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新しい家族

第三客街の最奥にある、各階層へと遊びに出向く為に客達に解放されている扉。

その朝早くから機嫌良く扉を潜っていく客達の端で、シエルはベールを被り歌姫となったメリッサと護衛達と共に、朝メリッサが拾ってきた少年が来るのを待っていた。

「あっ、来たよ!」

メリッサは口元だけ覗くようにとベールで顔を覆っている。だから、扉へと向かってくる大人達が作る人混みの中に紛れてしまう子供が見えにくいのじゃないか。そう考えたシエルは、背伸びをして人混みの中に目を光らせ、そうすることで見つけ出した少年を指差し、メリッサに教える役目を買って出ていた。

コクリッ

声を出すことなく、シエルが指差した先に居る妹ハンナと義弟ジョンに両手を繋がれて連れて来られている少年の姿を、その目で確認して頷いた。

「あれが、今回居住の許可を得る少年ですか?」

メリッサと同じ様にシエルが指差す先を目視した護衛の一人が、今朝になって急遽一緒に連れて行くと、シエルを通して歌姫から告げられた対象を声に出して確認した。

「うん。朝ごはんを持って来てくれた時に、あの女の人に頼まれたんだ。」

シエルの言葉を肯定する為に、メリッサはまた頷いてみせる。



メリッサによって起こされたシエルが台所へ向かうと、そこには薄汚れた子供が一人、ハンナともう一人のメリッサの妹だというテレーズからドロドロに煮込まれた病人食を食べさせられているところだった。

「おめぇに頼みがあんだ。」

「何?」

メリッサの頼みは、この子供をバーバラの下に連れて行くことを護衛達に説明する役目を担って欲しい、というものだった。

本来メリッサは一度も、歌姫の家から出てはいないことになっている。あの家の周りには護衛達が不寝の番をして警備に当たっている。それだというのに、中から入っていないはずの子供が出てくるなど、ありえないことだ。だから、シエルとメリッサはこのまま"歌姫の家"へと地下の穴を通って戻り、子供は階を移動する扉の前で合流することとなる。

子供のことを歌姫に伝え頼んだのは、毎朝食事を運んできているハンナということにする。

シエルの役目は、ハンナの頼みを歌姫と共に聞いたとして、護衛達のその旨を伝えること。

「うん、分かった。大丈夫だよ。」

「力むんじゃねぇだ!不自然になっちまうだで!」

頑張る!と気合充分に張り切ったシエルだったが、それはすぐにメリッサによって静められた。

「さで、そうど決まれば、おめぇは朝ごはんでも食ってな。私は、この子供を風呂に入れでくるから。」

「ほい。おかわり有るから、しっかりと食べてぐれな!」

「わぁ、ありがとうございます!」

さすがの妹達、メリッサが指示を出す前にテキパキと動き出していた。

ハンナは、立ったままだったシエルを椅子に座らせると、その前に用意してあった食事を出していく。そして、テレーズは台所から出て行ったと思えば、手にタオルや子供の服を持って戻ってきた。

「お風呂があるんだね。」

「此処に住んどるのは、迷宮の中で働いでる奴等ばっかだで。身奇麗にする為にっで、バーバラ様が作っでぐれだんだ。」

「テレーズ、手伝っでぐれ。」

はいはい。姉とそっくりな三白眼を和ませてシエルに説明してくれたテレーズは、メリッサの要請に答え、シエルに別れを告げて部屋を後にしていった。

お風呂で全ての汚れを落とされる予定となった子供は、といえば、メリッサに腕を引かれ、状況を分かっているのかどうかも判別し難い無表情のまま、連れていかれるところだった。

「大丈夫だで。此処で暮らしでる内に、あの子も笑えるようになるで。」

覚束ない足取りで引っ張られていった子供の後姿をジッと見ていたシエルに、台所に残ったハンナが笑いかけた。彼女は多分、表情を動かすことなく、頼りなく枝のような手足を動かしている様子を、シエルが驚き、心配になって見ていたのだと、判断したのだろう。

大丈夫、大丈夫。あの年頃なら、すぐに丈夫になるさ。

安心させようと柔らかな声を意識して出し、ゆっくりと待ってな、とシエルに食事の続きを促した。


表情を浮かべない、あまり動かさない人間なら、シエルは見慣れていた。

母がそうなのだ。生まれた時から見慣れている。

その人が意識して何かを隠す為に他の表情を作っているというのなら、自他共に認める鈍感な性質のシエルは気づかないかも知れない。でも、無表情の中での、他の人間ならば見逃すような僅かな感情の動きなら、シエルは気づくことが出来る、と思う。

