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待ち合わせ

歌姫が舞台から降りてしまえば、客達はその目を舞台に集中させることもなく、舞台上で行なわれる演目を楽しみながら連れや給仕、接待役の美女達との談笑を弾ませ、食事の手を進めるようになる。


「あらぁ、珍しいこともあるものですわね、ムウロ様。そんなにお腹空いていらしたの?」


シエルとムウロの席に近づいてきたバーバラが驚いた様子を見せた。

テーブルの上には、赤い水滴が僅かに残っているグラスが3個残されている。暫くは鬼としての食事が取り辛いと大量に注文していたダクセ。最後に飲み干した3杯というだけで、最低でもその十倍以上はダクセによって飲み干されている。

それが全て、僕が飲んだことになっているのか…。

アルスの付き合いなどで訪れた時に、一度として出される血などに手をつけようとしなかったムウロの行動に、バーバラが驚くのも無理は無かった。


「ま、まぁね。」


「本当だ、全然気づかなかった!」

グラスから香る残り香は、シエルにもそれが血によるものだと分かる匂い。そんなに歌に夢中になってたんだ、とシエルが恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「仕入先は一切変えていないのですが…口が肥えていらっしゃるムウロ様のお口にそんなにあいましたの?」

なら、それを吸血鬼の客相手への売りに出来るのではないか。商売の算段を始めるバーバラの商魂は本当に逞しい。

ムウロは魔狼だが、彼を産んだ母親が吸血鬼であることから、吸血鬼の性質も僅かに生まれ持っていた。血だけを摂取して己の力として生きることなど出来ないのだが、幼い頃などは吸血をおやつ代わりに楽しんでいた。母に父、そして兄。面白がった姉や『魔女大公』アリアの血を貰ったこともあった。ディアナのように、血を飲むことで相手の力を己の物にするという能力があれば、ムウロは今以上の力を持った存在になっていただろう。そんな得難い血を、幼いムウロは何も知らずにオヤツとして楽しんでいた。

吸血鬼にとって、人くくりに血と判断する他の種とは違い、血は人それぞれに香りや味に違いが感じられるものだ。感情、体調、種族、力の強弱。その多くの組み合わせで、鮮度や旨み、甘いや辛い、苦味など様々な味が楽しめる。幼い時分に最高級の美食を味わったムウロは、そんじょそこらの普通の血では満足出来なくなっていた。


「…はぁ…父上にツケといて。」

「それは分かっておりますわ。」


何を当たり前のことを仰っていらっしゃるの?

本当ならばダクセや、ダクセの部下である鬼族へ請求を回せとムウロは言いたかった。だが、それを本当に口にしてしまえば、バーバラも勘付くだろう。そうなれば、ムウロとシエルが今以上に巻き込まれ事になる確信に近い予想があった。

そんな考えがある中、ついつい言わなくてもよい、いつもムウロ達子供が父への憂さ晴らし交じりに行なっているツケの押し付けを口にしたことで、バーバラは少しだけ不審に思ったようだった。

だが、それに対してムウロは何も言わず、聞かせまいという空気を作ったことで、バーバラは何も聞くことは出来なかった。



「ムウさん、疲れてるなら次の届け物は、もう少し休憩してからにする?」

吸血鬼が血を吸うのは食事であることと、力を最大限に回復するため。そう聞いたことがあったシエルは、大量に血を飲んだというムウロに気遣いをみせた。

危険から守ってもらっている上に、目的の場所に行く為の移動もムウロを頼っている。それがムウロが疲れている原因だと、シエルは考えた。

もっと、しっかりしないと。

村人達には駄目だしをされてはいるが、身を護る術を身に付けたり、自分で出来る事を増やし、しっかりと身に付けようと決意する。そして、シエルの脳裏に浮かんだのは、しっかりと自立して職を得ている兄姉達のこと。きっと村の皆には反対されるから、兄姉達に相談してみようとシエルは考えた。


