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時間と時間

「それでは、歌姫。また明日、何時ものお時間に。」

コクッ

メリッサの自宅まで送り届けた警護たちは、まず二人が家屋内の様子と安全を確認した。そして、蟻の巣を突くような確認を終わった後には、シエルとメリッサだけを家屋内に残し玄関を閉め出て行った。

警護はいいの?

シエルがそうメリッサに尋ねれば、警護達が居なくなったことで声を出せるようになったメリッサは口を開いた。

「奴等は、このまんま家の周りで警護しでんざ。見だ来た通り、あんま行儀が良いなんて言えねぇ場所だかんな。」


薄汚れた感じの家屋が立ち並び、上品や落ち着いたなどの言葉など知らないかのような喧騒が、ありとあらゆる場所にあった。

あちこちの家屋の中からは美味しそうな料理の匂いが漏れ漂い、まだまだ明るいというのに家屋の一階部分に作られた店屋や通りには、ぐでんぐでんに千鳥足となった酔っ払い達の姿が見られる。

確かに行儀が良い店や客達ではない。だが、シエルにはとっても慣れ親しんだ空気が街並みを包み込んでいた。


それにしても、その人混みの中を突き進んできたメリッサや護衛達は、真っ白いレースのベールを被った女性に、一時も警戒を解こうとはしない屈強な男達という、あまりにも悪目立ちする一向だった。それだというのに、ごく一部の訪れて日の浅い客と思われる者達以外は誰一人として驚いても、不思議そうにもしなかったのだから、これが毎日の光景だとしれた。


「ほれ、こっぢ来な。」


メリッサはシエルの腕を引いて、家の奥へ向かう。

途中、廊下に飾られていた大きな壺に、メリッサは自分が被っていたベールを投げ掛け、「ずっきりしたべ。」と髪を掻き毟ってみせた。

その姿は、シエルが聞き惚れた美しい歌声とは本当に真逆にあるようなものだったが、とても自然でメリッサが楽にしているとシエルに感じさせるものだった。


色あせた壁などは周囲に溶け込むものではあったが、その外から見た大きさは他の建物の倍はあった。家の中も、そんな外観に見合った広さがあり、玄関ホールから見ただけでも各々の部屋へと入るドアがたくさんあった。

その一つにでも、案内されるのか。

ブレスレットを返しムウロが帰ってくるまで、メリッサの家に泊まることになっているシエルは大人しく、メリッサにされるがままに従った。


「ほれ、此処こごだ!」

カポッ

廊下に並ぶすべてのドアを無視して突き進んだメリッサは、廊下の突き当たりの床に手を突き入れ、空気の抜けるような音を立てさせて真四角に切り抜かれている床板を引き抜いた。

持ち上げられた床板の下には、穴があった。

「行ぐぞ。」

着いて来いと指示を残し、メリッサは戸惑うシエルに背を向けると、さっさと穴の中へと入っていった。

「えっ!?えぇ!!?」

驚き、戸惑いながら、それでも着いて来いと言われたのだからとメリッサに続き、シエルは穴の中へ体を滑り込ませた。


飛び降りた穴の先には、荒削りに作られたと分かるゴツゴツとしたトンネルが横へと伸びていた。。シエルやメリッサが四つん這いとなってようやく進む事が出来る小さなトンネル。その中をメリッサのお尻を追いかけるようにシエルは進む。


ガゴンッ

そう長くもない時間の後、前を進んでいたメリッサが頭上に手を伸ばして蓋を開けた。

暗闇に目が馴染んでいたシエルは、頭上から差し込んでくる光に目を瞑ってしまった。メリッサが立ち上がり穴から抜けていく音を聞きながら、目を何度も瞬きさせ眩しさになれようとする。そんなシエルに触れる手を感じた。

「ヒャッ!?」

まだまだ目が馴染んでいない状態で、突然体に触れた手によって穴から引きずり出され、体が穴から抜け出し上に出たことだけが感じられた。


「姉さん。なんだ、この娘っ子。」

「お客だべ。泊らせるがら、その娘っ子の分も食事頼むだ。」

「ぞれはいいけんど。」


すぐ傍で、擦れた女性の声が聞こえた。

メリッサを姉と呼んでいるのだが、その声はどう考えても年上の、シエルの母であるヘクスよりも年上の女性のもののように聞こえ、抱き抱えられたままになっているシエルは困惑した。

パチパチパチ

目を瞬かせ、ようやく周囲の光景を見ることが出来るようになってみれば、自分が何処かの家の中に居ることを知った。


そして、シエルを抱き抱えているのが、白いエプロンが似合う柔らかそうで恰幅の良い体つきをした、目元に小さな皺が目立ち始めている女性だということを知った。


「ふぇえっと…メリッサさん!?」

「ぞれは私の妹だぁ。ぞじて、此処こごが私の本当の自宅だど。」


この人は誰?此処は何処?

