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継母と継子

帝都の東の端に、平民達が葬られる墓地がある。

帝都の中心から東に向かうと、そこには住人の中でも下層に位置する暮らしに身を置く人々の家が建ち並んでいる。下層とはいっても、様々な人、様々な物資が集まってくる帝都での話。他の、帝都以外の街や小国でならば普通、もしくは少し豊かだと評されるだろう暮らしだった。

その下層区域を抜け、目隠しの役割を果たしている背の高い木々の中の小道を過ぎた所に、墓石が立ち並ぶ墓地が存在する。

墓地として使われ始める以前は、雑草が生い茂る草原だったと言われている開けた空間に、様々な間隔を空け置かれている墓石や、木の棒、人間以上の大きさの岩などが並んでいる。


様々な人間が集まってくる帝都なのだから、埋葬の方法が様々なのも仕方がない。

棺に寝かされ、そのまま埋められる土葬。

遺体を焼いて、その骨を埋める火葬。

あるがままに自然へ還るのだという、鳥葬なんてものまである。

鳥葬を成す人々の為、この墓地のもっと奥まった場所に鳥葬用の区域も目隠しの木々と共に用意されているが、足を運ぶものは滅多にいない。

土の下に埋められた後にも、それぞれの故郷の文化の違いというものが現れる。

埋められた地面の上に石を置くものが一番多い。だが、その中でも、石に名前を刻むもの、名前だけでなく経歴や活躍を刻むものも居て、字ではなく絵を石に刻むものも居る。

地面に木材で印を建てるものも居るが、それも木材で組み上げる形が様々。不謹慎ではあるが、その個性豊かな光景を見学に来る者が居る程、墓地には統一感というものは無い。


ガサッ


墓地の中を、目的の墓に向かう為に歩く。その度に、墓地の中の道という道に生い茂る雑草を踏む音が、耳を打つ。

此処から少し離れた場所にあって、完全に棲み分けが成されている、王族や貴族達が葬られている墓地。そことは違い、平民達が使う墓地には管理の手が行き届いていない。

貴族達の墓地は、各々の一族ごとに区切られた一定の空間が与えられ、その間に張り巡らされている通路にはレンガが敷き詰められる。だが、そんな状態が保たれているのは、貴族達からの善意の寄付があってこそ。それを平民用の墓地に求める方が可笑しい。


「本当は、貴方も出入りは出来ないのですよ。」


「あぁん?ディクスとアルゲートは、家が隣ってだけで他の繋がりは無い、だろ?」


人の倍以上ある重さによって踏みつけられた青々とした草から、磨り潰されて立ち上ってくる青臭い匂いが鼻を刺激する。

だが、それも途中まで。

目的としている墓地の一角に向かっていくにつれ、足下からの青臭い匂いよりも、周囲から微かに感じ取れる焦げ臭さが鼻についてきた。


「たく。無茶苦茶だな。」

「えぇ。おかげで私の部下達は眠れぬ日々を過ごしていますよ。」


足元に生い茂っていた草が突然途切れる。

抉れた地面、半分溶け落ちた墓石、幾つかの墓石が重なり合って砕けている様も見える。

それまでの、長閑にも見える墓地の光景から一変し、その区域には強烈な破壊の痕跡が残されていた。

それでも、破壊の痕跡が見て取れる周囲に真新しい墓石などが築かれているところを見れば、今の状況が修復中のもの、という事が分かる。

修復の痕跡によって破壊の範囲は分かるものの、あらかたの片付けなどが終わっている現状では、実際の被害の光景を知る術は最早無かった。


「そういう無茶な所…ロゼやグレルは似ていますよ、モノグ様に。」


別邸からヘクス達を追い出した後、モノグはその巨体からは驚きの早さで、真っ直ぐにこの墓地に来ていた。その途中で、色々と貸しのあるシェアズ・ホールデンという男を訪ねた。

第三師団隊長であるロゼが結果として引き起こした『墓地の破壊』の後始末の為、ロゼの弟であるグレルが所属している第一師団ではなく、第二師団が駆り出されていることを、モノグは知っていた。

そして、その第二師団を率いている隊長シェアズには色々と貸しがあったモノグは、無理を言いながら詰め寄り、普通であるのなら新たな仕掛けによって立ち入りを禁止されてしまう墓地の中へと、入ることを許可させたのだった。


「あいつらが似てんのは、俺じゃねぇよ。」

それをモノグが嫌がると分かっていて口に出したシェアズは、無茶を無理矢理に押し通してきたモノグの背中を、元から細く線のような目で睨みつけた。

モノグはシェアズを振り返ることもなく、ざくざくと所々が焦げ付いている土が剥き出しになっている地面を歩いて行く。


モノグが無理を通して墓地に来たのは、別にロゼの所業の結果を見る為ではない。

元は古い墓が並んでいたこの区域を突っ切ってしまえば近道になる、墓地の奥まった場所に建てられた継母リリーナの墓が目的だった。ひっそりと隠すように、人の目が滅多に届かない奥まった区画に建てられているその墓は、元々葬られていたディクス家の区画にあった墓石をそのままに使った為、周囲に比べれば大きく、だが擬態させる為にと古く見えるように苔や草で装飾されている。

