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朝、目覚めたら・・・

チュン チュン

ありきたりだが、窓から差し込む日の光に刺激されて、小鳥達が朝ご飯を漁っている声を目覚ましに朝、目を覚ます。

それが、シエルの日課だ。

そして、今日からは「だった」になってしまった。


まず、窓から差し込んでくる日の光がおかしい。

小鳥たちの声も聞こえない。

そして何より、目覚めた部屋の中に普段との違いは無いのだけれど、床の下、つまりは一階から聞こえてくる喧騒がいつもとは何かが違っているように思えた。

勘違いと言われれば、そうなのかも知れないと思ったが・・・

でも、色々と心当たりのようなものが脳裏に過ぎったせいで、勘違いじゃなくて絶対何かが起こっていると確信してしまった。

シエルは、ベットから素早く降りると村を見渡せすことが出来る、木の戸板が閉じられた窓に駆け寄った。


青空にのぼりかけて大地を照らしている筈の太陽がなかった。

かわりにあったのは、空ではなく土で出来た天井と光を放つ水晶玉のようなものが空中にいくつもただよって村中を照らしている光景。


窓を開けて覗いた外の世界の、昨日シエルが日が暮れる前に見た光景との変わりように思わず口を大きく開けて息を詰まらせた。

「何、これ!!!!どういうことぉー!!!」

近所迷惑確定の大きな叫び声が部屋中に響いた。

「うるさいよ!シエル!!お客さんに迷惑でしょ!」

ドンッと床を叩き上げられた。宿屋を営んでいるこの家で、泊まり客に食事を提供する食堂の上にシエルの部屋が位置している。下から母親の怒鳴り声と突き上げがあったということは、少なくともシエルの両親は食堂にいて仕事をしているのだろう。開けた窓から、下からの朝食の良い香りが漂ってくる。村の周囲の様子は変わってしまったが、両親は無事なことは分かったのでシエルはホッと安心することが出来た。


慌てて、パジャマから着替え、寝癖のついた髪を簡単にすいて右肩で髪纏めて胸に垂らす。部屋を出て、音を立てないように気をつけながら急ぎ足で一階に下りていく。

客室の中で、下が厨房になっていることから騒がしくなってしまう部屋はお客さんには使わせることが出来ないと、シエルの部屋として与えられている。なので、部屋から出て、廊下を通り過ぎる間に普段なら部屋から出てきた泊まり客とすれ違ったり、部屋の中から話合う声が聞こえてきたりするのだ。でも、今日はどの部屋も静かで物音一つ聞こえない。


「お母さん、これってどういう事?何があったの?」


階段を降りたシエルは迷わず食堂に入る。

成金の貴族が持っていた別荘を買い取って改築したというこの家は、客として初めて訪れた冒険者たちも驚く程の広さで、一階にあった二つの部屋の壁を取り払ってつくった食堂は、厨房を作ったとはいえ客や村人たちを招いても十分余裕のある広さになっている。

食堂には、朝食を目当てに訪れた村人たちが普段と変わらない様子で騒がしく食事をとる姿と、強張った顔つきでテーブルについたまま、食事が一向に進まない様子の昨日から宿泊している冒険者たちの姿という真っ二つに分かれた状態があった。

本来なら、冒険者たちの反応こそが当たり前なのだ。

朝起きてみたら、自身の実力では到底脱出できない状況に陥っていたのだから。住み慣れた自分の村が迷宮の中に入ってしまったというのに、隣近所の顔なじみと和気藹々に話あったり、朝から酒を飲んでいたり、朝飯を食べたりしている村人たちが剛毅なのか状況を分かっていないのか。幼い頃から彼等に囲まれて育っているシエルは、状況を分かっていて気にしていないだけ、神経が図太いだけ、と考えている。