困惑し、近くにあった椅子に腰掛け水を飲んで寛いでいるメリッサに、シエルは叫ぶように問い掛ける。

「妹?」

そろそろ降ろしてやれ、という指示にシエルを持ち上げたままだということを思い出した、メリッサの妹。突然、姉が連れ立ってきた人間の少女であろう客に、彼女も動転していたのだろう。慌ててシエルを床に降ろし、ゴメンゴメンと謝っていた。

そんな彼女を真っ直ぐに見て、そしてメリッサへと顔を向けたシエルは、ますます困惑の色を深めた表情で首を傾げた。

釣りあがった三白眼は確かに、メリッサにそっくりなのだが…。

シエルよりも少し年上、十代後半の少女の外見をしているメリッサの母親ならば納得できる、そんな年齢だと感じられる姿である彼女。

それで、どうして姉妹なのだろう、とシエルは不思議だった。


「あんだ、迷宮の時間にづいで、知らねぇのが?」


「えっと、階層ごとに時間の流れとかも違うって奴だよね?」

知ってるよ、と答えたシエルに、メリッサはそうだと頷いた。

「だっだら、分かんじゃねぇのか?私には二人妹が居るんだが、二人が暮らじでるのはこの階層でだけ。時間が緩やかなあそこに詰めてるごとの多いがら、私はごうなっだんだ。」


そうなんだ!!

でも、そうだよね!!


時間が違う。生活リズムなどに気をつけないといけないという事を注意され、そればかりを考えていたシエル。それがどんな事態を生み出すかなんて少し考えれば分かる事だったが、シエルは全然気づいていなかった。メリッサに教えられ、ただただシエルは暢気に感心していた。

迷宮を移動して回っている届け者係にも充分に起こりえる事態だというのに、暢気に感心しているシエルに、メリッサは「暢気な子だべ」と呆れていた。


「姉さんはあぁ見えでも、四十…」

「ハンナ、黙っでろ。」

女心として、どれだけ見た目は若く保ったままであろうと実年齢を明かされたくはない。

メリッサは強く妹を睨みつけ、その不要な言葉を止めさせた。



「お母さぁん、伯母さぁん、ただいま~」


ドタドタと、沢山の足音と声が聞こえてきた。

「あぁ、娘達が帰っできだな。姉さん、この娘っ子には別に隠さなぐっでもいいんだな?」

「構わねぇ。此処に来るごとは、ヘンゼルもバーバラも知っでるがらな。」


あっ、知ってることなんだ。


歌姫として帰った建物からの突然の移動。もしかして、バーバラ達には内緒なのかとも思っていたシエルだったが、メリッサが妹にした説明の言葉によって、了承の上なのだと知る事が出来た。

それは顔にありありと出ていた。

「安心しな。此処はちゃんどバーバラ達も知ってるごとだがら。さっぎ通ってきた穴は、ヘンゼルが掘ったもんだで。こっちにも、ちゃんど警備はあるがらな。なんも危ねぇごとはねぇ。」

ちょっと待ってな、とメリッサは一度部屋から出て行った。

そして、すぐに戻ってきた時には、メリッサは背後に一人の中年の男を連れていた。

「ごれが、此処の警備の一人で、ハンナの旦那、ジョンだべ。」


「お初にお目にかかります、シエル様。全力を尽くして安全を保障致しますので、家族も多いせいか手狭で汚い家ですがお寛ぎ下さい。」


今の今、本当に急な連絡をヘンゼルから受けたと、ジョンは口元を引き攣らせながら丁寧な挨拶をして、シエルへ頭を下げた。


メリッサと二人の妹達、妹達の旦那達、そして総勢8人の子供達。

ジョンの言葉の通り手狭ではあったが、この家には温かみが溢れていた。

大きな鍋で作られたスープやパン、サラダ。お客様が居るからと奮発したという各々に切り分けられた数枚の焼いた肉片。

言葉を交わしながら食事を取り、食後には子供達と遊び、就寝の時間となった。


手狭だからこそ、全員での布団を並べての雑魚寝。

子供達の中に混ざりながら、シエルは目を閉じて、右耳を意識する。

《ムウさん、大丈夫?》

面倒臭い、と呟きながら向かったムウロに、《遠話》を用いて話しかけた。

《…うん、大丈夫だよ…》

歯切れの悪いムウロの声が返ってくる。

本当に大丈夫なのかな、と心配するのだが、ムウロは大丈夫、すぐ帰るからねぇとだけしか言わなかった。

《それじゃあ、シエル。おやすみ。》

《うん、おやすみなさい。》

頑張ってね、と《遠話》が発動しているのかいないのか、眠気によって分からないようになりながらも伝えたシエル。その言葉を最後に、シエルは眠りを深めていった。

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