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吸血鬼の兄弟

「あぁ、姉上。お食事が必要でしたら、喜んでこの身を捧げましたのに。」

顔を手で押さえ、レイは悶えていた。


カフカ、お願い。

ね。ちょっとだけ。ちょっとだけ、血を分けて?


叔父上。ご協力お願いいたします。

後程、お好みのお食事を提供させて頂きますゆえ。


ディアナと、レイの知らぬ男の声が、レイの耳に届いていた。

その脳裡には、カフカの首に顔を沈めるディアナの姿が映る。


カフカに着けていた"目"を通して、愛しい姉の顔が迫り来る映像を垣間見てしまったか故の悦びと、それを実際に体験しているのが自分では無いのだという切なさを今、レイは感じていた。

執務室の、自身が愛用している椅子に腰掛けたまま、悶え苦しんでいるその姿は、冷酷無慈悲に淡々と全てを切り捨てていく普段のレイばかりを知る者達が見たのなら、人違いだと即座に判断を下すだろう。

だが、執務室に入ることを許されているのは、レイに信頼され、そんな姿を見ることを許された者ばかり。そんなレイの姿にも、驚くこともなく生暖かな視線を向けるに留めている。

「若。そのように身悶えておられるくらいならば、お嬢様に直接そうお頼みすればよいのでは?」

生暖かな視線がレイに向けられている中、言葉を発することが出来たのは、ただ一人だけ。

見目麗しいと名高い吸血鬼族には珍しく、シワだらけの顔にニコニコと好好爺然をした老人が、臆する様子も見せずに声を出した。


「まぁ、また暫く会ってはもらえなくなる事が覚悟出来ればの話ですが。」


カフカ坊っちゃまに"目"などを張り付けて。可哀想に、とお怒りになるお嬢様のお姿が目に浮かびますな。

カッカッカッと、最古の吸血鬼オーブルは笑う。

爵位持ちでなければ、例え魔族の中でも長命にある吸血鬼だろうと死んでしまう時間が大戦から経っている。オーブルに爵位はない。今、彼が姿は老いようが達者に暮らしているのは、吸血鬼族の王であるネージュに力を与えられているからだった。

ネージュより古くから存在し、彼女さえも"姫"と呼ぶオーブルは、大戦後眠りについたネージュより「レイを頼む」と頼まれ、力を授けられていた。

そんな彼にとってみれば、公爵位を持ち、吸血鬼族を率いる立場にあるレイも、ディアナ、ムウロ達も可愛い孫のようなものだった。レイ達にとっても、母の意思を受けて存在しているオーブルを無下に扱うことなど出来ないものだった。


「あれに"目"を付けたのは、あれがはた迷惑なことを仕出かさぬように見張る為だ。」


姉上は誉めて下さる。

自分以上に誰がディアナのことを語れるというのかと胸を張るレイだったが、その顔は何処か焦りを浮かべていた。

「若君はお優しいですものな。」

「そうだ。私は、優しく兄弟を見守っているだけに過ぎない。」

"目"はその為につけておいたのだ。

カフカには、レイが"目"と表現する監視が張り付かせてあった。カフカの純白な髪の一房に忍び込ませたそれは、カフカが何処にいるのか、何を体験しているのかがその瞬間に解るというものだった。

昔、カフカが今以上に他者に怯え、その対策として強攻な手段を用いていた頃。カフカを抑える為にと、垣間見たことのある『勇者の目』が使った力を参考に組み上げたものだった。


最近では用いることが無かった"目"を今回使ったのは、地上に、しかも神聖皇国へと赴く弟を心配したからであり、姉の姿を拝見する為では決してない。


レイに忠誠を誓っている部下達でさえ、誰も信じることのないその言い分。

だが、そんな彼らの疑わしげな眼差しはレイによる睨みによって封じられてしまった。


「ならば、若君。もちろん、ルージュ様の事もしっかりとご承知の上でございますかな?」


「無論だ。」


室内に居た部下達に睨みを効かせていたレイに、オーブルの問い掛けが飛ぶ。

その中に含まれた妹の名に、レイは表情を常のものへと瞬時に変化させた。

「あれが、愚かな付き合いを始めていることも、何もかも承知の上だ。あれを捕らえ、拘束しておくより、今は泳がせておいた方が役に立つというものだろう。」

違うか、とレイは周囲を見回す。

ご随意に、とオーブルを始めとする吸血鬼たちは頭を下げてみせるのだった。


フンッ

その姿を当たり前のことと受け止め、レイは笑みを零す。

「まったく、あれは本当に愚かだ。破滅への道を己から歩むなど。」

共に生を受けた双子の妹。

だが、レイにはまったく理解することの出来ない考えと行動を取り続けている。

レイが敬愛してもし尽くさない、至上の愛さえも捧げているかも知れない異父姉ディアナにも、ルージュは強い敵愾心を抱き、攻撃的だ。

レイが秘かに処理した、ルージュが裏で糸を引いているディアナに対する謀。それは怒りを通り越して呆れ返るような小さなものまで含めば数え切れない程だった。レイの本心からいえば、ネージュやレイの名さえも傷つる馬鹿げているとしか言えない行いをする者など、妹とはいえ処分してしまえと考えていた。