シエルがそんな村人たちを呆れ果てた面持ちを隠そうとせずに見回していると、厨房の中から母親ヘクスが両手に料理の盛られた皿を持って出てきた。

娘であるシエルと同じ黒髪を背中の中程まで伸ばして首後ろで纏めた、何処にでもいるような平凡な女性がパンとサラダ、オムレツが乗った皿を四つ、村人たちのテーブルに運ぶ。客商売としているとは思えない愛想のない無表情を変えることなく、目の前に配られた皿に手を伸ばす村人たちと一つ二つ言葉を交わして、さっさと厨房に引っ込もうとするヘクス。客達が座るテーブルをスルスルと避けてヘクスに駆け寄り、シエルは村の状況がどういうことなのかと問いかけた。


「村の近くにあった『銀砕の迷宮』が変性して、村を巻き込んで拡大したようよ。ここは、迷宮の中の第五階層にあたるみたいよ。」

表情をピクリとも動かすことなく娘の問いに答えたヘクス。

物心ついてからこの方、娘だというのにシエルは母の表情が明らかに分かる程変化したところを見たことがなかった。

「変性ってあれだよね。扉が生きている迷宮が百年に一度くらいに中身が変わったりするっていう。冒険者泣かせとか迷宮の地図作っている人泣かせとか言われている現象。

えっ?本当に?」

「アギス爺さん。この子にあれ見せてやって。」

前に本で読んだ時、滅多に起きないが遭遇したら大変な目にあうと記述されていた現象が起こったと説明され、シエルはただただ口を開けて丸くなった目で母を見上げるしかなかった。

ヘクスは娘の間抜け顔に呆れ、さっき食事を運んだテーブルにいた村人の一人に声を掛けた。

「よいぞ。シエルちゃんはしっかりしてるように見えてまだ子供じゃな。」

手にしていたフォークを皿の上に置いた、白髪頭の小柄な老人が足元に寝かしていた立て札を手に持ち、ヘクスとシエルに歩み寄ると、シエルの前に立て札を立てて、字が書かれた表を読めるようにした。


銀砕大公の迷宮 第五階層 ミール村


立て札には、そう記されていた。

ミール村は、この村の名前だった。ヴィオル帝国ラインハルト侯爵領ミール村、それが、シエルが生まれ育った小さな村の正式な名称で、村の広場には丸太を削り村の名前を刻んだ名札も置かれていた。

「朝起きたら村の広場にこれが刺さっておっての。」


「分かったなら、さっさとご飯食べて。下はそんなに忙しくないから二階の部屋の掃除とシーツの洗濯、頼むわよ。」


アギス爺さんが席に戻り、ヘクスが厨房に入り今度は飲み物が注がれたコップをお盆一杯に乗せて運んでいる間、シエルは間抜けな顔のまま動く事を忘れていた。


「いや。いやいや。

なんで皆、そんなに平然としてるの?

お母さんも、なんで平然としてるのよ?

もうちょっとでもいいから、慌てようよ。

・・・それに、今日は迎えが来る日なんだよ?もう家の手伝いは出来ないって昨日言ってったじゃない。」


今日、いつもと違う朝を迎える事になるのは、シエルや両親には予定に組み込まれた事だった。シエルが村が属する帝国の帝都に行く事になっていたからだ。何日か前に突然決まったそれは、シエルが嫌がろうが何をしようが、絶対に遂行しなくてはならない命令となり、今日という日に帝都から迎えが訪れることになっていた。

シエルは心から帝都になぞ行きたくないと今でも思っているが、命令に反せば村に迷惑がかかるだけだと覚悟を決め、部屋には少しの荷物が纏められ、朝早くに迎えが来ようとも旅立てるように準備は整えてあった。両親との別れのような事も昨晩に済ませ、そのさい『明日はもう、朝食の手伝いもシエルは出来ないのね』と珍しく母が表情を崩して呟いたのと、シエルは涙を流しながら聞いていた。



「大公位の迷宮の第五階層に来られる迎えなんて、いないでしょ?」

昨日の夜といい、今日といい。

混乱やら何やら、色々なものが入り混じったシエルの声に振り返ってヘクスは、娘であるシエルでさえ滅多に見る事のない、常となっている無表情を崩して、小さく微笑んでいた。

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