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特訓

ボトッ

「グハッ!」

ズサーッ

「ヒィィ!」


「晴れ時々人?」

大きな塀の向こうに鎮座している大樹の葉に覆われた枝から落ちてくる人。屋敷と屋敷の間にある小道から引き摺られるように地面へと倒れこんでくる人。

そんな光景が、次から次へとシエルの目に飛び込んできた。陽気が良い晴天の中、思わずシエルがそんな風に冗談めかしてしまうのも無理は無かった。

「ふぅん。なかなかの精度だね。漏れは四つかな?」

「えっ!?本当ですか!!?申し訳ありません、もっと精進します!」

シエルと手を繋いだまま隣に立っているムウロが鼻をクンクンと鳴らしながら周囲を探り、通りに姿を引き摺り出されずに済んだ存在達の数を言い当てる。

人の目も殆ど無くなったということで、シエルの肩の上で堂々を姿を見せて立ち上がっているアーナは、そんなムウロの指摘に、キラキラと僅かに光を反射している大量の糸が絡まっている両手で自分の頬を挟み、失敗してしまった事への申し訳なさを露にしていた。



ゴミ一つ落ちていない、静謐な雰囲気さえ漂っている通りの両端には、大きく美しく整えられている屋敷が立ち並ぶ。そこに住まう住人達の身分や財産などを思えば警邏隊の巡回も他の地区などよりも一層力が入り、そうあれとも望まれるというもの。その為もあり、平民達は不要な疑惑を警邏隊に抱かれる事を危惧し、滅多なことでは足を踏み入れることもない。それが、貴族の屋敷が立ち並ぶ、貴族地区だった。

警邏隊副隊長ケイスが秘かに教えてくれたディクス侯爵家の屋敷は、古い家柄や侯爵という地位も相まって、貴族地区の中でも中心にある、周囲も古く地位の高い貴族の屋敷が立ち並ぶ一帯に存在しているようだった。

そこに向かい、段々と人混みも少なくなっていく道のりを歩いていたシエルとムウロ。

それは、貴族地区に足を踏み入れたばかりの頃に、ムウロの口から飛び出した。

「なんか、色々と見られているね。そっちが専門だろう慣れている奴から、馬鹿みたいに不慣れな奴…。そうだ!アーナ、これから歩いていく中で僕等を見ている不審な奴等を感じたら、隠れている場所から君の糸で引っ張り出してごらん。それぐらい出来ないと、地上で一人で生きていくのは難しいよ?」

「特訓ですね!頑張ります!!」

ムウロに言われ、やる気を漲らせたアーナ。隠れていたシエルの頭巾の端から抜け出すと、シエルの肩の上にスクッと立ち上がり、両手で拳を作っていた。

「不審な人間、特に汚ならしい男には喰わずとも容赦をするなっと、お母様に特訓をしながら教わりましたから。いけると思います!」

自信満々なアーナはその拳を振り上げ、糸を放出したのだった。

アーナの手から生み出されるキラキラと光を反射する細くて綺麗な糸が、アーナを中心に四方八方へと飛んでいく。

あちらこちらに隠れ、こちらを覗き見ていた不審な人物達を、シエル達が立っている通りへと引き摺り、放り出していった。

シエル達が向かう方向から歩いて来ていた老人が、足に蜘蛛の糸が絡らまり倒れてしまった時には、シエルも驚き止めようとムウロの腕を引いたのだが、悲鳴を上げながら砂埃を立て引き摺れたその姿が、老人の真っ白な頭がズレ落ち、顔の半分を占めていた白い髭はペラリッと落ち、すっかりと若々しい青年の姿へと変わってしまったのを見てしまえば、制止の手を止めて呆気に取られるしかなかった。



「四つ。四つですか…。」

ムウロに指摘された、取り逃した人数を意識して、目を閉じたアーナが感覚を研ぎ澄ます。

シエルも、それに習って頑張って探し出そうとするのだが、そもそも気配をどう感じたらいいのかさえ分からないのだから意味は無かった。

「残っているのは本職らしき人達だからね。そう簡単には気取らせてはくれないと思うよ?」

「…ムウさん、分からない…」

村人達に「生き物の本能に問題がある程の鈍感」とさえ親子揃って評価された事を思い出して少し落ち込んだシエルだったが、それでも頑張って気配を探ろうとした。それでも、やっぱり無理だったようで、答えを求めるように顔を上げ、ムウロを見上げた。

