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誰から誰に?

ドガッ

「おっ…!」


「あら、いやだわ。危ないじゃないの、突然入ってきたりしたら。」

玄関の扉を蹴破り、屋敷の中に入ってきたモノグ。何か言葉を唾と共に放ちかける中、モノグのその頬に赤い線を生み出して、一本のナイフが背後に飛んでいった。

あわや、という状況に流石に口元を引き攣らせて立ち止まってしまったモノグを、リリーナは軽く睨みつけた。黒い髪を結い上げ、彼女が大好きなのだと収集している真珠や水晶を連ねた装飾品が耳や首下、指で輝きを放ち、淡い紫色のドレスを飾っている。その姿は、今から夜会に出掛けるのだと言っても可笑しくは無いものだった。

だが、そんな彼女が生み出している光景は、モノグの大きく開いた口から、音を奪っていた。

「それにしても、あんた。扉は手で開けるものって知らないの?」

凍り付いた継子の動揺など気にも留めず、リリーナは何度目かになる蹴破られた扉の心配をし、呆れ顔になる。

「何、やってんだ?」

「何って決まってるでしょ?怪しい人間が家に押し入ってきたから、捕まえている所よ。正当防衛。」

見て分からない?と、ようやく振り絞ったモノグの問い掛けを、彼女は鼻で笑い落としてしまった。

分かんねぇよ!

リリーナは、そんなモノグの叫びを、「分からないの?馬鹿ねぇ。」と笑みを深くした。


どうやって歩いてんだ?と日頃モノグが不思議に思っていた、貴族の女達の間で最近流行している、つま先で立っているのかと思う程の高さがあるハイヒール。それを履いているとは思わせないバランスで、床にうつ伏せとなって倒れている、気の弱そうに見える冴えない中年の男の背中を踏み抑えている。

右手には、女であるリリーナが持つには大きいようにも思える、刀身が鋸刃となっているナイフがしっかりと握られ、異様な威圧感を放っている。

左手には、両膝を床につけグッタリとしている侍女の一つに纏められた髪が、無造作な様子で鷲掴みにされていた。

リリーナを中心に、他にも数人の男や女達がボロボロとなって倒れている。


その光景は、正当防衛というリリーナの言葉に、素直に頷けるものではないように思えた。


「親父とヘクスは?」

モノグが此処に今日、駆けつけたのは密告のようなものを受けたからだった。

早いもので、もうすぐヘクスが生まれて一年となる。僅かながらも侯爵家の財産を得る権利を持っている一族の人間が、馬鹿なことに暴走したのだと、その中心となっていた者の息子がモノグへと伝えてきた。一応モノグも簡単に調べたが、その程度で判明しないくらいには弟達が手を出していないことが、ほんの少しだけモノグを安堵させた。

「旦那様とヘクスは隠し部屋に居るわよ。」

「そうか、そりゃあ良かっ…隠し部屋って何だ?」

引き連れてきた顔見知りの警邏隊や、信用出来る家人に後始末を頼む。

最低限の、年老いた使用人しか置かずに生活してリリーナ達では色々と大変だろうと、倒された者達を運ぶ他にも掃除なども指示に入れる。

指示を出しながらリリーナの返事を聞いていたモノグは、さらりと流しそうになったその言葉に、リリーナを振り返った。

生まれてから何度も、この屋敷を利用し、内部を知り尽くしていると思っていた。だが、隠し通路の存在などモノグの記憶には無いものだった。


「色々と、隠して置きたい物があったから造ったのよ。地属性の術がそれなりに使えば、簡単よ?ちゃんと、旦那様の許可も貰ってるし、一応世に知られても大丈夫な、綺麗な物だから。」

安心してね。

屋敷の地下に通路用の細長い穴を掘り進み、その先に物置に使えるようにと広い空間を掘り空ける。その後に、綺麗に整地し、崩れないように固定する。

モノグには大変だと言うことしか分からない説明を終えたリリーナは、安心など出来るわけの無い、ニヤリという怪しげな笑みを浮かべ、ナイフを鞘へと収め、左手で掴んでいた女を警邏隊の若い隊員に引渡す。足で抑えていた中年の男の背中を、もう一度強く足で踏み潰して、足をどかす。


