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はた迷惑な力

如何なる生き物であろうと、急所の一つとしている首。

その首を、明らかに深く切りつけられたと分かる程の大量の、真っ赤な血を吹き上げながら倒れていく、先程初めて対面したばかりの若い女性。

それを成したのは、昨日初めて出会い、穏やかで頼りになる人だと実感したばかりの上の兄。

シエルよりは大きいとはいえ、兄の手の平に隠してしまえる程の小型で平たく薄いナイフが、シエルが瞬きする一瞬で、どう見ても致命的な結果をもたらしていた。


「お、お兄ちゃん!?」


驚きの声を搾り出せたのは、女性が地面に倒れこんで砂埃を上げてから。真っ赤な水溜りが出来始めようとしている瞬間だった。


「な、何してるの!!」


「シエル。魔術師に攻撃されそうになったら、首を狙うといい。大概の魔術師は詠唱を必要とするからな。喉を奪ってしまえば攻撃されなくなる。」


静まり返った空間に響いたシエルの問い掛けの叫びに、シリウスはちょっとずれた答えを返した。


「そ、それは知ってる。おじいちゃん達にも教えて貰った。そうじゃなくて!」


「シリウス。そういう悪いことは、隠れてしないといけないのじゃなかったかしら?」

確かジークが皆とそんな事を話していた筈…。

首を傾げながら息子に注意するヘクスもずれている。

「お母さん。そうだけど、今はそうじゃなくて!」

そんな母親を注意するシエル自身も、そのずれた二人を肯定しているのだから、さすが血の繋がった家族という所だ。


うふ

うふふふふふふ


「え?」

こんな事して大丈夫なの?とシリウスの腕をグイグイと引いて叫ぶシエルの耳に、場にそぐわない、ねっとりとしているような女の笑い声が届いてきた。

何処から?

両手で掴んでいたシリウスの手を咄嗟に抱きしめながら、周囲を見回したシエルだったがその笑い声の持ち主を見つけることは出来なかった。

だが、それ以上におかしなものをシエルは見つけてしまった。

若い女性が一人、こんな人通りも多く、朝の早い時間から、殺されたというのに、通行人達は遠巻きにしチラチラと目を向けては行くものの、「あぁ」なんていう表情であっさりと足を早めて通り過ぎて行くのだ。

普通、大騒ぎになるんじゃないの?

そしてシエルは思ったことを、口に出した。

「やっぱり都会って怖いんだね!!」

シエル本人は大真面目に呟いたそれは、聞いてしまったシリウスと、そしてヤルタの実を売っている店主を噴き出させるのには充分だった。


「じょ、嬢ちゃん。帝都の子じゃなきゃ、まぁ知らなくてもしょうがないよね。ありゃあ、クーロン氏族の子供等だ。これは、まぁ…何時ものことみたいなもんで、俺等の多くも慣れてんだよ。」


店主の言うクーロン氏族という言葉が分からないシエルは、慣れって何、と再び「都会は怖い」と呟いた。

だが、店主が「見てみろ」と言って指差すものを見て、慣れという言葉を理解することになった。


うふふふふ。


先程の不気味な笑い声がまた、シエルの耳に届いた。

だが、誰もそれを気にしていない。

店主が指差したのは、シリウスによって殺された女性が倒れている場所。

何だろう、とずっとシリウスに向けていた視線を向けたシエルの目に、驚きの光景が映りこんだ。



地面に倒れていた女性が、朝ベットの上で目覚めたばかりのように、普通に起き上がり始めていた。

昔見たことのある死体が動き出すアンデットなどのような、ぎこちない不自然な動きではない。あまりにも普通な動きに、あれ?と思わず首を傾げてしまう。

首に一撃を受けて倒れたのは、見間違えだったのか。

そう思ってしまうような滑らかで自然な動きだったが、起き上がった女性の喉から下の制服は真っ赤に染まっていて、うふふと笑う口元からは笑う度に血が零れ落ちている。

あの聞こえてきていた不気味な笑い声は女性のものだった。

それを知ったシエルは、シリウスの腕を抱き抱えていた腕により力を加え、足を一歩後ろに下がらせてしまった。


「うふふふ。ゴホッ。ウフフフフ。素敵。」


大怪我を負わされたとは思えない言葉。うっとりと両手を両頬に当てた女性は、恍惚とした視線を真っ直ぐにシリウスへと向けている。

「素敵ですわ、シリウス様。わたくしをあんな真摯な目で見つめて下さるだなんて。うふふ。これは貴方とわたくしの赤い絆ですわね。」

頬に当てていた手が、首元に移る。

真っ赤に染まり、血に染まり固まりかけている髪がこびり付く中でも、目をこしらえれば僅かに恐ろしい光景が見えた。ジワジワと、叩き潰したミンチ状の肉が練り込まれているような動きで、大きく開いた傷口が閉じていっている。

