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「ご機嫌麗しゅう、姉上様。」

「こんにちは、カフカ。訪ねて来てくれて嬉しいわ。」


姉ディアナの手を持ち上げて、その手の甲に口付けを落とす。

優雅な物腰で挨拶をするカフカに、ディアナはニコニコと笑顔で答えた。


「まともな挨拶も出来るじゃないですか。」

そんな光景にブツブツと口を挟んだのは、ドルテ王国宰相ヒース。

シエルから借り受けた薬によって、大きな騒動が巻き起こり、多くの信頼出来る協力者と共に綿密に張り巡らせた計画も成就した。その後始末などもあって、夜も遅くまで執務室にて仕事をしていたヒースの背後に、薄暗い室内に冷気が舞い起こったかと思った一瞬に、闇夜に目立つ白さを身に纏ったカフカが現れたのだった。

姉と会わなくてはいけないから、仲介して。

ヒースの背後に立ったまま、そんな頼みを口にしたカフカ。

堂々として、落ち着いた雰囲気をかもし出す大人びた少年といった印象の声音を出して、カフカはヒースの背後から動こうとはしなかった。

分かりました。と了承し連絡を取る振りをしたヒースが、安堵して隙を見せたカフカを振り向いて目を合わせてみれば、途端にビクビクと振るえ、上げていた顔も隠し、仕舞いには何とか逃げ出そうと足掻き始めた。ムウロから、彼の恐ろしさを聞いていて背中を見せていられる程、ヒースは強くは無いし、勇気もない。姉弟とはいえ、神聖皇国の中心に居る人物と魔族の爵位持ちを会わせるなど、ヒースにする義理はない。けれど、そんな風体を晒しながらも、カフカは姉との繋ぎを必死に頼んできたその姿に、仕方ないと年の離れた友人に連絡を取ったのだった。

「まとも、かな…これが?」

「夜中に突然背後に立たれるのを思えば、まともでしょう?」

ヒースの連絡を受けて、ディアナとカフカが会う場を設けたカルロが、苦笑を浮かべて呟いた。

その呟きは、顔には出さないまでも、それなりに冷や汗が流れる思いをしたヒースによって一蹴されたのだった。


育ちの良さが指の先の一つからも滲み出る、洗練された動きで頭を下げているカフカ。

サイズのあっていない、ぶかぶかなマントを頭から被ってさえいなければ、誰もが見惚れる姿だっただろう。

そして、その口付けを手の甲に受けるディアナも、壮年の見目の整った見た目をしている息子に横抱きにされていなければ、どこぞの夜会での一幕とも見えたかも知れない。

何より、会う為にとヒースとカフカが招待されたディアナの箱庭が、星明りしか光源の見当たらない、薄暗い森の中という情景でさえなければ、普通の光景にも見えたかも知れない。


薄暗い森の奥深く、何処かで獣が鳴く声が響き、梟らしき鳥の声や羽ばたきの音が聞こえる。その中でのカフカとディアナ、そして巻き込まれるような形でカルロ、が見せている光景はどう見ても、怪しい取り引きが行なわれているようだった。


「それにしても、どうしたの?カフカが会いたいなんて言ってくれるなんて、珍しいわ。」

「そんな事は無いですよ?俺は姉上様のこと、あっちのに比べたら好きですし。姉上様の箱庭は、変なのが入ってきたりしないので、許されるのなら引き篭もりたいくらいです。」

暗がりで、人の顔などの判別もつかない状態の中では、人の目が大嫌いで苦手なカフカも臆することなくいられるようだった。

「ちょっと、確かめたいことがあると兄上に命じられたので、彼に頼んだんです。」

「まぁ、カフカにもお友達が出来たのね!!」

あのカフカが、とディアナは手を合わせて喜んだ。

「母上。そんな事よりも、命じられたという"確かめたい事"の方が重要です。」

はしゃぐ母親をカルロは嗜める。

ディアナを尊んでいるレイの命令ならば、ディアナに、ひいてはディアナが暮らしている神聖皇国に害あることは、ほぼ無いとはカルロも考えている。だが、神聖皇国を統べる者として情報は無いよりも有る方がいいに決まっている。

少なくとも、いい年した引きこもりの弟の友人関係よりかは、聞くべき話だった。

「あら?そんな事じゃないわ。カフカったら、幼い頃から部屋の中で、放っておけば何日でも眠っているような子だったのよ。お母様が心配して、友達になりそうな子達を用意しても、血を吸うだけ吸って、城の外に捨てちゃったこともあったわ。」

