やっぱり・・・
「ちっ。まったくツイてないぜ。」
そんな風に舌打ちするなら放っておいてよ!
ごめん、フォルス兄!
助けてぇ~!
神殿で「絵本」と購入し、『要望書』と名付けた羊皮紙に今のところ出てきている品物は全部揃えることが出来た。
これで、後は迷宮の中にいる依頼人へと届けるだけだと喜び、届けに行くことが楽しみでしょうがないシエルは、ニコニコと機嫌よく、エミルの後を歩いていく。
その様子に苦笑を漏らしながら、エミルは街で美味しいと評判の店で昼食を取ろうと何時もより人混みが酷い通りを進んでいく。人混みの中では歩きにくくて仕方がないが、シエルが迷子にならないようにと、その手はしっかりと結ばれている。
「この先に良い店があるのよ。さっき買い物済ませてる間に予約入れておいたから、着いたらすぐに食べれるわよ。」
「やったぁ。」
「それにしても、フォルスはまだ領主のところにいるのかしらね。」
通りからも見ることが出来る領主の屋敷を見て、エミルが呟いた。
「大変みたいだね~」
美味しいと評判の店で食事が出来ると、機嫌のいいシエルのテンションは天井知らずで上がっている。もはや、シエルの頭の中からフォルスは消えていた。
「『祝福持ち』が関わっているとあれば、対応がてんてこ舞いになっていても仕方ないことでしょうけど?」
もう、心此処に在らずなシエルに釘を差すように目を向けるエミル。その言葉には、誰のせいかしらと棘が大量に含まれていた。
「えっと・・・」
「村長からの手紙に書いてあったわ。安心しなさい。旦那だろうと、誰にも話す気はないから。手紙もすぐに燃やしたわ。」
昨日、フォルスから渡された手紙。シエルが街に出た際の協力者としてエミルは選ばれたのだという。
「あ、ありがとう?」
「どういたしまして。」
お礼を言ったシエルに、エミルは強気な笑みを浮かべた。
「あんたの兄たちがいなくなった後のヘクスおばさんを知っているからね。シエルまで連れていかれたら、おばさんと心配したあいつらが何をしだすか分からないじゃない。」
「お兄さんとお姉さんか。」
シエルが生まれる前に、帝都に引き取られていったという兄二人と姉。
シエルは会ったことは無いが、父ジークが用事があって帝都に出掛けた時や、冒険者をやっている村人などから会ったと話に聞いていて、会ってはみたいなとは思っている。
「前に一回、遭遇したけど。相変わらず、母さんは元気かとか妹ってどんなのとか聞かれて、鬱陶しかったわ。」
「う~ん、会ってみたいけど、帝都には行きたくないし。」
「その内、我慢できなくなって村に押しかけてくるでしょ。」
「あぁ、もう少し先よ。ガイエルっていう名前の店でね。海の魚とかを美味しく食べさせてくれるのよ。食べたことないでしょ?」
「無いよ。海かぁ、いつか見てみたいな。」
「おい、もう一度言ってみろ!」
「うるせぇなぁ」
エミルが予約してくれた店まであと少しというところで、通りの真ん中で怒鳴り声と悲鳴があがった。
「ったく。血の気が多い野郎共が。」
「場所を考えろよ、場所を。」
道行く人たちも、足を止めざるを得ずといった感じで立ち止まり、悪態をついている。
がっしゃん!
「あぁあ、ガイエルんとこも災難だな。ありゃあ、しばらく営業無理だな。」
数人対数人の、その喧嘩に参加している男の一人が殴り飛ばされ、大きな窓から中を覗けるようになっている店に突っ込んでいった。窓は壊され、中からは悲鳴と怒号、食器が割れる音、木が壊れる音が聞こえてきた。
「はぁ?」
僅かな人混みの隙間から見えた、店の惨状。
声を出したエミルをチラリと見上げると、その額に青筋が浮かび上がっている。
「私のお気に入りの店に、よくも・・・」
そういえば、こういう人だった。
面倒見がよくて、人当たりもいい。年下には優しいお姉さんとして接していたエミルだったが、一度怒らせると恐怖に足を竦ませてしまうほどだったことを、シエルは思い出した。
「シエル、そこの壁に引っ付いて待っていなさい。」
指差したのは、エミルが予約をとったという店の三軒隣。シエルが10歩ほど横に歩いた所にある店の壁だった。
「いい。私が戻ってくるまで、大人しく待っているのよ?」
エミルが持ってくれていた荷物を受け取り、その指示に深く頷くと、その視線を背中に受けながら人ごみを分け、辿り着いた壁に背中をつけた。
その様子を見守っていたエミルと目があうと、にっこりと頷いた後、彼女は前へと進み出ると僅かな動きで空に飛び上がり、目の前に立つ巨体をもった男の肩を踏み台に使って、大きく空間が開けられている喧嘩のど真ん中へと躍り出た。
「私の予定を邪魔しようっていうのなら、薙ぎ倒してもいいわよね。」