そんなシエルが、メリッサによって風呂へと連れていかれる子供に感じたのは『笑い』だった。

楽しいとか面白いとか、そういう時の笑いではなく、喜んでいる、シエルはそう思えたのだが、それにも何処か違和感がある。

はっきりとした結論が出せないもどかしさを、シエルはほんの少しだけ感じていた。



「歌姫様、この子の事をよろしくお願い致します。」

他人行儀に深々と頭を下げたハンナとジョン。その二人に連れられて、シエル達が待っていた場所へと辿り着いた子供は、メリッサが家に連れ帰った時とは打って変わって、汚れ一つなく小奇麗な状態になっていた。ハンナやテレーズの子供のお古だという服は、古びれているが清潔に保たれたものだ。それを纏った子供は、その無表情なところを除けば、そこいらで遊んでいる普通の子供にちゃんと見えた。

コクンッ

これもまた、メリッサは頷きだけで返事とする。

ハンナと手を繋いだままだった子供は、そんなメリッサの手にすぐさま自分の手を繋ぎ合わせた。

「歌姫様と手を繋ぐなんて、歌姫様が目当ての客達が見たら大騒ぎだな。」

見た目がやせ細った、誰であろうと哀れさを覚えるような容姿の子供が行なったことと、護衛達は僅かに警戒しただけでそれを許し、からかいの言葉を口にしてさえいた。

「では、参りましょうか。」

コクンッ

護衛達に促され、各階層に向かう扉の端に並んだ、迷宮内で働く者達用の扉に全員で向かった。それは、登録されている者にしか開く事の出来ない扉で、客達が何度挑戦したとしても使うことは出来なかった。

「っあ!大丈夫?」

一歩足を踏み出そうとした時、メリッサの隣に並んでいる子供がよろめいた。

子供の空いている手を掴み、シエルが転び掛けた子供の体を支える。驚く程に細く、軽い子供の体は、あまり力があるとは言えないシエルでも支えきることが出来た。

「このままで行こう!」

メリッサとシエル、二人が支えるようにして、長い間上手く歩くことが出来ない様子の子供と手を繋ぐ。


それは扉を潜り抜け、バーバラの部屋に入るまでの間そのままで、姉二人と弟一人、そんな感じに仲の良い光景に見えるものだった。



「バーバラ、家の居候を一人追加だで!」

「あらぁ、またなの?」

まったくしょうがない子ねぇ、とバーバラは机に頬杖を突きながら呆れていた。


バーバラの仕事部屋には、すでにムウロが着いていた。バーバラとヘンゼル、そしてムウロが待ったいた部屋に入り、護衛達が頭を下げて立ち去った後、メリッサがまず口を開いた。

グイッと子供を前に出し、頼むでもなく、伺いを立てるでもなく、決定事項として言い切ったメリッサ。

その姿はよくあるもののようで、メリッサは反対することもなく、息子と二人、同じ様な呆れ顔となって苦笑をメリッサへと向けた。

「本当、借金減らないっていうか、増やしてんじゃん。」

メリッサをからかいながら子供に近づいたヘンゼルが、子供の全身を見回して大きく笑い出した。

「昔のメリッサ達にそっくり!ガッリガリでやんの!!」

「しばらくは仕事はさせねぇがら。」

「分かっているわよ。そんな状態の人間の子供が出来る仕事なんて無いもの。」

何かが壺に入ったようで馬鹿のように笑い始めたヘンゼルを完全に無視し、メリッサとバーバラは話を続けた。


「ムウさん、お疲れ様~。」

「う、うん。シエルはゆっくり休めた?」


メリッサと子供、バーバラが、これからのことについて話を始めた。そうなってしまえば、シエルが立ち入ることでもなく、子供と繋いでいた手を離し、メリッサへの贈り物の送り主である鬼、ダクセが住んでいる場所へ向かい帰ってきたムウロへと労いの言葉を掛けながら近づいた。

ムウロにしては疲れを隠そうともせずに露にしている顔で、シエルは「大丈夫?」とその顔を見上げて尋ねていた。

「あぁ、大丈夫だよ。まぁ、ちょっと疲れたっていうのは本当だけど、ちゃんと返してきたし。」

心配の声をあげたシエルに目を向け、シエルの頭を撫でることで心配を払拭させようとしたムウロだったが、不思議なことにその目は気づくと子供へと向いていた。

何か気になる事でもあるのかな?

その視線を追い、シエルも子供に目を向けたのだが、何も感じることも見つけることも出来なかった。



「……狼の鼻なんて無かったら良かった…」

己が生まれ持った種族を否定するような溜息が、ムウロの口から小さく吐き出されていた事を、ムウロの視線を追って考えていたシエルは気づくことがなかった。



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