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兄の決意

「ロゼ、グレル!」

不穏な計画を口にする二人に対して、ルーカスの焦りや怒りが含まれた声が投げられる。


何処か普段とは違う雰囲気を滲ませているグレルに緊張した面持ちを向けていたロゼも、自身の考えに没頭していたグレルも、そんな声と共に、自分達へと真っ直ぐ向かってきている気配をしっかりと感じ取っていた。

自分達の名前を呼んだルーカスを振り返り、目を細めて睨みつける。


「あまり、そういった発言を軽々しくするんじゃない。でないと、俺達がまずお前達の相手をすることになるんだぞ!?」


二人が振り返ったルーカスの周囲では、二人も部下として率いてきた東方騎士団の軍人達が、所持していた武器などに手を置いて、戸惑いながらも二人に鋭い視線を集めていた。

例え、今の今まで味方であった存在であろうと、任務を共にしてきた上司であろうと、国に、皇帝に弓引く存在であると判明した時点で敵として扱う。

一切の酌量を挟むな。

それが、彼等が軍に属する際に、骨の髄まで叩き込まれた第一の教え。

ロゼやグレルの発言は、どう考えても彼等が教え込まれたそれに当てはまってしまうものだった。


「…ほらね。こんな風に、厄介な奴等と、何回も何回も戦うことになるんだ。こんなに面倒臭いことはないよね。」


今のままじゃ、大切なものを護りながら、全てを消し去る事なんて出来ない。

だから…。


「はいはい。分かってるわよ。ごめんなさい。」

予想していたとはいえ、あまりのルーカスの剣幕と全員から浴びせられる殺気に、ロゼは口先を尖らせふて腐れながらも、簡単に謝ってみせた。

その横で、グレルは小さく、自分にだけ聞こえる声で呟いた。

「殿下から、今回は自分が悪いのだから咎めるなという伝言が御座います。」

荷物持ちとしてやってきた衛兵の一人が、ルーカスにそう伝える。

確実に怒っているロゼとグレルの発言を予想していたブライアンは、そんな二人の発言を聞いたルーカス達の行動もしっかりと理解した上で、処罰を加えるなという伝言を託していた。

「それと、グレル様、ロゼ様。皇宮にて不測の事態が発生しましたので、しばらくの間は警戒態勢を敷くこととなりました。それに伴って、お二人には帰還するようにとの命令が下りました。」

ルーカス様達はこのまま任務を続けるように、と。

衛兵の言葉に、ロゼは眉を顰めた。

だが、そうだからこそ兄は来なかったのかと納得もした。そうでなければ、一応は空気を呼むことも出来、友人であるシリウスを気遣う皇太子が、家族が揃うことが出来る状況をみすみす逃させるわけがない。好いてはいないものの、その人柄や性格はある程度理解しているロゼはチッと舌打ちをしてみせた。

「何よ、不測の事態って?」

「皇帝の私的空間の一角で、魔術によるものとみられる火災が発生し、室内にあった皇帝の私物を全て灰も残らずに燃やし尽くしたそうです。誰に気取られることもなく行なわれた犯行ですので、厳戒態勢を敷く事態となりました。」

魔術による事態。

それならば、魔術師団に属している上に隊長格であるロゼやグレルが呼び戻されても仕方のないことではあった。

「チッ。仕方ないわね。」

荷物まとめてくるわ。

帝都や貴族など、そういったものには何の愛着も、好意もないロゼだったが、それが帝都や貴族を護ることに繋がる任務だったとしても、魔術を好き勝手に使うことが出来て、ある程度は許されてしまう仕事を楽しんでいた。

