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父子、母子、夫婦

「失敗…」

ありったけのフェニックス族の炎の羽根をつぎ込んだ術が無事に発動した気配を感じ取り、一人グラスにとっておきの美酒を注いでいたヴァローナ。だが、それを口にしようとした時、それが目的の存在を一筋限りも害する事なく終わってしまったことも感じ取ってしまった。

グラスの中に並々と注がれていた赤い液体が、ボコボコと気泡を生み出す。そして、わなわなと手を震わせていたヴァローナが気づく頃には、すっかり何も入っていなかったかのようにグラスの中から液体は一滴も残らずに消えてしまっていた。


「なんだ~お前…まだ、やってたのか、ぅんな事。もぉ、諦めろって。」


「うっさいわよ、このダラ男!!!私のやる事に口挟むんじゃないわよ!!!っていうか、人の家に勝手に入ってこないでくれる!?」


ぷよぷよぷよ

全身を震わせて笑う青紫色の物体に、ヴァローナは迷うことなく炎を投げつけた。

だが、耐久力ならば魔界一とも言われているそれには、投げつけられた炎に包まれたとしても火傷一つ負うことはなかった。もにゅもにゅ、と自身の体で炎を包み込み、その力を自分のものへとしてしまう。


「冷てぇな。子供一人こさえた仲だってぇのに。」

げぷっ

下品極まりない様子で寛いでみせ、ゲラゲラと笑う。

その姿がまた、ヴァローナの苛立ちを倍増させた。

「そんな前のこと、私は知らないって言ってるでしょ!?ったく…なんだって、前の私はこんな奴と番ったのかしら…」

何の効果もないと分かっていても、ヴァローナは己の家に勝手に入り込み、寛いでいるその物体を踏みつけ、傷みつけなければ気が済まなかった。


多種族との意思疎通が可能な知能を持つ魔族。

主に、種の本能のままにある魔物。

そのどちらにも属する上に、そのどちらにおいても最下層に位置する力しか持たないスライム。本来であるのならば、フェニックス族であるヴァローナの前に姿を現すことも出来ない種だ。

だというのに、この男は魔族の中でも上位に位置する力を保有し、下品極まりないとはいえ知能も高い。その上、爵位を魔王から直に与えられたという。

この男との間に子供を産んでいたという事実と共に、ヴァローナに何度「ありえない」と叫ばせたことか。


フェニックス族は、肉体上の不死を持った種だ。

その命が尽きると、大きな一つの炎となり、その灰の中から再び体を形作る。

その姿は何度、死と復活を繰り返そうと変化することはない。だからこそ不死と誉れ、あまり利口ではない魔族や人間からは『不死』を得るための材料と狙われることも多かった。

だが、肉体は不死ではあるかも知れないが、その精神は違う。

死は、精神の死。甦った時には、種族としての本能や存在としても知識などを除く記憶などは全てまっさらな状態となっている。僅かに性格などを持ち越されるものもあるが、以前と全く同じということはありえないものだった。


現在のヴァローナが復活を果たし目覚めた時、彼女が見たのは下等生物であるスライムが大小二匹。その小さな方からは、己の存在に通じる気配が感じ取れた。

そして聞かされたのは、そのスライム達が前のヴァローナの夫と息子であるという、現在のヴァローナには信じがたい話。

ヴァローナは炎の吹き荒げ、怒声を張り上げていた。


「さっさと、目の前から消えてくれない?」

ぶにぶにぶに

「つれねぇな、まったく。だが、それもまた…。昔のお前は、気弱な子猫ちゃんタイプだっただけに、今のお前もなかなか…」

「死ね。」




「だから、ヴァローナさんはあんな事をするの?」

白く輝いて見える一本道の上を、ムウロに手を繋がれることで道から反れる事なく歩いていたシエルは、目の前を歩くムウロから聞かされた諸事情に驚いていた。

「今現在のヴァローナが生まれたのは、二百年くらい前かな?それから、ずっと。父子に対して事あるごとに攻撃や術を仕掛けてるんだよ。」


「スライムって、皆が新人冒険者が最初に相手する奴だって言ってたけど…凄い人も居るんだね。」

シエルやヘクスだって倒せるかもなぁ。

村人達が笑いながら言っていた。

そんな事を思い出しながら、シエルはヴェルティによって守られた先程の経験を思い出していた。

村から一人では出ないように!武器を持とうと思うな!そんな事を言われていたシエルでも倒せる、そんな魔物があんな火柱を生み出せるような存在に、シエルには考えることも難しい二百年という年月、攻撃され続け無事に生き残れている。

