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『灰牙伯』

エルフ、エルフ、エルフの村~


拍子外れの即席の歌を口ずさみながら、シエルは羊皮紙を紐解く。


羊皮紙を覗き込むと、地図が浮かび上がってきた。

紐を解いて広げた時には白紙だった。これは、所有者が望む場所への地図を写し出してくれるという魔道具だとアルスは言っていた。絶対、迷子になるからな。そんな言葉を零されながら渡された地図をようやく使う時が来た!シエルは胸を高鳴らせている。シエルの中では、地図=冒険という認識があるからだ。


「あっ、出てきた。元《茨緑の迷宮》第3階層。今は、《銀砕の迷宮》内・茨緑地区第3階層だって。」

「そうですか。それ程動いては無いようですね。まったく、ちゃんと見張っておいて貰いたいものです。」

シエルが地図に書き込まれた情報を読み取ると、イルは溜息を吐いてムウロを見た。 

「だから、なんで僕が父上の行動に責任を持たないといけないのさ。

シエルちゃん。それで、どう行くの?」


ムウロは鼻で笑い、シエルが持つ地図を覗き込んだ。


「何々?"《銀砕の迷宮》第二階層にある入り口を潜れば、茨緑地区に入れます。毒ある植物や動く植物に注意しましょう。”何、これ。親切過ぎじゃないかな?」


ムウロが覗き込んだ地図には、注意する場所や敵、詳しい道順などまで浮かびあがっていた。普通、冒険者相手に売られている地図は、一つの階層だけしか書き込まれていないし、その多くは穴が開いているものだ。冒険者は自分の足と手で地図を完成させていく。そして、その完成した地図は高く売れる。冒険者の地図は、喉から手が出るほどのお宝だと言う商人までいる程だ。


父上ったら、甘やかしてるなぁ~。

ムウロは、アルスの姿を思い浮かべ苦笑を漏らした。


魔界の城で見るアルスは、威厳があって下の者たちからも慕われる王者だ。多くの女がアルスにその身を捧げ、アルスには多くの子がいる。だが、アルスは女たちも子供たちも、よく言えば平等に、正直に言えば興味無く、ただ傍にあることを許している。気が向けば関わるし、向かなければ存在さえも忘れてしまう。そんな、冷たいともいえるようなアルスが気に入っている村にも、気にかけている守っているシエルにも、ムウロは強い興味があった。

だから、ムウロはシエルの仕事という名の冒険について行ってみようと思ったのだ。

その興味は、連絡を受けた際の声だけでアルスにもバレてしまったらしく、無茶は止めておけよ、という注意を受けてしまった。


注意を受けた以上、シエルのことはちゃんと守らないといけない。あのアルスは、逆らう者、刃向かう者に容赦は一切しない。ムウロは、多くいる子供に対して興味が欠片しか無いアルスに認識されている子供で、親としての愛情を与えられている。そんな子供は片手の間に入るくらいしかいない。そんな子供の中の一人だと自他共に認め、自負している。しかしアルスのあの様子を見る限り、シエルに何かあればムウロだろうと罰くらいは与えられるだろう。


ムウロは、アルスの後宮にいる女達から一線を画す、特別な女を母親にして生まれている。アルスと同格である、魔王の側近の一人、吸血鬼族の女王『夜麗大公』がムウロの母親だ。父親がそれぞれ違う彼女の6人の子供の一人として生まれ、父親の血が濃く出ていることから両親の間を行き来して育った。

その母に言われている。

"あれの心の中に本当にいるのは、魔王陛下と『魔女大公』くらいなもの。あれに真実の親の愛情など求めても無駄じゃ。お前や妾に見せている姿とて仮初に過ぎん。"

そう言って、艶やかに笑っていた。


ミール村にいる時のアルスの姿は、ムウロが今まで見ていた父親の姿とは異なるように思える。もちろん、ムウロ如きにアルスの心の中が見えるわけではないから真相は分からない。それでも、血を分けた子供としての直感がそう唸っていた。ましてや、今まで持っていなかった魔女までつくってしまうなど。後宮にいる女供や無謀な野心を抱く兄弟たちが大騒ぎを起こしそうな予感がある。

あんな父の様子を見たら、今は深い眠りについている母は何と思うのだろう。おかしなものだと笑うのだろうか、長い付き合いよりもそちらを選ぶかと拗ねるのだろうか。そのどちらもありそうだと、ムウロは思った。


「どれくらいで行けるかな?」

「さぁ?一日も経てば、迷宮の住人たちは活発に動き出すし、変性直後なら特に新しい環境に慣れようとするからね。それに、大公の迷宮に取り込まれたら、これまで以上の瘴気を受けて力を増すからね。簡単には行けないよ。・・・普通の冒険者は。」

シエルの楽しそうな問いかけに、真面目に答えたムウロだったが、シエルには迷宮の造り主の多大な加護があることを思い出し、そんな説明は必要なかったと肩を竦めた。


「夜営の準備は必要かな?」

「まぁ、無いよりはいいだろうね。これからも、迷宮の中を冒険するなら必要だし。丁度、街にいるんだから用意しておいてもいいね。」

「テントくらいは用意しておいたらいいと思いますよ。」

ムウロとイルの答え。それを聞いて、ますますと目を輝かせたシエル。

冒険っぽいね、とその口は呟いている。


「エミル姉~テントって何処で買えるの?」

店の奥で明日の仕込みなどをしているエミルの元に駆け込むシエル。


「テント?あんた、何処行く気よ!?」

イルやムウロと静かにお茶を飲んでいた筈のシエルの突然の問いかけに驚いたエミル。しかも、テントなどとシエルが使うなんて危険極まりないものだ。シエルが外でテントを張って寝むって無事に朝を迎えられるわけがない。