旦那様達でも呼んでくるわ。


疲れたわ。私も年ね~。

年寄り臭い言葉を吐き出しながら、リリーナは屋敷の奥へと向かっていく。

「ババアみてぇな事言ってんじゃねぇぞ。…俺が行ってくるか?」

その物言いに呆れたモノグだったが、流石に大立ち回りをした後ではある、代わりに行こうかと提案したが、それへの返答は振り返ったリリーナの馬鹿にするような笑いだった。

両手を、モノグの横幅よりも狭い間隔を開けて差し出し、小首を傾げる。


「絶対、途中で詰まるから止めておいた方がいいわよ?」


ブフォッ


その意味を瞬時に理解出来たようで、数人の警邏隊の隊員達や家人達が、モノグから目を逸らし、口元を抑えて、噴き出す笑いをなんとか収め様と必死な様子を晒していた。





「おばあちゃんって、どんな人だったの?」

そう、シエルが聞いたのは、ヘクスに対してだった。

だが、シエルやシリウスにとって祖母にあたるヘクスの母、リリーナが病によって亡くなったのは、ヘクスが二歳になってすぐの事。物心つく前であったヘクスにはっきりとした記憶がある訳ではなく、知っていることの多くは父や、今目の前に居る兄モノグによって聞かされたことだった。

そう素直に告げたヘクスは、モノグに目を向けた。


そして、モノグから聞かされたのが、本当にヘクスやシエルと血の繋がりがあるのかと言う感想が浮かぶ、幾つもの話だった。

それなりに使える魔術を利用して、どんな手をも使う戦い方を好んだ、元・傭兵。

「金が目当て」と言いながら、それなりに家族として良好な関係を築いていたこと。

人を敵と判断する基準がやたら低く、上手く利用していたモノグを何度も試すような真似を働いたこと。

そして、金や財宝にがめつかったこと。


げんなりとしながら、幾つかの逸話を口にするモノグ。その様子に、彼女に似ても似つかない娘や孫の前では口外にしないだけで、色々な迷惑を被っていたのだと、ムウロ達に悟らせるには充分な姿だった。


「…なんか…ロゼが似たってことか?」


自身が交際しているロゼの行動や性格に、どこか重なる部分をモノグの話から見出した、クイン。

リリーナに振り回されたモノグの姿は、付き合い始める以前に何かとロゼに振り回された自分だった。

そうだな。と兄であるシリウスも、そのクインの判断を認めた。

魔術を使う事が出来ない母や、魔術の才能が無いとアルゲート家を追われた亡父の間に生まれた、ロゼやグレルが魔術を得意としているのは、そう考えれば祖母であるリリーナの血なのかも知れない。

そう思えば、アルゲートとの繋がりが一つ減ったように感じられ、シリウスの口元は笑みを作り出した。

ディクス家も毛嫌いしてはいたが、初めてしっかりと向かい会ったモノグの気質や、母の反応を見れば、アルゲートなどよりはマシ、モノグに関してのみ受け入れてもいいかと、シリウスは考えたのだった。


「あぁ、そうだな。あの双子が似てんじゃねぇか?」


モルグが見知っている限りでも、懐かしさを感じる行動や言動を感じたことはあった。

それもあって、近づかないようにしていたところもあったのだ。




「子供って、難しいわよねぇ~」

「はぁ?」

ヘクスを腕に抱いたリリーナが、おもむろにそう呟いた。

「いやぁね、自分の子供時代を思い出したら、そうはなるなって祈っちゃうのよねぇ~」

リリーナの言動や行動を思えば、どんな子供時代だったのか、何となく想像することが出来た。

「リリーナに似たのなら、きっと元気の良い、溌剌とした娘に成長するだろうな。」

ワシは見ることは無いだろうが、と年老いた父親の言葉に、リリーナは笑い飛ばした。

「見ない方がいいわよ。絶対に、親の期待とは違う方向に成長するもの。」

それはまるで、自分がそうだったと言っているようで、モノグの興味を引いた。

「お前がそうだったってか?」

「さぁ?私の親、私がこのヘクスくらいの時に死んじゃったし。まぁ、両親の友人だった養父母が弟と私を育ててくれたんだけど、その期待は完全に裏切ったわね。」

想像していた範囲内に入る過去だった事もあって驚くことは無かったが、初めて聞いたリリーナの過去の話に、モノグ達は興味を持って続きを促した。

「期待ってのは、お淑やかな娘になって欲しいって感じか?」

「そんな感じよ。私の母親ってぇのが、大人しめの凛とした人でさ、そんな感じになって欲しかったんですって。暴君気味で、強欲だった父親みたいにはなってくれるなって懇願されたわ。」

ケラケラ。

ね、とモノグ達の反応を促す、リリーナ。

「お前、父親似ってことだな。」

日頃、自分が受けている被害を思えば、はっきりとモノグは断じる。

「ワシとしては、リリーナの性格に惚れたからな。何とも言えん。が、ヘクスには、リリーナの母親に似てもらいたいの。」

統一されていない意見ではあるが、それが男としてと、父親としての意見の違いだろう。


その願いが叶ったのか、叶わなかったのか。

それを知る事なく、リリーナは病を得て、周囲を驚かせながらあっけなくこの世を去っていった。

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