丁度、相手の男の顔に一撃を銜えようと、ニヤニヤと笑いながら拳を突き出した男の腕に、跳躍した空から降てきながら踵落としを喰らわせる。
思わぬ攻撃に成す術もなく、真っ直ぐに突き出される筈だった男の腕は、あってはならない方向へと曲がり、男は擦れるような悲鳴を上げた。
男達からすれば、空から突然降りてきた女からの思わぬ攻撃。
しかも、女はエプロンドレスを着た、その鋭い眼光以外はただの街娘に見える。
呆気に取られた男達だったが、地面に蹲り悲鳴を上げている男の仲間たちがいち早く我に返り、その標的をエミルへと切り替えて攻撃の手を再開した。
エミルは、長いスカートの中から真っ赤な鞭を取り出し、ニヤリと笑みを浮かべた。
「おいおい。ありゃあ、エミルじゃねぇか」
「誰か!旦那呼んで来い!」
「エミル?『朱撃のエミル』か?」
「エミル姉って、有名人だったんだ。」
その喧騒を眺めながら、シエルは暢気だった。
喧嘩や、それによって流れる血は、冒険の拠点である村唯一の宿屋で生まれ育ったシエルには結構日常の風景だった。だから、喧嘩が始まろうが、血を流した人がいようが、別に怖いとも思わない。
早く終わって、ご飯食べたいなぁ。
そんな暢気な事を考えていると、シエルの視線の先に、喧嘩を見ようと皆一様の方向へと身体を向けている中を、逆の方向に歩く、大きな荷物を肩に乗せた男が入り込んだ。
真っ直ぐ前だけを見て喧嘩にも興味を持つことなく、少し焦るように歩く男の姿に、シエルは目を引かれた。
「あっ。」
男が、鞭を振るう街娘と男達の喧嘩を見ようと群がる人混みを苦心しながら歩く姿を見ていた。すると、男の抱えた大きな荷物の縛られた口から、何か光るものが落ちるのが見えた。
男はそれに気づくことなく、眉を顰める人々の合間を前へ前へと進んでいった。
拾ってあげた方がいいよね?
・・・・・・・まだ、終わりそうにないし・・・・・
チラリと人の合間から見ると、エミルは鞭を振るって男達を翻弄し、笑っている。
よし。
シエルは荷物を手に持つと、小さな身体を人混みに潜らせて、男が落としたものに近づいていき、拾い上げた。
それは、細い指輪だった。
不思議な色合いの石がはめ込まれた指輪は、シエルから見ても高価なものに見えて、やっぱり届けてあげなくてはと、男が歩いていった方向に目をやった。
肩に担いでいた大きな袋は人混みの中からでも目立った。
あれを追いかければいいな。
シエルは、ごめんなさいとぶつかる人々に謝りながら、男の後を追った。
しばらく人混みを歩いた後、目当てにしていた大きな袋が通りの中で横へ横へと反れていき、細い路地裏の中へと入っていった。
これで追いつける。シエルはホッと息をついて、その後を追った。
男が入っていった路地裏にシエルも入った。
すると、その先にある小道に曲がっていく姿が見え、人影の無い道を走り追った。
小道を覗いたシエル。
「くそ!静かにしろ!!」
もごもごと動く袋を地面に叩き付け、それに蹴り飛ばしている男の姿があった。
「えっ?」
その袋の口を縛った紐が解け、その中に綺麗な少女の顔が見えた。
思わず声を出したシエルを振り返った男。
「テメェ!!」
きゃ
どうみても犯罪現場な光景に、シエルは悲鳴を上げようとした。
けれど、それは音としては出なかった。
頭に鈍い痛みを感じ、シエルの目の前は真っ暗になった。
「何やってだよ、テメェは。」
木の棒を手にポンポンと打ちつける男が、地面に倒れこんだシエルの後ろにあたる場所に立っている。
「すいません。こいつが目を覚ましちまって。」
「いいから、さっさと運べ!こいつもついでだ。」
男はシエルを肩に担ぎ上げ、再び眠らせた少女を袋に詰めなおした男を連れて、路地裏のさらに奥へと入っていった。
そこには、シエルの荷物が残された。
「ちっ。まったくツイてないぜ。」
舌打ちをする男の肩で、シエルは目を覚ましていた。
それも、これも、アルスが施した加護のおかげだ。けれど、シエルは心の中でアルスに文句を言う。
怪我はしないけど、結界ごと倒されたら意味ない!!
木の棒で頭を叩かれる寸前に結界が張られたが、勢いのついた木の棒に押されて地面に倒れ込むこととなったシエル。顔を地面に打ち付けて、気を失ってしまったのだ。
結界により頭に怪我を負うことは無く、衝撃で倒れこんだ時に負った鼻の傷もすぐに治った。そして、治癒の力が精神に効いたのか意識も早々に取り戻すことが出来た。
けれど、シエルは帰ったらアルスに改善を求めようと強く決意した。
目を閉じたまま、意識が戻ったことを男に気がつかれないように注意して、シエルは右耳に意識を集めた。
そうして、心の中で叫ぶ。
ごめん、フォルス兄!
助けて~!!!
「ちっ、あいつは!」
「あら?シエルは?」