「エルフのイルさんを迷宮の中に送っていくの。届け物係の初依頼!」

「あぁ、迷宮。そう、迷宮ね。迷宮ならいいわ。」

迷宮の中なら、それ程危険は無いだろう。その主の加護を受ける魔女に何か起こるとは考えにくい。シエルならあるかも知れないが、地上の何処かよりかは格段に危険はないだろう。エミルの脳裏には、瞬時に判断が駆け巡った。

「明日、テントを買って出発しようと思うの。他は何かいるかな?」

「いいんじゃない?食料とか小さい鍋を一つとか、最低限でも用意するものは多いけど・・・シエルの場合、戦いに行くわけでもないし、立ち寄った魔族の集落で分けてもらえばいいんだから、そんなに荷物は必要ないわよ。携帯食だけを用意しておけば?」

むしろ、大量の荷物を持たせる方が心配よ。

エミルの小さな声は、ルンルンにテンションが上がっているシエルには届かず、シエルの後を追ってきたムウロの人間の何倍も良い耳だけが拾えていた。


「いざという時は貴方がどうにか出来るのでしょう?」

「ひとっ飛びでね。任せてよ」


明日、明日 とイルの手を掴んで踊っているシエルは、エミルとムウロの会話に気づいてはいなかった。


「それと、エルフの村に行く前に、家に帰るか連絡しておきなさいよ?ヘクスおばさんが心配しているだろうから。」

傍目から見たらそうは見えないだろうが、シエルの兄姉であるシリウスたちの時のように、シエルの事を心配して沈んでいるだろうヘクスの姿を思い浮かべる。

フォルスから、双子たちが来ることを聞かされていたエミルは、そんなヘクスの姿を双子が見た瞬間に大変な騒ぎになると確信した。

「じゃあ、夜寝る前に連絡しておく。アルスおじさんにも必要かな?」

「もちろん。今頃、仕事に囲まれてふて腐れてるだろうから喜ぶと思うよ?」

ムウロが押し付けられていた仕事の全て、城に戻ってきたアルスに押し返してきた。今頃は嫌いな書類仕事に勤しんでいることだろう。口を尖らせながら執務机に向かう姿がムウロの目に浮かんできた。


「フォルスは、どうするの?一緒に帰るんじゃなかったの?」

「うっ。」

「忘れてたのね。」

領主の屋敷に向かい、まだ帰ってこないフォルスのことを、心を躍らせるあまりにシエルはすっかり忘れていた。フォルスが知れば、拳を使って殴られることだろう。

想像しただけで頭が痛み、シエルは頭頂部を押さえた。

「どうせ、フォルスは帝都から派遣されてくる奴等を待つことになるわ。シエルは帝都からの奴等にまだ会わない方がいいから、先に帰っても大丈夫でしょう。朝になってもフォルスが帰ってなかったら、私から伝えておくわ。」

「ありがとう、エミル姉。」

「どういたしまして。明日に備えて、今日は早く休みなさいよ。」

「分かった。」


イルさん。お風呂に行こう。

シエルがイルを、宿自慢の風呂に誘うが、イルは部屋で準備をしたいと言い断っていた。


「迷惑をかけるだろうけど、よろしく頼むわよ?」

シエルが風呂へ向かったのを見送り、エミルはムウロに目を向け、少しだけ頭を下げた。

「本当に、君たちは彼女に甘いね。」

アルスといい、垣間見た村といい、エミルとフォルスといい、口から砂が出るかと思う程の甘さを感じる。

「そうよ?悪い?」

不敵に笑うエミルには悪びれた様子は一切なく、それがまたムウロには面白く感じた。



「さてさて、面白い事になりそうだね。」

夜も深けた頃、部屋で一人、人の姿になったムウロは月を見上げて笑う。

「父上が魔女を、特別な存在を作ったとあっては父上の妻気取りの女たちは面白くないだろうなぁ。父上に認めてもらいたくて反抗している兄弟たちも、嫉妬に怒り狂ってるだろうし。

それにしても、父上も何を考えているのか。

あの勇者の欠片を持っている娘を魔女にするなんて。封印を解いて、魔界を開放する気?でも、父上はそんな事に興味は無かった筈だし。母上に相談しようにも眠ってる。姉上は相変わらず行方知らず。兄上は興味も無い。他の姉弟たちに聞いても馬鹿を見るだけ。」

嫉妬と怒りで、その内シエルに手を伸ばしてくるだろう、父方の兄弟たちの姿を思い浮かべる。例え、来たとしてもムウロに負ける気は一切無いし、その道理もない。けれど、きっと面倒くさい事態にはなるだろう。この先のシエルから目が離せそうに無いなと楽しそうにムウロは笑った。

そして、アルスがシエルを魔女にした理由についても思いを馳せる。人魔大戦の時から生きているムウロだったが、アルスが魔女を持つことなど考えたことも無く、あの父親が意味もなくそんな事をするとは思えなかった。ムウロよりも長く生きた兄姉たちに聞こうかと考えてみても、母方の兄弟たちの独善的で馴れ合いを好まない性分を思い、笑顔のまま溜息を吐いた。せめて、母親か一番上の姉に相談出来ればいいのに。今は深く眠る母と、行方を晦ませている姉を思い、ムウロは目を閉じた。

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