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家庭の事情

「前は…こんな感じで…」


シエル達の驚きも余所に、ヘクスはジッと前を見ていた。

三人よりも冷静なムウロがその視線をそれとなく追ってみれば、ヘクスが見つめているものが老人の大きく膨らんだ丸い腹だと気づいてしまい、慌てて口元を手で覆うことで笑いを堪えることに成功した。


人差し指を空中に付き出し、丸みを帯びた線を描いていくヘクス。

その曲線が、ヘクスの覚えている兄と呼んだ老人の体型を示していることは、彼女の言葉からの流れで何となく察することが出来る。だが、ヘクスが描いた曲線と今の体型がそんなにも変化しているのかと聞かれれば、違いが一切分からないとシエル達は叫んでいたと思われる。


「あっ、でも。目線は低くなった。」


前は見上げなくちゃいけなかった。

どこか懐かしそうな呟きがヘクスの口から漏れ出した。

「テメェと最後に会ったのが何十年前だと思ってやがる。俺が縮んだんじゃねぇ!テメェの背が伸びたんだよ!!」

ただ口を閉ざして鋭く細い目を向け、ヘクスが体型の今と昔を比較している最中には腰にあてた手の指を一本、トントンと小刻みに鳴らすに留めていたが、さすがに我慢も出来なくなったようで、ディクス侯爵は貴族とは思えない口の悪い怒鳴り声を上げた。

「たくっ、30年経ってガキも産んだみてぇだからマシになったかと思えば、相変わらずのアホだな、テメェは!」

「兄様は相変わらず元気。でも、自由人が仕事だって言ってたのに、何で当主になってるの?そんな面倒臭いもん金貰ってもやるかって言ってたのに?」

「…馬鹿共に好き勝手やらせてるくらいなら、俺の方がマシだったってだけだ。」

ヘクスの問い掛けに、ケッと唾を吐き捨て、一瞬二人の会話が止まる。


「お、お母さん…この人、お兄さんなの?」


シエルがその隙に声をあげ、驚きのあまり入り込めずにいた二人の中に割り込んだ。

「そう。一番上の…名前なんだったかしら?」

シエルに尋ねられ、シエルの動揺が溢れている顔を見下ろしながら紹介しようとしたヘクスだったが、少しの沈黙を生み出した。

そして、顔を上げるとシリウス、クイン、そして最後に兄の顔を眺め、全員を脱力させる言葉を口にした。


「母さん、モノグ・フォン・ディクス侯爵だよ。」


貴族社会に組み込まれている上、皇太子の側近の一人。高位貴族の当主の名前くらいは最低限知っている。

シリウスが何とも言えない顔になりながらも、ヘクスにディクス侯爵家の当主である老人の名を教えた。

「そうね。お父様がそう呼んでた気がするわ。」

そして、何も無かったかのように、シエルに目を戻し「分かった?」と首を傾げる。

「お母さん…」

母の行動や言動には慣れたと思っていたシエルも、流石に呆れた顔になる。


「…まぁ…仕方ねぇっちゃ仕方ねぇが…」


先程までの耳を劈くような怒声も呆れによって鎮まったのか、モノグは頭髪の無い頭をポリポリと掻き、息を吐き出した。

「あっ、そういえば、髪…」

「髪?」

「昔は、切るのが面倒臭いって、ボサボサの顔を覆うくらいの髪が…」

「黙れ、アホ娘。」

ヘクスの言葉を、鋭く断ち切るモノグ。

だが、そのヘクスの語る昔の彼の姿を想像してみたシエルは、ある動物の姿を思い浮かべていた。

「ポーキングベア?」

それは、村の狩人達がよく捕獲してくる熊の名前だった。大型に部類される熊の一種で、冬眠前となる秋の終わりになると、その体躯を数倍にも膨らませ、食料を体内に備蓄する習性を持っている。シエルがよく目にしているのは、そんな丸々と食料を備蓄し、冬の寒さに耐える為に毛を長く伸ばし、もしゃもしゃの毛玉のような状態となっているポーキングベアの姿だった。

ヘクスの語るものを繋ぎ合わせて思い浮かんだのは、そんなポーキングベアに重なり合う姿で、そんなシエルの意見を聞いた、シリウス達はあぁと頷き、モノグの姿をチラリ見していた。