何より、自分よりも収入の低い恋人を持つ身として、自分が稼がないとなんて思っているロゼだった。

呼び戻しがあったのなら戻って、しっかりと仕事しないといけない。

ロゼはグレルを促して、帰還するための荷造りをする為に部屋へ向かう。

「母さん、シエル。ゴメンなさい。絶対に、今度は兄さんも絶対に連れて帰ってくるから。」

ヘクスとシエル。それぞれを抱擁し、ロゼは食堂を出ていき、その後には階段を駆け上がっていく音が聞こえてきた。


「大変ね…。そうだわ、三人で何か美味しいものでも…。」


バタバタと片付けているのだろう音が小さく、頭上から聞こえてくる。

そんな音を聞きながら、ヘクスにはある妙案が思い浮かんだ。

「母さん。」

村人達が遠巻きに視線を外さずにいる木箱の山。そちらに目を向けたヘクスに、グレルが声を掛けた。

「あら、荷物はいいの?」

てっきり、ロゼと共に荷物を持ちにいったとばかり思っていた。

気配を感じることなどに鈍いヘクスやシエルが完全に見失ってしまっていたグレルは、にっこりと笑顔を浮かべて微動だにもせず、そこに立っていた。

「僕は荷物を全部、此処にしまってあるから。」

今更纏めることは必要ないのだと、グレルは自分の頭の横の虚空を指さして見せた。

村に来た時には、ヘクスやシエルに対するお土産を入れていた、新しくグレルが造ったという大量の荷物を持ち運ぶ為の術。異空間を生み出して荷物をしまっておくという術。


そういえば、それって『箱庭』みたいだな。


魔女が造りだす、魔女の為の空間『箱庭』。シエルが実際に見た『箱庭』は、ディアナのものとレイに仕えている魔女のものだ。

グレルが荷物をしまう為に使っているその術が、まるで小さな『箱庭』みたいだと、シエルは何故なのか、突然にそんな事を思いついていた。


「母さん。絶対に、絶対に皆で、何にも煩わされずに一緒に居られるようにするから。…しょうがないから、シエルの為にも、そこの人も人数に入れておく。だから、それまで、もう少しだと思うから待っていてね。」


おいっ。

しょうがないという扱いで、そこの人呼ばわりされたジークが顔を引き攣らせた。

「そう。そうなったら、嬉しいわね。でも、何をするのかは分からないけど、無茶はしては駄目よ?私は、貴方達が元気で居てくれたらそれでいいのだもの。」

一緒に居たいという思いもある。だが、遠く離れていようと家族であることに変わりなく、元気で居てくれたらそれでいいとも思うのだ。何より、死んでしまったとばかり思っていた兄と再会出来たことで、そして兄が昔と何も変わらずに居たこともあって、ヘクスは本心からそう思えるようになっていた。

「うん。大丈夫、無茶なんてしないよ。」


「何かの役に立つかも知れないから、持って行って、三人で分けて。」

満面の笑顔で、ヘクスの言葉にはっきりと了承してみせるグレル。

それは、ヘクスが覚えている限りの、グレルが何か企みを廻らせているときの姿と酷似するものだった。

何をするのかという不安と呆れを感じたヘクスは、ムウロによって運ばれてきた木箱の山に近づいた。

そして、その内の一つを持ち上げると、グレルに手渡した。

山の中から一つ、蓋の閉まっている木箱を無造作に取った為、中に何が入っているかは分からない。だが、兄の説明によれば、ヘクスが覚えていない母リリーナは何時の時代であろうと、どんな場所であろうと価値の変わらないものを収集していたという。なら、今ヘクスが手渡した木箱の中にも、帝都でも換金したりと役に立つものが詰まっていると考えたのだった。

「困ったことがあったら、兄様を訪ねればきっと助けてくれると思うわ。優しい人だから。だから、本当に無茶は駄目よ?」

「…うん。ありがとう、母さん。」


「で、結局あの荷物は何だったんじゃ?」

伯父さんに会ったら、絶対にお兄ちゃんもお姉ちゃんも驚くだろうな。

なんて、モノグが聞いたなら怒られ拳骨一つを受けそうな事を考えていたシエルに、ホグスやガース、木箱を遠巻きに、でも興味津々に見ていた村人達が尋ねてきた。

「えっ?」

「あの坊主が、ヘクスの物だって言って置いていったんじゃ。どんな物かも何も説明もせんでな。」

「興味があって覗くだけは覗いたんだけどな。」

人のもんに勝手に触んなって母ちゃんに怒られちまったよ。

そうして覗いた時に、仕事柄大いに興味を引かれる物を見たのだろう。シエルの背中を突いて尋ねてきているガース達の顔は興奮を隠しきれて居なかった。


鼻息さえも荒くしている村の大人達の勢いに負けたシエルは、木箱の山がヘクスの母、シエルにとって祖母になる存在が隠していた遺産であると説明していた。

話を聞き、しんみりとした村人達だったが、それも一瞬のこと。様々な輝石の原石や鉱物、様々な国が用いていた金貨など、譲って欲しいと彼等はヘクスに頼み込んだ。



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