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レイとカフカ

ちょっと時間は遡り…

『麗猛公爵』という名の通り、魔族一の美貌と誉れ高い母に瓜二つの顔を持つ彼は、吸血族として持つ魅了の力を発揮せずとも他者の視線を奪い、相手の思考に暫しの空白を生むことが出来る麗しさを持っている。けれど、そのたおやかな美貌に騙されてしまえば、巣を張る毒蜘蛛のように牙を剥いてくることとなる。魅了という糸で雁字搦めとし、身動きの出来なくなった獲物に毒を注ぎ込み、ゆっくりと、じっくりと、役に立たなくなるその時まで置いておく。

母の代理として吸血鬼という種をしっかりと治め、双子の妹であるルージュの支配下にある者達や、純血主義を気取り、上の四人の兄弟達とは違い吸血鬼を父とするカフカの後見気取りの者達でさえも、その支配に文句をつけることなど出来ないでいた。


そんな彼が、その鋭い雰囲気を緩ませるのは、母や一部の兄弟達を除けば、幼い頃から傍に置く気心の知れた側近達だけ。

その中でも、レイの表情を"壊れた"と評される程に緩ませることが出来るのは、ただ一人だけ。


レイにとって、父親の異なる姉ディアナは何より尊ぶべき人なのだ。


姉が白だと言えば、黒でも白となった。姉が駄目だと言えば、レイの逆鱗に触れて命を奪われそうになった存在も命を一時とはいえ永らえることが出来た。

そもそもに、兄弟達にきちんと"兄"として接し、振舞うのは姉に「お兄ちゃんだものね」と微笑まれたのが始まりだったりする。

そんな色々な意味で可笑しくて仕方が無いと人々の口に上るレイの姿には、様々な言葉が投げ掛けられてきた。その多くは批判的なものだということは言うまでもない。

吸血鬼族だけに留まらず、彼や母に対し心酔した魔族達は、その命も投げ打って進言するのだが、聞く耳などある訳がなく。

そんな、進言に耳を一切貸すことの無いレイに苛立ち、ディアナの命を消してしまおうと画策するものなど、吐いて捨てる程現れた。

彼らにとって、尊き存在の血を二つ継いでいる存在であるレイが、半端者でしかないダンピールに臣従している事自体が許せるわけが無かった。もちろん、そんな輩はディアナの目に入る以前にレイの手によって無かったことにされていった。


「カフカ、少し地上に行ってこい。」


魔王城の議会場、その上から二段目にある、公爵位に各々割り振り当てられた部屋の一つの中で、レイは静かに命じた。

あまり傍に他人を置くことを好まないレイは、他の大公や公爵達とは違い、部屋の中に侍従や侍女を配置したりしない。置いたとしても、侍女を一人。身動き一つするな、音を立てるなと命じ、完全に無いものとして扱っていた。

今回の議会では、そんな侍女さえも置く事なく、代わりといえるかは分からないが、部屋の物影には足を抱き抱えて据わるカフカの姿があった。


本来、子爵位を与えられている彼は、子爵位が集められている階に居なくてはならない。だが、他人と目をあわすことも出来ない引き篭もりのカフカが、交流などある筈もない他人ばかりの、しかも大公、公爵などとは違い一人一人区切られている訳でもない場所に居られる訳もなく。一度、荒行事と放り込まれた時に数人、子爵位持ちの両目を抉り取るという惨事を引き起こしたことで、兄の居る公爵位用の部屋に入ることが許されていた。もちろん、騒動を起こしたことへの責任を問う声もあがり、その特別扱いに不満と唱える声もあったが、カフカの事を面白がっていた大公達の一声によって鎮められたのだった。


「えっ?何で?」


兄から突然、命令される事は慣れている。そんなカフカでも、この命令には驚いた。

てっきり、先程議会の最中に姿を見せた姉に贈るものを用意して来いとか、姉を出迎える最上級の用意を整えて来いとか、そんな事を言われるとばかり名前を呼ばれた時に思っていた。だというのに、兄の口から命じられたのは、地上に行けというもの。


誰の目も気にならない。自分と兄しかいない部屋の中でさえ、そんな理由で抱え込んだ膝に顔を埋めていたカフカは顔を上げ、兄を見た。

カフカがまともに目を見ることが出来るのは、母と兄弟達だけ。その中でも一番多く接している兄は、顔を見上げたカフカを、眉間に皺を寄せた不機嫌な表情で見下ろしていた。


「そこまでも馬鹿だったのか、お前は。」


呆れの混じったその声に、カフカは首を傾げた。

失敗をしたり、命令を遂行出来なかった時に必ず言われる言葉だったが、それをしたのが弟であるカフカでなければ、死を賜る事が多いことを思えば、それは兄の弟に向ける甘さだと判断していた。

