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嵐のような出来事

「いい加減にしてくれと言っているだろう。」

シリウスが冷たく言い放つ。

だが、それはジッとシリウスを見つめてきているアナスタシアにではなく、彼女の周囲にいる仲間達、クーロン氏族の子供達へと向けられたものだった。

アナスタシアに言っても聞きはしないことなど、いや確実にシリウスの言葉を歪曲の上の歪曲を施したものへとしてしまう事を、10年近くなる日々の経験によって理解している。だから、最近ではシリウスは、アナスタシアの兄弟のような存在である彼等に、どうにかしろと再三言い続けていた。


「そうは言いましても~。アナスタシアが外から旦那様を迎えるのは生まれた時から決まってることだし~それならアナスタシアが好きな人がいいじゃありませんか~。帝都でも稀にみる高物件ですし、貴方。」


ビシッとシリウスへと指を差し、堂々と胸を張った面持ちで「無理だ」と断言するのは、制服を派手に改造している少女。

アナスタシアの同年の従妹、ポーラ・クーロン。

何時もシリウスの苦情を受け流す役目を担っていたからこそ、すぐに出て来た名前だった。

血が濃くなりすぎたアナスタシアが、生まれた時から夫となる人物を氏族外から得てくることが決められているのは、クーロン氏族を知る貴族や帝都の民の間では割と有名な話だった。氏族内で秘密を共有し、結束を高める為に氏族外の人間を極力排除しているのは有名で、その中心にある令嬢が氏族外から伴侶を選ぶという話はすぐに広がっていった。アナスタシアが成長すると、その話は「目を合わせたら連れて行かれるぞ。」という怪談として、彼女の性格と共に再びの広がりを見せた。それは、アナスタシアが5歳の時。その当時、11歳で学園に通い始めたばかりだったシリウスの耳には、惜しいことに届くことは無かった。

届いていれば、何か違ったのかも知れない。


「ていうか、あんな事されちゃったら~女なら誰だって惚れちゃいますよ。つまり!貴方も悪いんです!よって、大人しくアナスタシアに口説かれて下さい。」

アナスタシアとの血の繋がりが、ポーラの言動からしっかりと感じられた。


「あんな事?」

「あれはただ…母さん?」


ポーラの言動に反論しようとしたシリウスは、背後から聞こえてきた母の声に振り向かないわけにはいかなくなった。

母がよく言葉の意味を取り違えて勘違いすることを、幼い頃の身をもって知っている。嫌な予感を感じたシリウスの顔は引き攣っていた。

そして、その予感はまさに当たり、振り返った先に居たヘクスは問い掛けるような目をシリウスへ向けていた。

「あんな事って、何をしたの?」

「お兄ちゃん?」

ヘクスと並んでいるシエルまで、ポーラの言葉を深読みしたのか、不安げな目をしている。


早い内に思い違いを解消しなくては。


そんな思いに襲われ、首だけではなく体全体をヘクスとシエルへと向け直した、シリウス。

だから彼は、自分がしてしまったうっかりに気づくことは無かった。

そして、恍惚とした面持ちでシリウスを見ていたアナスタシアの目が、別の場所に向かった事にも。


「誘拐されかけていたあれをたまたま、まったくの偶然で助けてしまっただけです。友人達も一緒に、すぐに大人達やクーロンの人間も駆けつけてきたから、話を交わす事もありませんでした。」


本当に、シリウスにとっては晴天の霹靂だったのだ、アナスタシアがシリウスに目を付けたのは。

皇宮で皇太子や近衛の仲間達と共に行動していた時に行なわれた、突然の求婚。そんな気は一切なく、ましてや任務中だったシリウスはあっさりと、それを拒絶した。それから続く、アナスタシアからの求婚や付き纏いには、シリウスは辟易していた。

何故、自分なのか。思わず呟いたシリウスに、彼自身がすっかり忘れていたアナスタシア救出の件を教えたのは、仲間の一人。他の面々も、皇太子でさえも、あぁ有ったなと驚く程の些細でしかない出来事だった。


「そう。あの時、シリウス様は恐怖に怯え、泣く事も出来ずにいたわたくしを助けて下さいました。荒ぶる暴漢達をなぎ倒し、捕らわれていたわたくしをその両腕で抱き上げ、助け出して下さった。あの時から、シリウス様はわたくしの王子様なのです。」


「まぁ、おとぎ話の絵本のようね。」


アナスタシアが語るそれは、悪人に捕らわれた姫君を助け出す王子様を描く絵本そのもので。ヘクスも、感心したような声を漏らしていた。

「いや、実際は誘拐犯に火を放たれて、窓から嬢ちゃんを放り投げたっていうのが、本当なんだが…。」

どうやったら、あんな物語になるんだ?