「そ、そんな昔の話は止めて…。」

他人の視線に怯えさえしなければ、しゃんとして凛々しくさえ見えるカフカ。そんなカフカが、ディアナが息子に教え始めた、自身の幼い頃の話に顔を真っ赤に染めていた。

「確かめたいことは、もう確認したから。それより、姉上様こそ何?なんで、息子に抱き上げられてるの?」

何とか話を逸らそうと、カフカは初めから気になっていたことをそのまま聞く。

ただの人間であるヒースにとっては暗闇、ただの人間とは言い切れない特異な血脈を受け継ぐカルロにとっては黒い霞のかかった光景が今、ディアナの箱庭を包んでいる。だが、そんな光景も夜の支配者とも言われる吸血鬼にとっては、なんの障害もなく見通せるものだった。

カフカが来るとディアナが暗闇に包んだ箱庭。そこに来た時から、一度も息子カルロに抱き抱えられたまま、地に立とうとはしない様子が気にかかっていたのだ。

「また、お体の調子でも悪いの?」

人の父親を持つ長姉ディアナは魔族達が放つ瘴気や力に弱く、母ネージュの居城に居る間は寝台の中で過ごす事が多かったと、カフカは記憶していた。大戦前であるのならば、魔王が妹の為に丁寧に多くの力を注いで築いた結界の中に住まわせてもらっていた。結界の中でならば、魔女大公アリアと共に悪戯を仕掛けたりなど元気な姿も見せていたが、一歩でも結界の外に出て、数刻程も経てば倒れ寝込んでしまう程だった。

ディアナが倒れた。そんな知らせがネージュの下に届く度に、ネージュだけでなくレイまでもが大騒ぎすることになり、カフカも何度その騒ぎに巻き込まれたことだろうか。

今受けている命令だけでもカフカには限界で面倒臭いというのに、ディアナの体調不良などレイに知られたら…。

想像するだけで恐ろしく、カフカの顔を青褪めさせた。

「いいえ。ちょっと、力を使い過ぎてしまっただけよ。だから、レイに言うことはないわ。大したことないんだもの。無駄に大騒ぎされたくないわ。」

青褪めたカフカの顔に、何を考えているかディアナは気づいた。それは、すぐ下の弟が何を考え、どう行動するだろうか経験上よく知っているからこそだった。


「そうだ!」


言わなくてもいい。そう言ったところで、カフカはレイに伝えてしまうだろうとディアナは思った。

さて、どうしたものか。

下手をしなくても、公爵位を持つレイが神聖皇国の中心に居るディアナの下に突撃してくるだろう。それが、どんなに問題のある行動であろうと、レイは止まることはない。

そう考え込んだディアナは、ある妙案を思いついた。

一度、自分を抱き抱えているカルロを見上げたディアナは、にっこりと無邪気な笑みを浮かべて、カフカを見下ろした。

「ねぇ、カフカ。お願いがあるの?」

ゾクッ。

首を傾げて、笑顔でお願いしてくる姉の姿に、カフカは何か嫌な予感に襲われた。

「ちょっと、貴方の血を飲ませて欲しいの。」

「いやです。むりです。兄上に頼んで下さい。」

間髪も居れずに、カフカは断った。

用事も終わったことだし、と一人で箱庭の外へと逃げようと企んだカフカだったが、箱庭を作り上げた魔女であるディアナによって出入りは封じられ、それも出来なくなっていた。

「お願い。少しでいいのよ?色々と頑張りすぎて力を使ってしまったから。カフカの血を貰ったら、回復できると思うの。」

「兄上が無理なら、その息子とか居るでしょう!?」

目を輝かせて、息子の腕から乗り上げてくるディアナを必死に支えながら、何とか自分の血を与えなくてもよい状況に誘導しようとする。

別に、血を吸われることはいいのだ。他人ならば殺して捨てる程度のことを仕出かすのだが、家族なら別に構わなかった。

問題なのは、血を吸うのがディアナということ。レイが黙っているわけがない。理不尽な想いを味わうことになると決まっていた。

「カルロにも貰ったのよ?でも、今はこれじゃないって感じたの。」

だから、ね?

お願いとディアナの頭がカフカへと近づいてきた。


カフカの頭に、兄の姿が浮かぶ。

血を吸われれば、「ならば私の血をいくらでもお渡ししましたのに。」と拗ねてディアナに詰め寄り、その後ろでカフカに軽い攻撃を加えようとする姿が。

拒めば、「姉上の願いを無下にするとは」と睨みつけてくる姿が。


抵抗を見せていたカフカだったが、あきらかに無意識下で魅了の力を発揮しているであろうディアナの願いに、面倒臭さも覚え始めて陥落することとなった。


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