シエルは純粋に凄いと感じていた。


「まぁ、あの人は例外中の例外、かな?」


これが一番、楽なんだよ。

そう言って、魔王の目の前であろうとスライムの姿であることの多かった人を思い浮かべる。

人の姿を取ろうと思えば、永遠に取っていられる。だというのに、滅多に人の姿になることはなく、大戦以前からの顔見知りであるムウロや、アルス達大公位を持つ者達でさえ人型の彼を見たことは滅多に無かった。

しかも、老若男女、どんな姿でも変ずることも出来る筈なのに、人型を取ったかと思えば老人の姿ばかり。大胆不敵で性質の悪い彼に振り回されているヴァローナを、ムウロは人事と笑うことは出来ない。


「ヴェルティさんとは全然違う人なんだね。」

自身を父親似だといったのは、種族だけのよう。

ムウロが溜息と共に語った簡単な人となりに、先程のほんわかとしたヴェルティとは全く似ても似つかないように感じた。

「皆で、父親には似るなよって念を贈ったからね。」

晴れやかな笑顔を満面に浮かべ、ムウロは言った。

「送ったの?」

皆という言葉の中には、ムウロが絶対に入っていたのだろう。その結果に満足しているとムウロの顔には書いてあった。

「僕だけじゃないよ。父上も、兄上も贈ったからね。」

多くの人が贈ってたんじゃないかな。

そこまで言われると、シエルは少しだけヴェルティの父親であるスライムへの興味が強まっていった。どんな人なのかな、とシエル自身も気づかない内に口から漏れ出ていた興味に、ムウロが「危ないから、駄目」と釘を刺した。

「あの人はね、本当に危険だから。」


多分、父上の加護による護りも、あの人の前では意味を成さなくなる。

何処か真剣みを帯びた顔となったムウロ。

その表情に、ゴクリッと喉を鳴らすシエル。

その様子に気づいたムウロは、あっさりとその表情を崩して、緊張したシエルへ笑顔を向けた。

「あぁ、不安にさせちゃってゴメン。大丈夫。出来る限り近づかないように注意は払ってるし、僕も全力で護るから。」


「…どんな風に危険なの?」


ムウロの言葉と笑顔に安心出来たシエルは、ホッと肩の力を抜く。

そして、自分でも気をつけれる事は注意しようと、尋ねることにした。


「ぅん…まず、何処に居るか分からないんだよ、本気を出されると。」

「?」

やる気を見せるシエルに、ムウロは苦笑を浮かべながら説明を始めた。

だが、まず最初の説明から理解がし辛く、シエルは首を傾げた。

「周囲の風景とかモノに溶け込んで、誰にも気づかれることなく敵に近づいていく。これは、鼻の効く父上や他の大公達でさえ本当に間近まで近づいてこないと気づけなかった程の精度なんだ。」

「じゃあ、私は絶対に無理だね。」

村人達がシエルに向けた注意などから、その事を理解していたシエルはしょんぼりと肩を竦めることになった。

「僕も、無理なんだよね。そのせいで、何回その体内に閉じ込められることになったか…。」

はぁ。その事を思い出したムウロが深い深い溜息を吐き出す。

だが、すぐにハッと顔を上げてシエルを見た。

「いや、ゴメンね。大丈夫、シエルのことは絶対に護るから。」

安心して。

自分の言葉がシエルを不安にさせると思ったムウロが、必死さを垣間見せる声でシエルに誓った。

「ありがとう、ムウさん。」

その姿に、不安や恐怖などは全て吹き飛び、シエルは笑顔でそれに答えたのだった。


「さぁ、道はここまで。次の届け先だよ。」

道が終わり、眩しく輝く光の出口が目の前にあった。

シエルはムウロと手を繋いだまま、その光の中を潜った。


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