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受取完了…でも、

自分への届け物だという包み袋。綺麗にリボンで包装されたそれに、ヴェルティは何の迷いも抱くことなく手を伸ばす。

顔見知りであるムウロが一緒に居るとはいえ、見知らぬ人間の少女が差し出したもの。それを届けるように指示した相手の名もまだ聞いていない状態だ。普通ならば、僅かでも警戒を抱くべき状況だろう。それはヴェルティも分かっていた。それでも、良くも悪くもない関係で敵であった事が一度もないムウロが連れている、人畜無害を絵に書いたような少女の存在に、ヴェルティは受け取ってもいいと思ったのだった。

「ありがとうね。それで、一体だれ…」


「駄ぁ目ぇよ!!!」


ドバンッ

どう見てもプレゼントだと思われるそれ。そんなものをヴェルティに贈る存在に、彼は心当たりが無かった。一人、二人、頭に過ぎった存在もあるのだが、妻であるクロッサと共にこの家に移り住んだ際に縁を切っている。だから、過ぎった瞬間に否定し、頭の中から追い払っていた。

包み袋に、ヴェルティとシエルの両方の手が着いている状態。その時に、ヴェルティは首を傾げてシエルに尋ねようとした。

だが、それはヴェルティの背後にある玄関の扉が勢いよく開かれ、シエルを拒絶して扉を閉ざしていたクロッサが制止の声を上げて飛び出してきたことで、最後まで声にすることは出来なくなってしまった。


威圧さえ放った笑顔でもってシエルと届け物を拒絶して見せたクロッサは、透き通るような緑の髪を振り乱し、鋭く釣り上がらせた目をヴェルティを一瞥した後、シエルとムウロを睨みつけた。

その白い手には、麻袋が強く握られていた。

「あなた!!それ、受け取っちゃ駄目よ!?」

敵と認識した二人を睨み付けたまま、クロッサは夫に強く言い付ける。

「えっえぇ?!どうしたんだい、クロ!?」

日頃は穏やかで、道に迷ったのかボロボロとなって家を訪ねてくる冒険者などにも親切に対応している妻とは思えない姿に、ヴェルティは慌てた。そして、その体は無意識の内に妻の言いつけに従い、手に取ろうとして包み袋から手を離し、ジリジリと後退りをしてシエルからも離れていった。


「あの、あの女からなの!?また、どうせ、罠でも仕込んであるのよ!?」


クロッサはそう言うと、麻袋の中に手を入れて中にあったものを掴み取ると、それをシエル達へと投げつけた。

だが、無数の小さな粒状のそれは、シエルへと届く手前で一瞬にして青白い炎に包まれ灰も残らずに消え去った。一瞬のことだったが、シエルの驚きに見開いた目にはそれが植物の種だったのだと見て取れた。

「チッ」

シエルが見惚れた姿形からは意外過ぎる舌打ちがクロッサの口から漏れ出る。そして、シエル達の足下に広がっている棘がついた緑の蔦が起き上がり、シエルとムウロの二人へと襲い掛かってきた。

「ちょっと、落ち着いてくれない?」

襲い来る蔓の何本かはムウロによって掴み取られ、それ以外のものも一定以上にシエル達に近づけば、種のよに青白い炎に包まれて地面へと落ちていった。

クロッサの行動に、その隣まで後ずさって並び立ち呆気に取られていたヴェルティ。ムウロの呆れの含んだ声によってハッと気づき、頭二つ分程背の高いクロッサの麻袋を持つ腕にしがみ付いて、その行為を止めさせた。