何か、失敗をしただろうか。とカフカは考えた。

だが、何も思いつかない。『死人大公』が議題を主張していた時も、ムウロが糾弾の的にされている時も、誰もが驚いたディアナの登場の際にも、カフカはただ、ピクリとも動かずに沈黙を守っていた。それは何時ものことだ。何がいけなかったのだろうか。

考えても、考えても、何も思い浮かんでこないカフカは、幼く見える顔をますます幼く見せ、首を傾げて兄に尋ねた。


「お前は、あれが本当に姉上だとでも思っているのか?」


「えっ?」


それは、まるで爵位持ち全員の前に姿を現して、会話さえも交えていたディアナが、まるで偽物と断言しているような言葉。

だが顔を上げないまでも、聞こえてきた声は確かについ最近再会した姉のものだった。かすかに感じ取った気配も、姉の物だったと思う。魔界を取り仕切っている爵位持ち達も、誰も疑問にさえ思ってもみていなかった。

何が兄にそう思わせるのかが、カフカには分からない。

日頃の兄の、姉に対する異常を見慣れているからか、兄なら…と納得しかけてしまう。


「確かに、あれは姉上だった。その気配も、姿形も、姉上のものに違いない。だが、あれは姉上ではなかった。」

「兄上…難しいです…。」

姉であって、姉でなかった。

レイの言葉を理解することは出来なかった。

「姉上の口から放たれる言葉は、もっと麗しい音を纏っているものだ。姉上の目は、もっと慈愛を含んでおられる。だというのに、あれは姉上の御姿であるというのに、姉上の本質を表してはいなかった。目に映るだけで、不快で仕方がなかった。」

バキッ

そんな音が、レイが掴んでいた椅子の肘掛けから放たれる。

兄による姉の解説には同意することも、理解することも出来なかったカフカだったが、ディアナの事を見間違える訳がないという兄の自信だけは、信じることが出来た。

レイがそういうのなら、そうなんだろう。

だが、一つだけ疑問は残る。

「ですが、兄上?大公方も、あれは姉上だと感じていたようなんですけど…」

「私は、姉上の弟だ。大公達であろうと、私以上に姉上のことが分かるわけがないだろう。」

何を当たり前のことを。レイは胸を張って言い切った。

「…地上で、姉上が御無事か確認してこればいいんですか?」

一連の話を考えれば、レイから下された命令の詳細はこうだろう。カフカは、早く終わらせようと考え、腰を上げた。


「あれは…姉上の影でも用いて行なわれた何らかの術であろうな。それならば、姿形、声、そして気配が同じことも納得する。影を纏う術は、幾つかの種族が特異とするものにあるが…どれにも共通することは、影の本来の持ち主の不調が影に連動するということ。」

だから、姉上は御無事だ。

そう言い切ってはいるものの、レイの顔には憂いが浮かんでいた。

「じゃあ、姉上にそれとなく聞いてきます。」

「見舞いの品も、忘れるな。」

「分かりました。」


まさか、堂々と直接訪ねることは出来ないだろう。場所からしても、カフカの性格からしても。さぁ、どうしようか。そう考えているカフカの脳裏には、姉と繋がっている一人の人間の顔。姉の子供とも親しいと言っていた彼ならば、すぐに連絡を取れるだろう。

カフカはまず、ドルテ王国へと向かおうと考えた。


早く命令なんて終わらせて、自分の迷宮に篭ろう。

そう考え動き出したカフカだったが、ふとある考えが過ぎった。

「でも、影を纏っていたとしても兄上以外誰も疑問に思わないなんて、力の強い者の仕業なんですかね。ムウロ兄上やルージュ姉上、アイオロス、姉上と親しかった者も多いのに…。」

そして、口には出す事はなかったが、そんな存在に対してすぐさま糾弾しなかった兄も少し可笑しいのでは、なんて思っていた。


「…心当たりは二つある。私が声を上げなかったのも、それの為だ。」


そんなカフカの思いなど、レイには筒抜けとなっていた。

「心当たり?」

「居るだろう、爵位持ちだろうが、大公だろうが、疑問を疑問にさせないようにしてしまえる者が。今更、何を思って出て来たのかは知らんが、どうせ面倒事であろうよ。」

レイは、嘲笑うように鼻を鳴らした。


「早く行け。私は私で、何が目的なのか探るとしよう。」


あぁ、煩わしいことだ。

そう思うのは、こんな事をするくらいなら、カフカに任せずに自分自身が姉の下に駆けつけたいという欲求から。

だが、母に代わって一族と領地を取り纏める者として、騒動になる可能性の高い事柄を放って置くことは出来ない。レイにそれを託した母の信頼と、「レイなら出来るわ。頑張って」という姉からの応援に反することなど、レイには出来ないのだ。

「まずは、ルージュに会うか。あれでも一応は、私と血を同じくする片割れだ。」

カフカが消えていた部屋から、レイもまた姿を消した。

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