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呪い

一枚~

 チャリ~ン

二枚~

 チャリ~ン

三枚、四枚

 チャリンチャリ

五、六、七、八枚

 チャリチャリチャリ~ンチャリ

九ま~い  

 チャリン


あら、どうしてなのかしら?一枚足りないわ。

私の大切な、金貨ちゃん。

勝手に何処かへ行ってしまうわけもないし…誰なのかしらね、悪い人は。

うふふ。

ふふふふふ。


楽に死ねると思うなよ…。



「へ、変な夢、見ちゃった…」

驚きの表情を浮かべて飛び起きたシエルは、ドキドキという音が聞こえてくる自分の胸を押さえた。

薄暗い部屋で、黒髪の女の人が金貨を一枚一枚数えている光景。

おっとりとした口調を始めは口にしていた女が、最後の最後だけ凄みを帯びた声を出した。

それが、色々な話を聞いた上でシエルが想像した祖母リリーナの印象が夢になったものだと、シエルは理解していた。

強欲で、人に呪いを掛ける。シエルから見れば、どっしりと威圧感さえ感じさせる佇まいのモノグが苦手に感じていた人。

そんな様子が、見てしまった夢に現れたのだろうか。

けれど、何処かで見たことや聞いたことがある物語が混ざっているように感じる。

変な感じで夢に見ちゃって、ごめんなさい。

シエルが生まれるずっと前に亡くなってしまっている祖母に、心の中でシエルは謝罪した。

そうしなければ…何だかリリーナに罰を当てられそうな気がしたのだ。


とっとと


服を着替えたシエルは、階段を小走りで降り、水場で顔を洗った。

変な夢を見てしまったせいで、まだ少し残ってしまっている眠気を払う。パンパンッと濡れた顔をタオルで拭きながら頬を叩き、意識しなければ閉じていってしまう目に刺激を与え、大きく開かせる。


おはようございます!


食堂に入り、すでに食事を始めている村人や客である冒険者達、グレル、ロゼが抜けた東方騎士団の面々に対して、大きく朝の挨拶を忘れない。

おう、おはよう。

家族とそう変わらない関係である村人達や、何日も滞在し二人の兄姉達によって顔馴染みくらいの関係にはなれた騎士団の面々だけでなく、屈強な体つきで無愛想な冒険者達でさえも、そんなシエルの挨拶には声を返す。

見ただけで冒険者、下手をしなくても荒くれ者にしか見えないような姿形で、傷が多い上に愛想も無い男達にとって、女子供から普通に会話してもらえることは少ない。あったとしても、その端々に怯えが感じ取れる事が多かった。

シエルのような満面の笑顔が浮かんだ表情で、自然な形で明るく挨拶されることは新鮮で、心を和ませられた。


自分がした挨拶に返ってくる言葉。それらを、それぞれ答えながらも食堂の奥へ奥へと食事する人々を掻き分けながら進んだシエルは、その食事風景の中に可笑しなものを見つけた。

「ホグスお爺ちゃん…それ、何?」

それは、毎日毎日、自分の作業に没頭して食事をする事を忘れてさえいなければ、三食を食堂で済ませている老人ホグスを目に入れて思ったことだった。

思わず口から飛び出た問い掛けに、その周りのテーブルに固まって座っていた村人達が、何ともいえない微妙な表情で肩を竦めて見せた。


シエルよりも小さな老人の身体に、多分真っ直ぐに伸ばしてみればシエルよりも長いであろう大蛇が、グルグルに巻きついていた。

蒼くキラキラと鱗を輝かせている大蛇は、チロチロと舌を出し、ホグスの目の前に置かれている朝食を霞めとる。巻きつかれている状態ではあるものの、ホグスの行動を阻害する様子はなく、ホグスが腕を動かそうとすれば腕からは離れるという芸当を大蛇は行なっていた。