それをしなかったのは、ディアナが止めたからというだけの理由。

レイが心配で心臓が張り裂けそうになる程に優しいディアナは、自分を殺そうとする妹にも分け隔てなく降り注ぐ。それに酷く苛立ったレイだったが、それでも愛しい姉の頼み。内心で舌打ちをして、ルージュに対してもちょっとした仕置きをする程度に留めた自分を褒めたいと、レイは思ったものだった。

ディアナに命を助けられたと言っても過言ではないという身でありながら、まだ愚かな事を続けようというルージュに、レイは次こそ姉の頼みがあろうと無かろうと慈悲は与えることはしないと考えていた。


「それだけ、ルージュ様は己が身に流れている血に拘りをもっておいでなのでしょう。」


「それこそ、馬鹿としかいいようがない。」


母親であり、種族の王であるネージュによって、レイの目付け役を任されているオーブル。彼は、レイを若君、他の兄弟達をお嬢様、お坊ちゃまと呼ぶ。

その中で、ルージュだけはそれを許さなかった。自身よりも力の弱い、格下と見定めたオーブルに気安く接されることをルージュが持っている誇りが許さないのだと言う。

純粋な吸血鬼、最古の吸血鬼、そんなオーブルさえも彼女の誇りよりも下と判断されたのだ、半吸血鬼であるディアナなど姉と認められる訳もない。


それがまず、レイには信じられない。

彼にとっては、姉は姉として素晴らしいのだ。

姉という存在を判ずるのに、血など必要ない。力など必要ない。なぜ、それが分からないのかレイには理解が出来なかった。

なにより、血で判ずるというのなら、吸血鬼を父を持つカフカが最上であると吸血鬼達は判ずる事になるだろう。それ以外の血を半分とする他の兄弟達など、その父親が例え強い力を持った魔族であろうと、人を父親に持つディアナと同じ立ち位置でしかない。

いや、ネージュの『運命』である存在が父親であるディアナの方が、立ち位置は高いところにあるのかも知れない。



「あ、兄上…。」

ただいま帰りました、とカフカがビクビク顔を覗かせた。

「やぁ、カフカ。お帰り。」

両手を大きく広げ、レイはカフカを笑顔で出迎えた。

良くやってくれた。

自ら、扉の近くから動けないでいるカフカに、ゆっくりとカツカツ靴の音を響かせながら近づき、その身体を抱きしめようとする。その様子に、ヒィッと息を呑んで怯えたカフカは、兄が全てを知っているのだと理解した。いや、姉に関わることで兄が一つも手を抜くわけがないとカフカは理解していた。きっと、ディアナの顔を自分で確かめる為にもカフカに何かを仕掛けるくらいはしていたのだろうと、納得してしまう。


「あ、兄上。すべては兄上のお考えの通りだったよ。それと、姉上が快気祝いと箱庭の修復を終えたお祝いに、お茶会をしようと思うからレイもどうぞって言ってたよ。」


カフカも慣れたもので、兄の機嫌を取り成す為の手段もしっかりと仕入れておいた。

それも兄はすでに知っていただろうと、さっさと切り出したカフカだった。だが、姉の姿に身悶えていたレイは、そんなやり取りはすっかり見逃してしまっていた。

それまでの、全身から滲ませていた苛立ちも一瞬にして霧散する。

よくやった、と今度は本心からの褒め言葉をカフカに与えた。



やっぱり、体調を崩している時は、カフカみたいな淡白なあっさり系よね。

カルロったら、濃厚系だから。

えっ、レイ?レイは、こってり濃厚で、ちょっと悪酔いしちゃう感じかしら。時々ちょっとだけなら、とっても美味しいのよ。


機嫌を持ち直して、手土産を熟考しだしたレイに、カフカはもっと機嫌を直してくれとディアナの言った言葉を教えた。

とっても美味しいのよ。

その言葉だけで、レイの心は空よりも高くへと昇っていった。



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