もちろん名前も書かれてはいない。


「見つかったか?」


それでも、時折リリーナの墓が在らされた形跡が見つかることがあった。

誰が、とは分からないが、花などの供え物が置かれていることもあった。


「いいえ。一部の隊員を専属にして調査させていますが、リリーナ・ディクスの遺体の行方は手掛かりさえ掴めていない状況です。」


それが発覚したのは、ロゼが引き起こした騒動の後始末の最中だった。

墓石が消失してしまったせいで、真っさらな状態になってしまった区画の何処に、棺などが埋まっているのか分からない状況になってしまった。地属性を得意とする魔術師が地の下の様子を探るという方法で、墓がどのように位置していたのかを調べることから、第二師団の仕事は始まった。

その過程で、被害区域を隣り合った場所にあるリリーナの墓の下の棺に、何も入っていないことが判明したのだった。

誰の墓なのかは隠されていた為、隊員達がモノグの下に辿り着くことはなかったが、その話は様々な伝手を通して、モノグの耳に届いた。


「貯め込まれていたという財宝を狙った犯行。永遠の若さを手に入れようとしての犯行。…自分で出て行った。まぁ、それは冗談としても、色々な観点から調査はしているんですが…。」

何も進展は無いと、シェアズは肩を竦めた。

「冗談ならいいんだがな。」


リリーナの墓が荒らされた理由。

ヘクスには黙っていたが、実は財宝以外にも一つ、リリーナの墓がこちらの墓地へと移動された後に確実に増えた理由があった。

それは、リリーナの墓を移す為に掘り起こされた時から始まった、一つの噂だった。


無くなってから数年経ったというのに、掘り起こされたリリーナの遺体は腐る事も、骨になることもなく、無くなった時そのままの姿で、今にも目を覚まして嫌味でも口にしそうな、そんな状態を保っていたのだ。

彼女が腕の良い魔術師だったことも相まって、永遠の若さを手に入れたのだの、時間を操る術を自分に掛けていただの、噂が経った。

魔族に対価を払って手に入れたのだ、という噂まで現れ、それに怯えた当主、モノグの下の弟が呼び寄せた神聖皇国の聖騎士によって、リリーナの身体は魔族が関わっていないかなのどの調査が行なわれ、浄化まで成された。結果は白。魔族との関わりは否定されたものの、リリーナが老いを止める術を編み出していた、という噂は消えることなく、その術を求めてリリーナの遺体を手に入れようとディクス家を訪れるものも何人か居たという。


「それとは違う可能性があったぞ。」


財宝か、時間を留める術の秘密か。

始め、知らせを受けたモノグは、そう考えた。

だが、ムウロの言葉から、それらとは違う理由があることを知った。

「何ですか?」

「リリーナに掛けられた呪いは、こいつの身体の一部があれば解ける可能性があるらしい。つまり、こいつに呪いを掛けられてた奴も容疑者ってことだ。」

「…情報提供感謝致します。ですが、何とも調査に手間取りそうな…」

調査が行き詰っていたところ、どんな情報でも嬉しいと考えたシェアズだったが、何とも特定に手間取りそうなモノグの情報に、眉をしかめていた。

「なら、ニール翁の所に行って来い。」

ブツブツと愚痴のように、部下達に示す指示を考え始めたシェアズに、モノグは追加の情報を渡した。

「ニール翁ですか。裏の纏め役の。」

「あぁ、あの爺さん。こいつの葬儀ん時に、"被害者を代表しまして"って言いながら弔問しに来たからな。話を聞きに行けば、呪いを掛けられた奴等の名前くらいは知れるんじゃねぇか?」


「一体、どんな人だったんです。」


ニール翁が一声掛ければ、帝国の裏社会に身を置く人間の大半が動く。

そこまで言われている存在相手に、何をやらかしたのか。シェアズは、何時も迷惑を被っている同僚の祖母に当たる女性に、興味と僅かな恐怖を感じた。


「強欲。」

"死は、人が最期に得れる最高の財産。自分の身体がどうなっているかなんて、自分が一番分かっているわ。だから、医者にかかって無駄な治療を受ける気は無いわ。それよりも、旦那様やヘクスと一緒に、最期まで笑って過ごす方がいいわよ。あっ、もちろん継子達ともちゃぁぁんと遊んであげるから、拗ねちゃ駄目よ?"

シェアズの問いに対して説明しようとしたモノグだったが、リリーナが自分の死期を悟った時に言った言葉が脳裏に流れたのと同時に、その口に出て来たのはたった一言だった。

娘の幸せは自分のもの。人が厭って遠ざけようとする死さえも自分のものだと言い切ったリリーナの姿は、その一言で表せると感じていた。


その宣言通り、夫や娘と笑いながら日々を過ごし、モノグを始めとする自分などよりもうんと年上になる継子達に悪戯を仕掛け、からかい、いびって遊んだリリーナは、眠るように笑顔で目を閉じた。

私の身体は私の物よ、なんて怒りを露にして叫んでいる姿が想像出来た。

いや、あのリリーナのことだ。犯人に対して、祟りでも引き起こしているのかも知れない。


やり過ぎで被害が拡大なんてしない内に、盗まれた遺体を取り戻し、墓に早く戻してやろう。

ヘクスに遺産を渡し、役目も終わって何時でも死ねるな、なんて考えていたモノグだったが、遺体が見つかって埋葬しなおすまで、死ねねぇなと溜息を吐き出していた。

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