ホグスの皿から肉片を舌で絡め盗った大蛇は、その大きな顔をホグスの頭上へと持ち上げた。

ニタァ。

普通の蛇じゃない。大きさ以外でもそうシエルに感じさせる、厭らしい人間のような笑みを大蛇は目が合ったシエルに対して浮かべてみせた。


「『強欲の魔女』が残していた呪いなんだって。」

「ムウさん!」


ホグスと大蛇、その光景を目の当たりにして唖然としていたシエルに、ムウロが苦笑を浮かべながら声を掛けた。

「もう、用事はいいの?」

木箱の山を置くだけおいて、アルスの所に行った。そう聞いていたシエルは、もういいの?と首を傾げた。

「うん。大丈夫だよ。用事っていっても、父上の所に届けるものがあっただけだからね。ほら、聞いてるかな、シエルの事へのお詫びの品ってやつ。」

「うん。あの、色んな絵だよね?」

ブライアンと共に訪れた宝物庫で、そう言われて指し示された何枚もの絵。

たくさんの衝撃的な事に遭遇したことで、すっかりと忘れていたそれらをムウロが届けてくれたのだと聞いたシエルは、ありがとう、ごめんなさい、とムウロに頭を下げた。

「昨日の夜に戻ってきたんだ。シエルはもう眠っていたんだけど、食堂にはまだ皆が集まっていたから顔を覗かせたら、もうあぁなってたよ。」

頭を下げるシエルに、そんな事をする必要は無いだろう、とムウロは頭を上げさせた。そして、ホグスを指差すと笑い声を漏らした。



悩んだ末、自分がただ持っているよりも、それぞれ腕が良い職人などである村人達に任せた方が良いのかと思ったヘクスは、木箱の中に詰め込まれている母の遺産をまずは見せてみようと考えた。

ヘクスの許可を得たホグスやガース達の動きは早かった。

一つ二つ、ヘクスが帰ってくる前に覗き見ることが出来た木箱の中には、彼等の好奇心と探究心を刺激し、職人魂に火をつけるには充分なものが詰まっていた。

そのままでは只の石。だが、加工などの手を加えれば、貴重な金属になったり、宝石と呼ばれるものとなったり、割合としては少ないではあろうが魔術の媒介として大きな力を持つであろう魔石まであった。

金貨は金貨で、研究に没頭する性質の学者肌達を興奮させるような、今は滅びてしまった国の僅かな時期にのみ使われていた希少過ぎるものがあった。

そんな中でも、ホグスが目をつけたのは、装飾品だった。

彼曰く、緻密で強力な、今では使うものも覚えているものもいないような魔術が仕込まれているのだという首飾り。

率先したホグスが、誰よりも早く木箱の蓋を持ち上げた。


我が宝に触れし者に、その愚かしさを刻み込め。

出で顕れよ、毒喰らいし禍々しき蛇、バジリスク。友の声に応じよ、みーちゃん。


そんな声が全員の耳に届いた。

そして、気づいてみれば何時の間にか、木箱の蓋を持ち上げていたホグスの身体に大蛇が巻きついていたのだった。

全員が驚いた。

だが、そこは色々と経験の豊富な村人達。すぐに平静を取り戻し、それが何なのかを思考した。

「みーちゃん?」

シャー

あの耳に聞こえてきた女の声が、この"みーちゃん"という名前を持っているらしい大蛇を召喚する為の詠唱であったと考え付くのに、そんなに時間が掛からなかった。

それが分かってしまえば、バジリスクという地上でもそれなりに知られている魔物への対処法が、彼等の頭の中を駆け巡る。大蛇に巻きつかれた状態にあるホグスが、魔術を用いて追い払おうとしたが効果はなく、バジリスクが周囲に放つ猛毒を無効にするしか出来なかった。


ムウロが食堂に入ってきたのは、そんな時だった。


「僕も、みーちゃんを説得して帰ってもらおうとしたんだけどね。」


同じ魔界に住む者同士。はっきりと言葉を交わすことは出来ずとも、バジリスクが放つ意思くらいはムウロにも感じ取ることが出来た。

片言のようにムウロの頭に届いた、バジリスクのみーちゃんの言葉の切れ端から伝わったもの。

リリーナ 友達 頼み じわじわと 返還の陣 帰らない

それを組み上げれば、助かるには召喚されたものを返す為の魔術を発動する、返還の魔術陣が必要ということだった。簡単にしか読み取れなかったそれらでも、知識も力もある魔術師ホグスには理解することが出来た。


「それで今、彼は返還の魔術を発動する為の陣を組み上げているんだよ。」


みーちゃんに巻き付かれ、片手間で朝食を取りながら、ホグスは机の上に小さく切り分けられた紙の、大量にある欠片達を広げている。その欠片達の上に指を泳がせ、一枚一枚、拾い上げては配置を探して並べていく。

「パズル?」

一枚の紙を切り分けてバラバラにして、それを元の一枚絵へと戻す、一部の貴族などで暇潰しにさえているゲーム。

ホグスのやっていることは、それだった。

「木箱の中に入ってたんだ。返還の術も感じ取れたから、多分あれを組み上げたら"みーちゃん"に還って貰えるだろうって。」

昨日の夜から頑張ってるんだよ。

ホグスの手元では、シエルには子供の落書きのように見える絵が描かれている紙が、半分程出来上がっていた。


「くそぉ…老眼でさえなければ、こんなもんすぐに終わるというのに…」

時折目頭を押さえた思えば、持ち上げた紙片から目を出来るだけ離して、何処に当てはまるのか観察する。

みーちゃんが還ることが出来るようになるには、結局あと一日程掛かってしまった。

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