「クロ。クロッ!落ち着いて。ムウロさんじゃないか!?万が一、本当に万が一でも怪我をさせたら、大変なことになっちゃうよ!?」

「そこまで騒ぐようなことにはならないよ。」

慌ててクロッサを止めるヴェルティに、ムウロが呆れた声を投げかける。

「ディアナちゃんとか、レイさんとか?」

シエルはヴェルティが恐れている状況を想像して見たが、アルスがそんな風に怒る姿は想像出来ず、出来たのはディアナが悲しんでいる姿や、レイの姿だった。

そんなシエルの問い掛けに、ムウロは笑って首を振った。

「兄上がそんな事で怒るなんて、ナイナイ。」

姉さんが別なだけだよ。

どうもレイに対して誤解を抱いているようだ、とムウロはシエルに言い聞かせるように教えた。それでも、シエルは「そうなのかな?」とまだまだ思っていた。


「…ムウロ様…どうして、あの女からの届け物など、貴方がお持ちになったのです?」


夫によって止められ、少しだけ冷静に考えることが出来るようになったクロッサが、ムウロに問い掛ける。

「私が言うのも何ですが、私とあの女の戦いは魔界でも知れ渡っていると思っておりました。なのに、あの女に味方するようなことをなさるなんて…」

襲い掛かってくるわけではないが、クロッサの声に連動しているかのように、足下で緑色の蔓が蠢く。

「もちろん、知ってるよ。フェニックス族のヴァローナと互角に遣り合ってるドリアードの君の事は有名だった。ましてや、結果から言えば無事に逃げ果せたんだからね。」


「じゃあ、旦那さんはフェニックスなの?」


ぽっちゃり系で、あまり華やかとは言えない姿。

そうは見えない、とはシエルも口には出さなかった。

「あ、僕は父親似なんだよ。だから、炎はちょっと使えるくらい。」

フェニックス族は、全身に炎を纏った鳥から変じた魔族。魔族の中でも炎を操るのが最も得意だと言われている種族だった。

「それで、えぇっと君は?」

どうして人間の少女がムウロと一緒に居るんだろう、と。

迷宮の中でも辺境であるこの地には、噂話もとても遅れて伝わってくる。あまり敏感とは言えないヴェルティの感覚でも、シエルが人間であることは感じ取れた。

それでも、僅かに普通の人とは違うものも感じていた。

「シエルです。えっと、アルス叔父さんの魔女で、お届け物係をしています。」

「お届け物係?」

初めて聞く言葉に、ヴェルティもクロッサも首を傾げる。

そこで、二人がヴァローナからの届け物を持ってきた事の経緯と共に、ムウロが説明を加えた。


「そ、それは母が御迷惑を…」

貸しを盾に、届け物を押し付けられた事を伝えると、ヴェルティはムウロと、それにつき合わされているシエルに頭を下げて謝罪した。

その隣で、クロッサが「あの女はぁ」と再び怒りに燃え上がっていた。

「という訳だから、これは受け取ってもらわないと困るんだよね。」

シエルの腕の中からヴェルティの腕の中へと、ムウロはヴァローナからの届け物を移した。

今度は、クロッサも止めることも出来ず、ヴェルティも断ることも出来なかった。

だが、その顔にはありありと困ったと描かれている。


「む、ムウロ様!」

「何?」


よし、終わった。

晴れ渡った表情になったムウロが、シエルに帰ろうかと声を掛けていた。

すると、困り顔を夫婦でつき合わせていたクロッサが、そんなムウロの背中に必死な声を投げ掛けた。

「どうか、これを開封していって頂けませんか?」

お願いですと夫婦揃って頭を下げる。

不思議な申し出に、ムウロは平然とした面持ちのままだったが、シエルは驚いてしまった。

「あの女なら、私やこの人の命に関わるような罠だって仕掛けているかも知れません。」

お分かりになるでしょう?というクロッサの言葉に、ますますシエルの驚きは増した。

息子や嫁の命を脅かす罠って…。

シエルには想像もつかない事だったが、ムウロは違っていた。

「あぁ、あったね…そんな事。」

もうすでに、ムウロの耳にも届いた事件があったのだと、ムウロは驚く様子もなく頷いていた。

そして、ムウロは仕方が無いと溜息を吐き、シエルには「少し待ってて」と申し訳なさそうに苦笑を浮かべてみせた。


「いいよ。やってあげる。」

そう言ってムウロは包み袋を受け取ると、何かあった場合の事を考え、シエル達が立っている玄関前から遠ざかっていった。

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