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二つ目

赤青黄の光がクルンクルン。入れ代わり立ち代わり、シエルの座っているテーブルを照らし出す。

天井から垂れ下がり、あっちこっちと回転して照らしている色とりどりのランプだけが灯りの役目を果たしている薄暗い空間。


シエルとムウロは、その空間の中に何十と置かれている丸いテーブルの一つにいた。


「迷宮って、こんな所もあるんだね。」

キョロキョロと、首を忙しなく動かして周囲を見渡すシエル。

シエルやムウロが案内されたテーブル以外の、何十と数えるのも面倒臭い数のテーブル全てに、パッと見ただけでそうと分かる魔族から、ついさっきまで戦いの場に居たと見て取れる人間の冒険者まで、ありとあらゆる人々がついていた。

そして、そのテーブル全ての周囲に、煌びやかなドレスを来た様々な種族の美女達や、見目の良い給仕の男性達が配置され、テーブルに着いた人々の注文に答えようと見ているだけでも美しい動きを見せていた。

それぞれのテーブルの上には、給仕たちが運んだ見た目が美しく、そして美味しそうな料理が並んでいる。美女達が注いで回っている飲み物を、人々はゆっくりと口の中で楽しむように口に運ぶ。

シエルが手伝っている食堂では絶対に見ることの無い、薄暗く、しっとりとしているその雰囲気の中、人々は皆落ち着きを払った静かな賑わいを生み出していた。

「『黒蛇侯爵』が管理している迷宮は、普通じゃない意味で有名だからね。あの村ではあまり話題にはならないと思うよ。」

「別の意味って、これ?」

シエルとムウロは、5脚の椅子が置かれているテーブルに着いている。それは他のテーブルも同じなのだが、他のテーブルでは別々に訪れた人々が種族や服装など関係なく相席をしている。そんな中、シエルとムウロのテーブルには誰一人として案内されることなく、三脚の椅子が空いたままとなっていた。

そして、他のテーブルには傍に必ずドレス姿の美女や給仕の男性が居るというのに、二人のテーブルだけは案内された後に飲み物が運ばれてきただけで、誰一人近寄ろうともされない。

シュワシュワと気泡が生まれ続けているグラスを口元で傾けているムウロに、シエルは周囲をこっそりと指差して見せた。

「そう。『銀砕大公』の迷宮以外で唯一の、娯楽を主にした迷宮。一つ、父上と大きく違う点を言うとすれば…」

スラスラと説明していたムウロだったが、途中からその勢いは失速していき、チラリとシエルに視線を向けて口を閉ざした。

「…えっと…」

「えっと?」

「冒険者や魔族それぞれの財布に大変厳しい娯楽に溢れた迷宮なんだ。」

直接的ではない、だが間違ってはいない説明で、ムウロはシエルの好奇心に溢れた視線を濁すことにした。

「…ドルテ王国みたいなもの?」

「まぁ、そうだね。もうちょっと財布に厳しいかな。」

ムウロの説明でシエルが思い描いたのは、ほんの少しだけ横目に見た賭博場が立ち並ぶ光景。ムウロが苦笑いで頷いてみせたのは、ヒースやムウロが見せないように工夫を凝らしシエルが見ることの無かったドルテ王国の遊楽街の奥深く、厳しい入場制限が掛けられた領域があったからだ。シエルが想像しているものとは違うと分かっていても、嘘をついたわけではない。

多くの迷宮が隣接していた村に訪れていたのは、腕に覚えがあり名声などを求める冒険者達だ。『銀砕の迷宮』に挑戦しようとしう一流の冒険者達ならば、この迷宮『黒蛇の迷宮』の下層で遊ぶ程度の資金は持っているかも知れないが、その話を年若い女性や子供の前で出すような不手際を起こすわけはなかった。


「…私、お金持ってないよ?」

「大丈夫。いざとなれば、父上のツケに上乗せしておけばいいよ。少しくらい増えても、分からないだろうから。」

「おじさん…此処にもツケ作ってるんだ。」


ムウロが「財布に厳しい」と強調するように何度も言うものだから、シエルはオロオロと困り顔になって焦り始めてしまった。

そんなシエルを「大丈夫、大丈夫」とグラスを傾けながら宥めるムウロは、此処には居ない父親を思い浮かべて、どこか投げやりな感じに鼻で笑っていた。

その表情は、ツケが溜まれば子供の何れかに押し付けて雲隠れするという、今までにも何度もあった父親アルスの悪癖を思い出してのことだった。

シエルの村が突然迷宮の中に組み込まれていたのも、原因はヘクスとシエルにあったのだが、元はといえばアルスのツケが溜まっていたことも一つの要因だった。

シエルの中で、ますます『銀砕大公』という大きな名前と立場から、シエルがよく見知っているアルスの姿が遠ざかっていった。



『毒喰大公』が治める迷宮の中にあったヴェルティとクロッサの家。仲睦まじく、シエルとムウロの存在をすっかりと忘れてしまった二人に、気づいていないだろうが声を掛けて、その場を後にした。