聞こえてきたのは、通りの向こう側に置いてきたクインの声。

騒ぎを聞きつけたにしては少し遅いと思ったが、ヘクス達がしていそうな誤解を解く為ならと、文句は言わないでおく。

警邏隊隊長、当時は下っ端だったクインの言葉は、アナスタシアの話を妄想と切り捨てた。

クインの言うものこそ、シリウスがうっすらと思い出し、友人達も肯定している現実だった。だが、アナスタシアは自分が作り上げた物語を信じているし、クーロンの者達はそれが嘘であると知りながらも、面白がっている節があった。


「ムウさん?」

「あら。」


クインが連れ立って来たのは、シリウスにとっては知らない人間だった。

「やぁ、大変だったね、シエル。」

「ムウさん。どうしたの?ま…皆の集まりだったんじゃ…?」

流石のシエルも、「魔界」なんて言葉は駄目だと思い、言い切る前に飲み込んだ。

「それは終わってね。面倒臭い頼まれ事をされて、帝都まで来たんだ。」


そしたらシエルが居るんだもん、ビックリしたよ。


本当は、クインの事を聞きに行った知り合いから聞いていて知っていたが、まるで今見かけたと言わんばかりに、朗らかな笑みを浮かべたムウロ。

それを、何の疑問も持たずにシエルは受け入れた。

「そうなんだ。お疲れ様、ムウさん。頼まれ事は、終わったの?」

まるきりムウロの事を信じているシエルの様子に、少しだけ心配な気持ちが浮かんだムウロだった。


母と妹、二人の様子から親しい知り合いで、危険な存在ではないと感じ取ったシリウスは、初めて会うムウロよりもアナスタシアを退けることを優先した。


「警邏隊長。白昼で騒ぎを起こしているんだ、取り締まらなくていいのか?」

帝都の治安を護ることが役割である警邏隊。その仕事の中には、帝都の民の日常を妨げる騒ぎを取り締まり、捕まえ牢へと入れるというものが、しっかりと含まれている。朝市のど真ん中で、魔術を発動しようとしたことはそれに当てはまるだろう、とクインを動かそうとした。

勿論、それを言うのならシリウスがアナスタシアを殺す気で攻撃したことも問題となるだろうが、先に魔術を使おうとしたのはアナスタシア、正当防衛だと主張すれば事なきを得る。


「いやぁ…それが、そのなぁ…」


だが、シリウスがやれと促しても、情けない顔を浮かべたクインは歯切れの悪い声しか出さず、動こうとはしない。

「俺としても、あれは取り締まりたい気持ちはあるんだけどなぁ…。でも、貰っちまってるんだよ。」

「何を?」

「迷惑料。クーロン氏族の名義で、迷惑をかけて申し訳ないって寄付金を大量に…。うちを仕切ってるのは俺じゃなくて、副隊長だからな。多分、注意して終わりくらいに済ませると思うぜ?クーロンの奴等は騒ぎをちょいちょい起こしちゃくれるけど、後片付けとかは自分達できっちりとして、市民のウケも別に悪いわけじゃないし…。再生能力生かして、無料の救護院なんてぇのもやってるし…。」

ほら、あんな感じに。

苦笑を浮かべたクインが指差したのは、地面に染み込んだ血溜りの跡を魔術を用いて処理していく、アナスタシアを含むクーロンの子供達。染み込んだ血で赤くなった土を大きく抉り出し、水と風の魔術を用いて土を清めていく。最後には、土を抉り出した穴へと清めた土を戻し、最後の仕上げと高価そうな魔道具を用いて浄化を施す。

それもまた、手馴れた様子が見て取れる、無駄の一切無い動きだった。


「当たり前っす。我等クーロンの掟の一つは、自分の怪我の後始末はしっかりと!っすから。血痕の処理とかにかけては、三国一っすよ。」


先程、布を持って目隠しの役目を担っていた少年が、親指を立てて片目を一瞬瞑って見せた。

やんちゃそうな少年に対し少しだけイラついたシリウスは、それを隠そうとはせず、一睨みして黙らせた。


「あっ、それはちょっと教えて欲しいかも。」

そんな反応を示したのは、シエル。宿に泊まる冒険者達に洗濯を頼まれる事は多い。それは、最近ではシエルの仕事になっていた。

その洗濯物に泥や砂埃と共に多いのが、血の痕だった。

これが中々消えず、冒険者達もそれを分かっているのか、完璧に消えていなくても納得してくれる。だが、それが本当に綺麗になるのなら教えて欲しいと、シエルは心の底から思っていた。


「まぁ。では、是非に我が家へ遊びにいらして。貴女も、お義母様も。歓迎致しますわ。」


先程とは完全に真逆の態度となったアナスタシアが、嬉しそうな笑みを浮かべた口の前で掌と掌を合わせ、越を屈めてシエルへと顔を近づけてきた。

「わたくし、用事が出来てしまいましたわ。名残惜しくはありますが、これで失礼させて頂きます。シリウス様、わたくしは何時でも貴方のことを見守っておりますわね。今日はお義母様と義妹を紹介して頂き、嬉しゅうございました。それでは、ごきげんよう。」


嵐のように現れたアナスタシアは、嵐のように去っていく。


「なんで、お母さんと私のこと分かったんだろ?」


あれだけ敵意をむき出しにしていたというのに、最後には母と妹を紹介したという考えになっていた。どんな過程がアナスタシアの頭の中で起こっているのか、理解出来るものは誰もいなかった。

「お兄さんが、ヘクスさんの事を"母さん"って呼んだからじゃないかな?」

第三者だったからこそ聞き逃さなかったムウロの指摘に、言った本人のシリウスは落ち込み、頭を抱える。


アナスタシアの中で、確実にシリウスとの仲は進展してしまっただろう。

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