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道案内も彼等の仕事

一年を通して、それが例え嵐が猛威を振るう日であっても、昼であろうと夜であろうと、地上で有数の大国の中心である帝都は静けさというものを見せることはない。

昼には昼の生活を送るものがいて、夜には夜の生活を送るものがいる。

太陽が役目を果たせない雨や曇りの日にだけにしか、家の外に出ることのままならない稀有な種族さえ、帝都は市民として受け入れている。


転移の術によって帝都に降り立ったシエル達が目にしたのは、以前訪れた時と何も変わらない人通りの多い、騒がしいとも賑やかともいえる活気に溢れた帝都の姿だった。


「て、帝都!帝都ってあれですよね。帝都に家を持つことが出来れば人生勝ち組っていう、あの!?」


「えっ?そうなの?」

知ってる?とシエルは、隣を歩いているムウロを見上げた。

人と人とがぶつかるように歩いている通りでは、ほんの少しの油断でもまだまだ二度目で慣れていないシエルではあっという間に迷子となり、同じ場所には二度と戻って来られない。そんな人混みの中を行く為、シエルはしっかりとムウロの手を握っていた。

ムウロと手を繋いでいる腕の上ではシエルの赤頭巾の端に隠れて、アーナがその体をしっかりとシエルにしがみ付き、伏せている。

アラクネとして生まれて初めての地上。

人間であった時の記憶の中でも、帝都に来たことは無かったようで、アーナは目立たないようにという注意を忘れてはいないものの、興奮した様子であちらこちらへと視線を廻らせていた。

「まぁ、成り上がろうって夢見てる人とかは、そんな感じに言ってるみたいだね。」

そんな言葉に導かれ、有り金を叩いて帝都へと引越してくる者は数えきれない程居る。その中で本当に、帝都へ住み着くことが出来るものはそう多くはないのが現実だった。

「アーナちゃんは、昔はどんな所に住んでたの?」

「小さな街だと思います。あまり、その辺りの記憶は定かではないので…。でも、いいのですか?私は人間を食べるアラクネですよ?騎士様とか冒険者とかに、討伐されちゃいませんか?」

転移を終えてようやく何処に連れて来られたのかを知ったアーナは恐る恐るといった様子で、自分の上に掛かっているシエルの頭巾の布を引き、自分の体をもっとしっかり隠そうとした。

「でも、アーナちゃんは食べないんだよね?」

人への変化を覚えるまでは森で獲物を捕って生き延び、人に変化出来るようになれば人の店で買い物などをして生きていこう。

確かに、アーナはそう考えていた。

だけど、アーナは確かにアラクネだ。人を襲って食べると、割りと名が知れている魔物。アーナの人の記憶にも、アラクネを依頼を受けた冒険者が退治した話などが残っている。

そんな存在であるアーナの、アーナという自我を失って襲い始めるかも知れない危険もある、守りきれるかも分からない言い分を会ったばかりのシエルは、曇りのない純粋な声で信じているのだと言い切った。

「た、食べません。でも…」

「じゃあ、大丈夫だよ。それに、此処って一杯色んな人が居るんだよ。アラクネが一人居たって、誰も気にしないよ。」

ねぇ、ムウさん。

不安げな表情を浮かべたままのアーナを勇気付けたい、シエルはそう考えてムウロに意見を振る。

「そうだね。獣人にエルフ、ドワーフ、吸血鬼、帝都に住んでいる魔族は多いよ。そういえばドラゴンも居たね。もしも悪さをした時は、アラクネ程度なら簡単にプチッと出来るような実力者が一杯居るってことを胆に銘じておけば大丈夫じゃないかな?」

「ど、ドラゴン!?」

それにはアーナだけでなく、シエルも驚いた。

「あまり人と友好的ではない奴等も、慎重を期して人に変じて帝都に住んでいるよ。だから、アラクネの一人や二人、今更ってこと。」

まぁ、まずはそこまで生き延びることだね。

ムウロの励ましを、アーナは真剣な面持ちで受け止めた。


人として帝都で暮らしている、ドラゴン。

シエル達が人混みを掻き分けて向かっている先は、そんなドラゴンが人として仕事をこなしている場所なのだが、それはムウロだけしか知らないこと。

帝都の治安を護ることを任務としている警邏隊。アーナが危惧していた、アラクネとしての本能に負けて人を食べてしまった場合、その騒ぎを鎮めることに奮闘することになるのは、警邏隊の役目だ。そんな、クイン・ドクマが隊長を務めている警邏隊の本拠地を、シエルとムウロ、そしてアーナは訪ねた。


その目的は、貴族達の屋敷が立ち並ぶ貴族地区にある、ディクス侯爵家の屋敷の場所を聞くこと。


帝都全域を日頃巡回して犯罪を取り締まったりしている警邏隊ならば、もちろん貴族地区の配置も完璧に心得ていることだろう。

そう考えてのことだった。



「すみませ~ん。」

「はいはい、何っすか?ご用命は、このジャスティンが承ります。」

警邏隊本部と書かれている建物に入ると、中に待機していた隊服姿の男達の一人が人懐っこい笑顔を見せながら、シエル達へと近づいてきた。

「クインさんは居ますか?」

クインを指名する。それは、義兄にあたるクインならば話し安いということと、警邏隊隊長であるクインにならばアーナの事を内密にでも説明しておいた方がいいと、シエルとムウロ、アーナで話し合ったからだった。


「隊長を、ご指名っすか?」


ピリッ

陽気で人懐っこさが全面に出ていたジャスティンの声が、ガラリと緊張を帯びたものに変化した。そして、その背後で各々に過ごしていた隊員達の、何気ない注意がシエル達へと向かい始めたことにムウロは気づいた。

あの馬鹿、何かをやらかしたのか?