「正解はアーナの答えを聞いてからね。」

何処?と、落ち込んでいた事もすぐに終わらせたシエルが、興味津々に周囲を見回しムウロに答えを求める。そんなシエルを、ムウロは苦笑を浮かべて嗜めた。


通りを歩き続きながら、シエルとムウロは見つけ出そうと感覚を研ぎ澄ませているアーナの答えを待った。


「ヒヒャイッ!!」

「えっ、何!?」

「あ~らら。一番、面倒そうなのに触れちゃったね。」


アーナの邪魔をしてはいけない、と呼吸をする音さえも頑張って控えていたシエル。

周囲の、アーナの糸に捕まってしまった不審人物達の悲鳴やもがく音さえ除けば、静かな通りの中では緊張を孕んだ沈黙がアーナを中心に生まれていた。

そんな中、突然アーナが上げた奇妙な雄叫び。

アーナを肩の上に乗せているシエルの耳は、その奇妙な雄叫びによってキーンという耳鳴りとそれに伴う痛みを感じた。

ヒュルヒュルヒュル

風を切るような音を鳴らしながら、一本の糸がアーナに向かって戻ってきた。

時折光を反射するだけがその存在を知らせてくれる透明な糸が、この時ばかりはシエルの目にもはっきりとその姿を見せつけた。

ジワジワと黒く染まり、ボロボロと崩れていく糸。

それは、アーナの下へ勢いよく戻ってくる間も、糸を根元へと向かって侵食していっている。

「や、やだ、やだやだやだ!!気持ち悪いぃ!!」

ジワジワと糸の根元である自分へと迫ってくる黒いそれに、アーナが目に涙を溜めて拒絶し、強い動揺を露にする。

黒い部分がアーナに迫る前に、糸を千切ってしまえばいいんじゃないか。

そう判断したシエルがアーナから伸びる糸に手を伸ばす。

けれど、それはシエルではなく、シエルが糸に触れる前にムウロが糸を掴み成し遂げた。

「これは普通の糸じゃないから、シエルにはちょっと無理だよ。」

「あっ、そっか。」

ムウロは片手で簡単に千切ってみせたが、大の男達を引きずったりしても切れない糸なのだ。本当に普通の子供の腕力しかないシエルでは、何をしようと千切ろうとして千切れるものではない。冒険者を梃子摺らせ、捕らえて餌にしてしまうアラクネの糸、鋏や剣といった道具を用いても難しいかも知れない。

無茶をしない、と苦笑を浮かべてのムウロの注意を受け、シエルは素直に糸へと持ち上げかけていた手を下ろした。

「な、ななな、何だったんですか、今の?糸の先が誰かに触れた感じがしたと思ったら、あんな気持ち悪い事になっちゃったんですけど?」

ジワジワと迫り、ムウロによって千切られた黒い部分は、すでにボロボロと崩れ去ってもう何処にも無い。

それでも、よっぽど怖かったのかアーナは周囲に何本も飛ばしていた糸をさっさと回収し、シエルの頭巾へとしがみ付く。

「人間の癖に、可笑しなものを身に付けてるね。」

「おやおや、そんなに怯えられるとは、申し訳ないことをしたかの。この年で地面を引き摺られるのは、中々怪我も治り難い年ですので、遠慮させて貰っただけなのじゃが。」


「あれ?この前のおじいちゃん?」


片手の黒い手袋をはめ直しながら、腰が少しだけ曲がっている老人が小道から姿を出してきた。

白髪頭の、多くの深い皺が顔に刻まれている老人は、シエルが以前帝都で少しだけ関わった人物だった。

「シエル、知ってるんだ?」

「うん。この前、伯父さんとムウさんと別れた後にお兄ちゃん達と買い物したの。その時に、落とした果物を拾ってくれたおじいちゃんだよ。」

「へぇ。……面白い手を持っているね。」


リリーナの気配を、ムウロは老人の手から感じ取った。

この前、リリーナの遺産についてはムウロは失敗してしまったが、今はもうそんな事はない。その手がリリーナによって、何か術が仕掛けられているということが分かる。

仕掛けを無効化されることを危惧したのか、リリーナの仕掛けた術は少し特殊な方法が用いられている。

自身の力を寄り集め、一つの術と僅かな記憶を所持する魂の小さな複製を作り出す。そして、それを対象に仕掛けるのだ。そうする事で、何らかの切っ掛けを受けた時、その魂の複製が記憶している一つの術を発動し、対象を守ったり害したりする。

魂を読み取ることに優れた種族でなければ、ほんの僅かな気配しか発しない隠された魂を感じ取ることは出来ないのだから、警戒し術を見つけ出そうとする魔術師への対策となる。

だが、リリーナの残した仕掛けに関しては、もうムウロには効くことはないだろう。

彼女が仕掛けた、小さな複製と一度でも遭遇したムウロは、もうその匂いを覚えている。


その匂いが、微かとはいえ老人の黒い皮手袋に隠れた手から香ってきている。

ふと気づいてみれば、200話。

これからも精進してまいりますので、お付き合い頂けたら幸いです。


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