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当店のおススメ

きゃあきゃあと、それまで見せていた貫禄も放り捨たバーバラ。シエルの肩に触れて、キラキラとした目でじっくりとシエルの全身を見回した。

「アルス様の魔女というお話でしたから、もっとこう…と思っておりましたが…。」

そう言いながらバーバラが指先を宙に走らせて描いたのは、豊満さとくびれがはっきりとしているものだった。

「次回から、アルス様のテーブルにつかせる子のタイプは変更させる必要があるかしら?」

どう思います?と、息子であるムウロに尋ねる。

「そう意味でシエルを魔女にした訳じゃないからね。今まで通りでいいと思うよ。」

それはそれで面白いかも知れないと思いながらも、後で文句を言われては堪らないと思ったムウロは、バーバラの考えを否定しておいた。


わぁぁあっ

パチパチパチ


シエル達のテーブル以外から、歓声と拍手が巻き起こった。

「何?」

「あぁ。お待たせいたしました、この『黒蛇の迷宮』第四階層フローランホールが誇ります歌姫の登場ですわ。」


五人掛けのテーブルに二人並んで腰掛けているシエルとムウロ。

それは、このテーブルまで案内した男が椅子を引くことで誘導したものだったが、それにはしっかりとした意味があった。

シエルとムウロが首を曲げたり、体を捻らせることなく見ることが出来る正面には、重厚そうな布が垂れていた。歓声と拍手の中、その布がゆっくりと持ち上がっていった。

薄暗かった空間に、その布の向こう側から白く眩しい光が煌々と差し込んでくる。

テーブルが設置されている床よりも高く作られている舞台が、持ち上がっていく布の向こう側にはあった。その高さは、シエルの身長と変わらない程だろうか。普通の人間とはかけ離れた体格の様々な客が座っているテーブルが、二人が案内されたテーブルの前には幾つもあった。だが、その舞台の上で真っ白な後光を放つように立っている女性の姿を、シエルもはっきりと見ることが出来た。


可愛らしいピンク色のマーメイドドレスが、その女性の絵に描いたような美しい体型を見る者達に見せ付ける。

只一つ惜しい事は、頭の頂点から腰にまで垂れ下げられた真っ白いレースが、その女性の顔立ちを完全に隠してしまっていることだった。


Ah~


女性が両手を持ち上げ、目の前に居る見えない誰かをその胸に迎え入れようとしている、そう思わせる体勢となり、レースの合間から覗き見える真紅に彩られた口から音を出し歌い始めた。


「わぁ!!」

他の客達が、彼女の歌が始まると同時に歓声や拍手を一切止め、目を閉じたり、うっとりと舞台上に視線を送ったりと、各々に彼女の歌を楽しむ。

対価をもって歌を聞かせる。そういったものがあると知ってはいても、それを何の説明もなく初めて観ることとなったシエルは、息を飲んで感嘆の声を上げていた。

彼女の歌以外の音が一切無い中、耳に届いた自分の声のあまりの大きさに驚いてしまったシエルは慌てて両手で口を塞いだ。


透き通っていた繊細、だというのに圧倒されてしまう声量。

そんな声で紡がれる歌が、シエルだけでなく全ての客、そして聞き慣れている筈の給仕掛かりや美女達を感動させ、頬を赤らめさせていた。


うっとりと聞き惚れていると、その歌は何時の間にか終わりを迎えてしまった。

「終わっちゃった…。」

すっかりと夢中になった歌の終わりに、シエルは傍目にも分かりやすい声を漏らしていた。

「ご安心なさって、まだまだ彼女の出番は終わりませんわ。」

可愛らしい方。

舞台から目を離す事なく、ガッカリと肩を落としたシエルの姿に、バーバラが優しく声をかけた。

そして、傍に控えていた給仕を呼ぶと、シエルのグラスにジュースを注がせた。

「父上のツケに加えるにしても、押し売りは止めてよね。」

「嫌ですわ。うちの歌姫を純粋に好いて下さる可愛らしいお嬢様に、私からのサービスですのに。あぁ、でも。お父上には早くツケを支払って下さいとムウロ様からもお伝え下さいな。」

「そういうのは、姉の管轄だよ。シエル、彼女が今回の届ける相手なんだよ。」

続きがある、というバーバラの言葉にシエルの目は舞台に向かったまま。バーバラの頼みを素気無く流したムウロは、声を潜める為にシエルの耳元に顔を近づけ、舞台上に佇んで次の歌を歌おうとしている歌姫を指差して見せた。


転移の術から抜け出る手前で、ムウロから「次の届け物」と言って見せられたのは、ムウロの手に丁度乗る程のビロード張りの箱。中には、色とりどりの宝石が輝くブレスレットが鎮座していた。

