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ケイブ

地上にある、とある人族の国では今、耳や尻尾など一部獣の本性が顕れている獣人が人気を博しているという。「可愛い」そんな言葉で持て囃され、街中の店では接客業に引っ張りだこ、貴族の中では護衛やメイドにそんな獣人が一人でも加わっていれば見栄えがすると、あの手この手で獣人を雇い入れているという。


そんな話を耳にしていたことを、ケイブは思い出していた。

そして、思う。

かわいいか、と。


ケイブの目の前には、父親であるアルスの姿があった。

ムウロが届けていった絵画を壁に立て掛けて並べ、それを緩んだ表情でじっくりと眺めていた。

その銀の髪の上には、同じ色の狼の耳が。その筋肉ががっしりとついている臀部からは、ふさふさとした銀色の尻尾が左右に大きく振られていた。

興奮のあまり、完全な人型を維持することも出来ずに、耳や尻尾が飛び出した形をなっているアルスの姿をジッと時間をかけてじっくりと観察したケイブは、どうしても件の噂に聞いた「かわいい」と理解出来そうになかった。


此処に、ケイブの疑問に答えてくれそうな存在が誰でもいい、一人でも居てくれたのならば、その疑問は簡単に解決しただろう。

おっさんで考えるな!若い女性や子供で考えてみろ、と。

だが、残念なことに今この部屋に居るのは、アルスとケイブだけだった。


「にしても、綺麗に残ってたもんだな、アリア姫の絵。」

父親が並んだ絵の中で一際長い時間をかけて眺めている大きな絵。

それには、黒髪の女性が描かれていた。

「あったり前だ。これは陛下がお持ちだったもの。ユーリアの吐く炎に炙られようが、ガルストが腐食の毒をかけようが、ネージュの魔術でも傷一つつく事はないだろうよ。」

他に並べられている絵の中には、幼いムウロやレイ、ネージュ、アルスの姿もあった。

『目』の力によって世界中を見渡す事の出来たシャラという女冒険者が、その『目』によって垣間見た未来への布石として集め、息子へと託していたそれらは随分と前から、アルスが欲しい欲しいと申し出ていた。

子供を使い盗み取らせようとしたことが何度かあった程、アルスは魔王によって描かれた絵を欲していた。それが出来なかったのは、それを命じられた子供達の実力が足りなかった訳ではない。厳重な護りの敷かれた帝国の宝物庫に忍び込める程度に優秀な子等だ。命令を成せなかったのは、その絵自体に盗難防止の力が働いていたからだった。所有者と譲り受ける者、その間で行なわれる正規のやり取りが無ければ必ず所有者の下へと戻って行く。そんな術が、魔王によって施されていた。それを破れるものなど、居る筈もなかった。


「俺は絵が手に入って、シエルは怪我も無く観光を楽しんだ。今日は良い日だな。」


フンフンフンッ

少し調子の外れているアルスの鼻歌が耳についた。

シエルに与えている加護を通じて、シエルの身柄が突然、村から帝都へと移動したことは感じていた。だが、悪意や害意などは感じられず、どうしたものかと静観していたのだ。

そんな中、ムウロによってもたらされた詫びと絵画たち。そして、シエルが帝都を楽しんでいたという報告。

「罰を与えるのは我慢してやろう」とアルスは威厳たっぷりに口にしたが、その上機嫌な表情と鼻歌によって威厳も何も、全ては台無しだった。


「親父、気持ち悪いって嬢ちゃんに嫌われるんじゃね?」


そんな上機嫌に笑っている様子を、ケイブはアルスの魔女であるシエルの名を持ち出して茶化した。

「シエルはそんな酷いことを言わねぇよ。」

アレがちびの頃から知っているんだぞ、俺は。

意味もなく誇らしげに、アルスはケイブの茶化しをばっさりと切り捨てた。


「…今、盗みが流行ってるんだってな。これも、狙われるんじゃね?」


何とか、ケイブにとって気持ち悪さしか感じられないアルスのニヤケを止めさせようと、ケイブは言葉を捜した。そして、思いついたのは噂として耳に入れた、魔界で最近横行している盗みの話。

爵位を持たないケイブは議会に参加してはいない。

だからこそ、議会で何が話し合われたかを知る事は無かったが、被害を受けたものが多い上に幅広く、すでに尾ひれがついた噂話が出回っていた。

『魔女大公』アリアに関わるものが盗まれる。

魔王となろうと考えている者による犯行。『魔女大公』に恋している者による犯行。と、大量の尾ひれがついた話がケイブの耳に入っていた。


アリアが使っていたというだけで盗まれたものもあるのだ。

彼女自身が描かれている絵など、真っ先に狙われるだろう。

そう、ケイブは指摘した。


すると、ケイブの目論見通り、アルスの気持ちの悪い笑みは瞬時に消え去った。

「そんなこと、許すわけがねぇ。この城に入ったが最期、八つ裂きにしてやるさ。」

声だけで、恐怖を誘うアルスの声。

気持ち悪さが溢れていた笑みを消し去ることには成功したケイブだったが、そのまだ起きていない事だというのに周囲の空気を振るわせる程の殺気を放つアルスの背中に、後悔を湧き上がらせていた。