こちらに目を向けようとせずに、慎重に注意だけを向けてくる隊員達。その様子に、ムウロは気づいていないフリをしながら、内心でマヌケなクインを罵った。


「赤い頭巾の女の子。くすんでる銀髪の青年…」

「残念でした。隊長なら昨日から隣国に、出張に行ったんで。隊長に文句を言いに来たんなら……モゴッ」

「おいっ、待て。この二人って、確かこの前シリウスさんとクイン隊長と市を回ってた…」

目つきを吊り上げ、態度を一変させてシエルを追い払おうとさえしたジャスティンを、シエルとムウロの風貌に覚えがあったらしい一人の隊員が後ろから羽交い絞めにして、その口を塞いで静止させた。


「ですよね?」

「そうだよ。」

モゴモゴと何かを言おうとしているジャスティンを羽交い絞めにしたまま、引き攣った笑いを浮かべながら確認しようとする隊員。

ニッコリ、とムウロが爽やかな笑顔を浮かべて、その質問に応じてみた。

すると、重苦しいものとなってシエル達へと向かっていた空気が、元の穏やかなものへと戻り、警戒するような視線も一瞬にして消え去った。

「はぁ…失礼しました。此処最近、クイン隊長を指名して文句や脅迫、暴力沙汰を起こそうという馬鹿が大量に発生しているもので。」

「…すみません。」

拘束の手を離し、頭を下げた隊員。ジャスティンも拘束されている間でも、隊員の言葉はしっかりと聞こえていた為、解放されてすぐに頭を下げ謝罪した。

「別にいいよ。ねぇ、シエル。」

「うん。でも、クインさんは大丈夫なんですか?」

脅迫に暴力沙汰。

隣国に出張に行けたのだから、大きな怪我などはしていないということは、シエルにも分かったのだが、それでも心配する言葉が口から出るのは止められなかった。

「大丈夫っすよ。今頃、出張先で婚約者とイチャコラしながら仕事してますから。」

「婚約者?」

クインの婚約者。

シエルの脳裏に、姉ロゼがドワーフであるカルタの店で購入した『竜の意匠の指輪』が思い浮かぶ。首輪代わり、そう言っていた姉の姿も一緒に浮かび上がった。

「もう十日も前になるっすかね。『銀砕の迷宮』に派遣されてた双子が戻ってきてから、本当に怒涛の日々だったんすよ。三兄妹が皇帝陛下の承認を受けて、アルゲートと縁を切って、ディクス家に入るし。ロゼさんが、クイン隊長に求婚という名の公開処刑をかますし。おかげで警邏隊の仕事が色々と大変になって…。」

「部外者に愚痴を吐こうとするな!」

パコンッ

紙を丸めて作った棒が、切々と語り始めようとしたジャスティンの後頭部を襲った。

「アホな部下が申し訳ない。警邏隊副長のケイスだ。そちらの彼女の事はクイン隊長より伺っている。クイン隊長は、魔術第三師団長のロゼ・ディクス殿と共に隣国へ赴いている。何か用があったのなら申し訳ない。伝言があれば伝えておくが?」

「あぁ、大した用事じゃないんだ。ちょっと道を聞きたくてね。」

「道?」


ムウロが、ケイスにディクス侯爵家の屋敷の場所を尋ねている。


その隣で、シエルは驚いて声を出せなくなっていた。

ジャスティンは、ロゼとグレルが村から帝都へと帰ったのを十日前だと言った。

迷宮の中は時間が曖昧だと分かっていても、それでもそんなに地上で時間が経っているとは思っていなかったのだ。


「ディクス家の屋敷か…。悪いが、規則で教えることは出来ない事になっている。」

治安維持の為に。

貴族達の屋敷が立ち並ぶ地区へ、その家の場所も碌に知らないような存在を案内することは許されていないのだと、ケイスは申し訳なさそうに首を振った。

だが、その手元では懐から取り出した紙とペンでサラサラと何かを書き付けていっていた。

「本当に申し訳ない。お二人が何かをするとは思っている訳では無いのだがな。」

「まぁ、それが規則なら仕方無いよね。無理強いをするつもりはないよ。ありがとう。」

何かを書き終わり、二つ折りにされた紙が素早く、何気ない動作でムウロへと手渡された。

「シエル、行こう?」

「う、うん。ありがとうございました。」

「いえいえ。お気をつけて。」

ムウロに手を引かれ、警邏隊本部を後にする。

「でも、どうしよう?」

建物の外に出たはいいが、どうやって伯父の下に行ったらいいのか。

警邏隊の中に居る間、息を潜めてシエルの籠の中に隠れていたアーナも心配げな表情で顔を出した。そして、シエルと顔を見合わせる。

「大丈夫、大丈夫。どうにかなるよ。」

そう言ってムウロは、シエルとアーナに二つ折りにされた紙を見せた。

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