ヘクスも、そんな感じ、とシエルの意見を認め、頷く。


「やっぱり、てめぇの娘だな。そいつらがって聞かされた時よりは納得出来る。」


モノグが、シリウス達、ヘクスの子供の存在を知ったのは、アルゲート家が彼等をお披露目した茶会での事だった。

零落の一途を辿っていたとはいえ、代々魔術師団に食い込み一大派閥を作り上げたこともあった一族の開いた茶会には、皇族の一部さえも列席していた。あまり親密な関係でもない、むしろ嫌味の応酬程度を軽く交わすような関係だったディクス家にまで招待状を送りつけてきた事で、すでに引退しているとはいえ仕事の関係上、そして何処か興味を引かれたこともあり、モノグは出席していた。

そこで紹介された、上手く強い警戒心を隠して笑う三人の子供達。

三人が三人、色々とあって9歳の時に会ったのを最後となっていた異母妹の面影を思い出したモノグに、アルゲートの当主だった若造が嫌味交じりに、モノグの予想があっていることを告げたのだった。


遅咲きの恋という言葉が世間にはあるとはいえ、晩過ぎると産まれたと聞いた時には父親を殴ったりもした。それでも、末の娘が物心ついた時にはすでに年老いていた父親や、モノグ達兄弟よりも若い母親を唾棄し、異母妹の存在そのものを嫌悪する弟達や一族の人間共に代わりに、何くれと仕事で忙しい中時折とはいえ世話をしていたのはモノグだった。

長男ではあるものの、貴族としての生活が肌に合わず、家との縁を切ったと宣言し仕事をしていたモノグ。

仕事が忙しくなり死に掛けたり、動けない状況が続いている間に、ヘクスがどんな目に合い姿を消したと知ったのは、ようやく帰ってこれたつい最近の事。

そのヘクスの子供らと聞き、どうして母親と離れてアルゲートに居るのかなどと疑問に思いはしたが、アルゲートの当主の言葉の端々からヘクスが無事に生きていることを知ることは出来た。ならば、あれにとって嫌な思い出しかないディクス家が接触を持つべきではないと判断を下した。


そんな自分の判断を無視して、一族の者達がシリウス達に接触を持っていたことも、知らないわけではなかった。ただ、ヘクスと似ても似つかない性格のシリウス達ならば、自分でどうにかするだろうと放っておいただけだった。


「俺が許す。今後、ディクス家を名乗って近づく輩は好きに扱え。甚振るもよし、小娘の魔術の的に使うも、弟の実験材料にするも、好きにしろ。」


「は?」


ジッとモノグに見つめられ、訝しげに思っていたシリウスは、そんなモノグの言葉に首を傾げることになった。

目つきの悪さも相まって、シリウスを見ながら昔の事を思い出していたモノグのそれは、まるで睨んでいるような印象を与えるものだった。

何かを聞き返そうと口を開くシリウスを無視し、モノグは背を向けた。


「こんな所じゃなんだ。ルーカスからの連絡で、テメェに渡すもんも用意してあんだ。中に行くぞ。」

昼飯くらい食わしてやる。

応と否、といった返事も待たず、モノグはノシノシと身体を揺らして屋敷に向かい、草が無造作に伸びた石畳の上を歩き始めていた。

色々と驚くことが多過ぎて忘れていたが、確かに此処は一応敷地内の外。話し込んでしまうには不適切であり、別邸が多いとはいえ近隣の屋敷から不審な目を向けられるかも知れない。

中に入った方がいいのかな、と思いモノグが歩いていく敷地内へと目を向ければ、あの巨体からは考えられない速度で歩くモノグの背中が見えた。その背中は、シエルの脳裏にどうしても、大きな熊が歩いている様子が思い浮かばせる。

どうしよう?

そんな目配せを母やムウロ、そして兄へと送ろうとした時には、すでに隣に立っていると思っていたヘクスが開かれた門の中へと足を踏み入れているところだった。

「まぁ、大丈夫だろうね。危険そうな匂いは無いし、罠って感じも無い。それに、僕やシリウス君が居れば、大抵のことは大丈夫だろうし…。」

ねぇ、とムウロは、シリウスに同意を求めた。

そうですね。とシリウスはそれに答えた。



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