届けるようにムウロへ頼み込んだのは、二本の角を頭に生やした『鬼』という種族の王、『豪腕公爵』ダクセ

という存在だった。


「ファンなんだって。」

「そうなんだ。でも、とっても分かる。すごいもん。」

届け物の理由を聞き、それに心の底から賛同することが出来たシエルは、歌姫の歌を絶賛しようと口を開いてのだが、どんな言葉で表そうと考えてもそれでは足りない、悩んだ末にただ凄いのだとシエルは口にした。

「私も、ファンになっていいかな?」

それは、バーバラに向けての言葉。

「もちろんで御座いますわ。」

シエルの言葉に、バーバラは笑顔で頷いてみせた。そして、自分の話し声が他の客達に迷惑となってはいけないと、給仕係の吸血鬼に防音効果のある結界を自分達の周囲に張るよう命じた。

「うふふ。本当に御可愛らしい方。ファンになるのに、資格も許可も必要は御座いません。ただ、歌姫が歌を披露致しますこの場へと足しげく通って頂ければ、それだけで良いのですわ。」

何気に、それなりの金額を必要とすることをバーバラはシエルに勧める。その目はシエルへではなく、チラチラとシエルを連れてくる筈のムウロへと向かっていた。商売上手なその姿に呆れた目を送るムウロ。バーバラは片目を一瞬瞑ってみせ、たっぷりとお金を落としていけと目で語っていた。


「…じゃあ、駄目だよ…」

「あら、どうしてですの?」


だが、そんなバーバラの魂胆は、シエルの落ち込んだ姿に破算となってしまった。

「だって、私一人じゃ此処に来ることは出来ないでしょ?お金も持ってないもん。」

そうなれば、歌姫の歌を聴くことが出来るのはこれが最後だ。

シエルは今まで以上の真剣な眼差しで、歌姫に見入ることにした。

「まぁ、そんな。そういう時は、ムウロ様やアルス様にオネダリなされば、よろしいのですわ。お金だって、何の心配も御座いません。アルス様の魔女ならば、アルス様のツケですもの。」

「バーバラに同意するのはどうかと思うけど、シエルがまた来たいなら何時でも連れてきてあげるよ?」

遠慮することなんて無いよ、とムウロ。飲み食いして、歌い手達の歌や劇を観る。ただそれだけが開催されているこの階層くらいならば、シエルを連れてきても大丈夫だと、ムウロは考えていた。でなければ、色々とあって断れなかったダクセからの頼みだったが、何としてでも、どんな手を使ってでも無かったことにしていた。

「えぇ~でも…アルス叔父さんのツケなんだよね。それに、ムウさんにこれ以上迷惑かけちゃったら…」

「父上のツケなら、シエルが此処で何をしたって大きくは変わらないよ。ねぇ、バーバラ。」

「そうですわ。こちらでの料金など、些細なものです。本当に、ロキ様といいアルス様といい、そろそろ御身の毛皮一つでも剥いで売り払って下さらないと…。」

「そうそう。それに、迷惑なんて思ってないからね。」

息子さえも、アルスのツケ解消の為に毛皮を剥ぐという計画に深く頷いて同意した。

「あら、それならば私、良い事を思いつきましたわ。此処までいらっしゃるのがムウロ様へ迷惑を掛けてしまうとお思いならば、シエル様の下へ歌姫をお連れいたしますわ!」


もちろん、特別料金はたんまりと頂きますけど。


バーバラの心の中での声は、しっかりとムウロに通じていた。

「多くの方々から依頼は舞い込んでおりますが、あの子を魔界に行かせる訳にも行かずに断っておりました。でも、人間であるシエル様が地上にお住いということならば憂いなく派遣することが出来ますわ。」

お住いは地上ですの?

ほほほほッと嬉しげに笑うバーバラは、頭の中では新しい儲け話の算段を早くも付け始めていた。

「父上の迷宮の中だよ。変異で取り込んで、『銀砕の迷宮』の第五階層となった。」

「まぁ…でも、その程度ならば大丈夫ですわ。アルス様の迷宮ならば、人間にも優しい環境ですもの。」


「…歌姫さんは、人間なの?」

「それは僕も初めて知ったよ。」


きっと歌が上手いと本などにも書いてある魔族などだとばかり、その顔を隠した姿を見ながら思っていたシエル。

何度かアルスの付き合いや、暇潰しに訪れていたムウロも、一度も顔を見たことのない歌姫が人間だったと聞き、顔に大きく出して驚いた。


「えぇ、ムウロ様とお嬢様だからこそ、お教え致しましたの。秘密ですわよ?」

外からの音を取り込み、中の音を漏らさない。そういった効果のある結界をしっかりと確かめた上で、バーバラはそれを口にしていた。

バーバラの二本の大きな牙が覗く口元に一本の指が立ち、バーバラは片目を瞑ってみせた。

シエルはそれに、こくこくと驚いた顔のまま頷いていた。

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