「あぁ…」

その動きも終わり、傷口は閉じ、ただ真っ赤に染まっているだけの首が残る。

首を触れていた手でそれを感じ取った女性が、名残惜しそうな声を上げる。

「シリウス様との絆が消えてしまいましたわ…」


「悲しまないで、アナスタシア。それよりも、シリウス様の前なのに何時までも見苦しい姿ではいけないわ。」


自分の血溜りの上に座り込んで、物憂げな溜息を吐き出している女性-アナスタシアの肩を、彼女の後ろに控えていた制服姿の少女が慰めるように叩いた。

先程までアナスタシアの後ろで、彼女からは見えないように注意しながらもぺこぺこと頭を下げていた取り巻き達。年齢は様々なようで、明らかに年下と分かる少年少女も居る。アナスタシアを含め、その集団で共通しているのは制服と、体のどこかに着けているブローチくらいだった。

そんな彼等が、少女がアナスタシアに話しかけるのと同時に、アナスタシアの周囲を取り囲む。

まず二人の背の高い少年達が何処からとも無く取り出した白い大きな布を広げ、二人掛りでアナスタシアと二人の少女を見えないよう、四方を覆う。

ガサゴソと白い布の中で布を擦るような音が聞こえるが、中で何が行なわれているのかは見えない。

その間に、残りの二人の少年少女が周囲に居る通行人や屋台を開いている店主達に、ご迷惑をおかけしましたと頭を下げながら、詫びの品を渡していっている。


その一連の行動は、何とも手馴れているもので。

シエルは店主の言った「慣れ」の意味を思い知った。


シリウスを見上げれば、シエルが何を思っているのか察したシリウスが顰めた顔で頷いて見せた。

「あれは、アナスタシア・クーロン・グリーフェル。帝国に住んでいるクーロン氏族という集団の首長でもあるグリーフェル公爵家の娘だ。」

「クーロン?」

「生きてさえいれば如何なる怪我も瞬く間に治癒する再生能力と、その血肉によって再生能力を分け与えるという特異性を持った、何よりも氏族を重んじている集団。様々な条件と約定を交わし、数代前に時の皇帝から公爵位を受け取っている。あれは、その氏族の純血として、氏族の中でも特筆すべき再生能力を持っている。」


だから、あの程度では死にはしないさ。


「…おにいちゃん…」

何処か残念そうで、きっとシエルやヘクスが居なければ行儀悪く舌打ちしていただろう。そんなシリウスの説明の間に、白い布の中での作業は終わったようで、二人の少年達が布を下ろし、畳み始めていた。


降ろされた布の中から出て来たアナスタシアは、真っ赤に染まっていた制服を着替えなおし、血によって汚れていた髪や肌はあの短時間でと驚く程、綺麗に整えられていた。





「何、あれ?」

ムウロは、隣に立っていたクインの顔に裏拳を叩き付けた。

その冷めた目は、一連の光景を静かに見つめていた。

「ぐ!!いや…、俺が加護をやった冒険者っていうのが8人居てな。そいつらが何か俺が旅に出てる間に、そんな感じの集団を作ってたんだよ。」

「クーロン氏族のことは知ってる。魔界でも有名だからね。まるで、竜族のようだって。まさか、その竜族の御曹司が馬鹿やって作った集団とは知られてないようだけど。」

人外ではない彼等には、しっかりとシエル達の声も届いていた。

シエルやヘクスの、どこかずれた言葉に苦笑を浮かべていたムウロだったが、アナスタシアの回復の様子を見た後、その目に冷気を湛えていた。

「それでも、一度試してみようと思って氏族の人間を攻撃した事があったけど、あそこまででは無かったよ。早さも、再生限度も、下位の竜程度。あれは、どう見ても高位の竜並で異常だろ?」

「あいつら、"その血肉で"って噂のせいでヤバイ目にあったみたいでよ。極力氏族内だけで関係を続けてきたんだよ。その成果ってやつ。アナスタシアは加護を持つ血が濃くなって、あぁなった、みたいだな。」

俺もよく分からん。無責任にも取れるクインの言葉に、今度はその腹へとムウロの肘が打ち込まれた。


普通に生きていれば、寿命と病気でしか死なない人間。

殺すのならば、一撃で命を奪わなければならない。

その血肉によって、僅かな再生の力を分け与える事が出来る。それが巡りめぐって、時には"不死を与える血肉"などとまことしやかに噂されていたこともある。


まぁ、確かに。纏まらなければ生き難かっただろうな。

ムウロは見聞きしていたクーロン氏族の話を思い出し、少しだけ納得もしていた。


そして、体を丸めて痛みを堪えているクインに一瞥を送ることもなく、ムウロは足を踏み出した。

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