村に行って『祝福の欠片』を連れてくること。」


「そう。でも、そんなのどうでもいいよ。母さんに会える。シエルに会える。」

帝国としては重要な任務の内容を説明されても、グレルの心はすでに村に、そして久しぶりに会える母と、まだ会ったことのない異父妹へと向かっていた。

その気持ちがよく分かるロゼも苦笑するだけで注意もせず、同じく心を母と異父妹へと向けていた。

「お土産は何がいいかしら?シエルは甘いものは好きかしら?可愛いもの、好きかしらね。母さんへのお土産は目星がつくけど、シエルは村から来たおじさん達やフォルス達に話を聞くだけだからね。」

「兄さんに手紙を書いてもらおう。母さんとシエルに。」


双子の心は、晴れやかに躍っている。

行なおうとしているのは、『銀砕大公』が関わる、普通に考えれば命の危険をともなう任務だというのに。今の双子は、魔物だろうと魔族だろうと、爵位持ちだろうと薙ぎ払える。そんな風に感じていた。


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