「いや、別に疲れてる訳じゃないから大丈夫だよ。それに、次の届け物を頼んだ人とは此処で待ち合わせで、もう来るだろうから、さっさと終わらせてしまおう。」

「此処で待ち合わせ?」


シエルがそんな決意を胸に秘めていることに気づくこともなく、ムウロは笑顔を浮かべてシエルの心配を払拭しようと試みた。

そして、さっさとダクセのことを忘れ去って関わりを絶とうと考え、断ることも出来ず無理矢理に頼まれた届け物の最後の一品へと、話題を移した。

「そうなんだ。一番最後に押し付けてきた人でね、此処が届け先って耳にして此処で待ち合わせようと言われたんだ。」

「その人には、どんな借りがあるの?」

ヴァローナもダクセも、ムウロ本人が作ったものではないものの、何か大きな借りがあって断れなかったと言われた。二人が押し切った借りを元々気になって、でも聞くタイミングを計りかねていたシエル。今なら聞けると思い、思い切って聞いてみた。

「…ケイブ兄さんと、父上が、ね…」

興味津々のシエルの目に断ることも出来ず、ムウロは口を開いた。その目は、何処か遠くを見つめる空ろなものとなっていた。

「ケイブさんと叔父さん?」

ケイブなら落とし穴だろう。落とし穴を作るのが好きだと言っていたし、シエルも突然落とされて驚いた経験がある。そこにどうやってアルスが関わったのだろうか、とシエルは想像を働かせようとした。


「あたしのいえを、そっれは見事に、破壊の限りを尽くしてくれたんだよ。」


シエルの背後から聞こえた女の声が、シエルが想像を廻らせるよりも早く、答えを教えてくれた。

「えっ?」

「この小娘が届け物係してる、アルス様の魔女?好み変わった?」

「それは私も聞きましたが、違うみたいですわよ。ごきげんよう、カーラ。」


「蜘蛛?あっ、アラクネ?」


振り返ったシエルが見たのは、下半身が蜘蛛、上半身が人の姿、という女性だった。

波打つ真っ赤な髪が蜘蛛の部分にまで及ぶ女性は、胸だけを布で縛り隠している艶やかな姿をしていた。振り向いたシエルの顔を、アラクネの女性は腰を屈めることで覗きこんできた。


「そうだ。アラクネ族のカーラだ。今回は、よろしくな、魔女殿。」

さばさばとして物言いで、そのカーラというアラクネの女性は手を差し出す。

「よ、よろしくお願いします。」

その手をシエルが握り返せば、力強く、でもシエルの事を気遣った強さでブンブンと振った。

「あたしのいえは山の中腹にある洞穴の中にあったんだけどな、ケイブの野郎が山の頂上から落とし穴を造りやがったのよ。で、人のいえの天井を突き破って、アルス様に蹴落とされたケイブの野郎が落ちてきて、あたしの大切ないえは崩落しちまったってぇ事があったのよ。」


「山の頂上に落とし穴掘って、落ちる人いるの?」


ケイブとアルスがカーラに作ったという借り。カーラはシエルにその説明をしてくれた。

そして、シエルが気になったのがこれだった。

魔界に住んでいる魔族は山登りが好きなのかな?と、うっかり山登りを楽しむアルスや、今まで知り合ってきた魔族達を想像してしまったシエル。

さすがのシエルも、その想像はすぐにナイナイと追い払った。

「兄さんは、無意味なことを躊躇いもなくするからね。」

「どうせ、落ちた奴がいたら面白いなってだけでやったんだろ。」

弟と被害者は同時に口を開いた。


「で、そん時の詫びがまだなんだよ。絶対にするってケイブの野郎とアルス様に言われたものの、いえはすぐに新しいの見つけたし、基本男に何かされるのは嫌いなんだよね、あたし。だから、ちょっくら届けてもらいたいもんもあったし、ムウロに無理を言ったってとこよ。」


巻き込んで悪かったな、とシエルの頭を撫で、カーラは豪快な笑い声を上げた。


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