よし、帰るか。


機嫌の良かったアルスを不機嫌にさせ殺気立たせて起きながら、ケイブはアルスを沈めようと努力もせずに、この場を立ち去ろうと踵を返したのだった。

部屋を出て、通路を歩いて城の出口へと向かう。

その最中には、アルスの怒りを感じ取り、何事かと駆けつけようとしている弟妹達とすれ違いそうになった。

顔を合わせれば小言を言われるだろうと察したケイブは、物陰に隠れて難を乗り越えた。

「やっぱ、こういう時の為にも『魔女の箱庭』の鍵が欲しいな。」

アルスに限らず、大公や爵位持ちなどの力を持つ魔族の居城には、転移の術を防止する力が施されている。転移の術は、魔女が『箱庭』を造りだす力を利用して行なわれる術だ。魔女の才を持たない者、つまりほとんどの魔族は、魔女の力が宿った魔道具を用いて転移を行う。その魔女から作られる魔道具さえ封じてしまえば、転移を行なうことは出来ない。

その為に、ケイブも城を出る為にこうして歩いているのだが、魔道具ではなく、魔女の箱庭そのものならば話は別だった。

魔女が造り出す箱庭は、魔王や勇者でさえ下手に手が出せない代物だった。『箱庭』の中では、創造主である魔女が絶対の法となり、その意に逆らうものを許しはしない。力の弱い魔女によるものならばいざ知らず、その力が強ければ強い程、箱庭は強固で絶対のものとなった。

そんな『箱庭』への入り口は、そこが何処であろうと正当なる鍵さえあれば現れた。

大公によって転移を封じられた空間であろうと、それは変わらない。

鍵さえ与えられていれば、こうして歩く必要も、弟妹達に見つからないようにと隠れる必要は無いのに。ケイブの頭に、グレルの姿が浮かんだ。




「なぁグレル、お前自分が魔女っていう自覚あるのか?」


転移の術を使う為の印を、迷宮のあちらこちらに残す為にと、グレルは一人で行動していた。

そんなグレルの印に悪戯を仕掛けたケイブ。

シエルまで危険に晒したとグレルに殴られたのだったが、面白そうだとその後はグレルと行動を共にしていた。そして、そんなケイブを睨みつけ、迷惑そうにして無視を決め込もうとしていたグレル。

グレルにそう問い掛けたのは、ただグレルの転移の術や荷物を収納している術を見ていて思いついただけで、深い意味は無かった。

「魔女?魔族と契約した記憶は無いけど?」

返ってきたのは、素っ気無い言葉。意味が分からないと、ケイブにようやく向けられた顔の眉間には皺が刻まれていた。

「それじゃない。本来の意味での方のだ。」

「あぁ。僕がそれって事?」

グレルの理解は早かった。

「だって、お前。転移の術を使う時も、魔道具を手にはしてても使ってないだろ。それに、その荷物を入れておく術、あれは『魔女の箱庭』に近いもんだ。」

「箱庭…。」

グレルは、それを古い記述で目にしたことがあったと言う。

「僕が魔女なのだとしたら、箱庭を持つことが出来るってことだよね。」

先ほどまで迷惑そうな顔をしていたグレルが、ケイブを真正面に見据え、真剣な面持ちを浮かべていた。

「出来るんじゃねぇの?さっきも言ったが、あの荷物を収納してる術は小さな箱庭みたいなもんだろ。なんだ?興味があるなら、俺の知ってる魔女と話をさせてやろうか?」

「うん!」

これにはケイブも驚いた。驚く程の食いつきで、グレルの目はやる気に輝いていた。


「なんだ。そんなに『箱庭』が欲しいのかよ。」

驚き、そして余りの意欲に呆れさえもしたケイブ。

何か隠して置きたいもんでもあるのかよ、と茶化してみた。


「…箱庭は、造り手である魔女が完全に支配出来る空間だった魔道書に書いてあった。」

「そうだな。俺がガキの頃に顔見知りの魔女から聞かされた話によりゃぁ、そもそもが人間でありながら強い魔力を持っちまった女が、光の神に祈って得た力らしいな。それによって、魔女と呼ばれる存在が生まれるようになったらしい。『箱庭』は、魔女が自分と大切なものを護る為に生み出す空間。防衛本能みたいなもんだって言われたよ。」


「僕にも、護りたいものがあるんだ。大切にしたい、宝物があるんだ。」


グレルが兄姉達と迷宮を駆け回っていた子供の時分にさえ見たこともない、無邪気な笑顔を浮かべてグレルは言う。

その姿に、少しだけ思うところもあったケイブだったが、造り上げた暁には箱庭の鍵を自分に渡せよ、という条件と引き換えに、知り合いの魔女の下にグレルを案内したのだった。




「早く出来ねぇかな。」

聞いた話によれば、『魔女大公』であるアリアは造り始めた時には一月かかったという。アリアの助言を得ながらだったディアナも、数週間。

すでに、小さな収納空間を造り上げることが出来ているグレルならば、出来上がりも早いだろうと紹介した魔女も太鼓判を押していた。だが、そのグレルは『箱庭』の内部を細部にまで拘りたいと幸せそうに顔を綻ばせていた。大切なものを仕舞い込むのだから、美しく、過ごしやすいようにするのだと。


ケイブは、グレルからの連絡を楽しみに待っていた。

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