そして、転移の術を使って訪れたのが、この大きな空間の手前にある小さな広間だった。

此処とは違い、明るく大きな賑わいが耳を和ませたその場所では、扉の向こうに質素な装いの男性達に案内されて消えていく冒険者や魔族の姿を見送り、シエルは呆気に取られていた。そんなシエルが正気に戻らない内にあれよこれやとムウロが話を進め、シエルの呆けが和らいだ頃にはテーブルに着いていた。

「主人を呼んでまいりますので、ごゆっくりとお寛ぎ下さい。」

そう言って案内した男は消えた。


あれから、どれくらいたったのか。

興味深げにシエルは見回していたものの、はっきりとは分からない周囲の様子。全体的にゆったりとしているようにも感じられる落ち着いた雰囲気に、シエルは時間の経過が分からなくなってしまっていた。

まだかな?とムウロに聞こうとした時、"ずるずるずる"という落ち着いた雰囲気からは違和感を覚えるような、何か重たいものを引き摺る音がシエルの耳を直撃してきた。


「お待たせして申し訳御座いません、ムウロ様。」


その音は段々と大きくなり、何処から聞こえてくるのかと顔をくるりと回したシエルの目に、その正体が映りこんだ。

そして、音と共にその姿はシエル達が座っているテーブルの傍らに辿り着く。

耳にすんなりと入ってくる女性にしては低い声で、彼女はムウロへと話し掛けた。その際、ムウロの隣に座っているシエルに目配せを送り、にっこりと笑って見せた。だが、彼女が会話をする相手として定めたのはムウロだったようで、それっきり視線はムウロへと留まらせた。

届け物係は、大公の魔女であるシエルの仕事。主の名を笠に着るような誇り高い魔女達ならば、軽んずるなどと怒りを露にしているところだが、シエルがそんな事を気にするわけもなく。シエルの注意はそんなことよりも、その女性の黒光りしているドレスの裾から伸びている太い蛇の胴体に向かっていた。


気の強そうな釣り上がった鋭い目、相反する色合いが相乗効果でその価値を高め合っている真っ白い肌と豊かに波打つ黒く長い髪、キラキラと輝いている黒いドレス。


「…お久しぶりです、侯爵。お変わりなさそうで。」

「嫌だわ、バーバラと呼んでくださいな。それと、正直に仰ってもよろしいのよ?以前、ムウロ様が遊びに来て下さった時とでは随分と変わりましたでしょう、私。」


ドレスの胸元を寄せ、その豊満な胸を見せ付けるように、『黒蛇侯爵』バーバラは妖艶に微笑んでみせる。それが、ムウロが覚えている昔の姿であったのならば、周囲のテーブルに居る男達から羨望の眼差しを受けたことだろう。

だが、今の姿でそれをされたからといって誰の注目も集まるわけもなく、バーバラに向けられたのはムウロの呆れた眼差しだけだった。

接客を行なっている様々な種族の美女達よりも美しく、注目を集めていた以前と比べれば、三倍以上に膨れ上がっているその姿。

店主としての貫禄などは前よりも増してはいる。美貌の面影もその顔に残っている。だが、その姿はバーバラ自身が言うようにすっかりと変わり果てていた。


「分かった!ラミア、だよね!?」


半人半蛇の魔族-ラミア。

バーバラとムウロが挨拶をしている間、バーバラのドレスから覗いていた蛇の体を見ていたシエル。その姿を見ることで予想したバーバラの種族が、当たっているかどうかをムウロへ尋ねた。

「えぇ、私はラミア族ですわ。ムウロ様、こちらの可愛らしい方は?」

「議会で話題になった、父上の魔女で"届け物係"のシエルだよ。」

『誘惑の迷宮』と称されているバーバラの迷宮には、多くの人間も働いている。その点で、バーバラは差別をする気は一切無く、客からどれだけ搾り取れるかだけがバーバラの評価基準だった。その為か、この迷宮の中で働いている人間の女達の多くは細やかな違いはあるものの、貪欲な性質が見え隠れするようなタイプが揃っていた。

多くの人間の女を見てきたといっても、シエルのようなタイプは見た事の無かったバーバラ。

ムウロの連れ、というだけではない戸惑いを感じながら、バーバラはムウロに紹介を頼んだ。

そして、ムウロから返ってきたのは、侯爵位を持っているバーバラも列席していた議会での一幕に聞いた言葉。

「まぁ。この方が!?」

バーバラは驚きの声を上げていた。

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