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荷物

「多くない?」

「そうかしら?」

ムウロは、目の前に積み上げられている木箱を睨みつける。

別に、その程度の荷物を運ぶことは無理ではない。

だが、ただただ面倒臭かった。

ムウロの隣に並び、多かったかしら、と首を傾げている『桜竜大公』ユーリアに視線を投げ掛け、減らしてくれないかと訴えてはいるものの、ユーリアがそれを察してくれる様子はない。


木箱の数は7つ。

重厚な造りの木箱が積み上げられている光景は、異様な圧迫感を与えていた。


「こんなに送る必要ないと思うんですけど…?」

家を出た子供に荷物を送ることさえ、魔界では珍しい行為だ。一人、家を出たということは子が成人したとみなされ、己自身の力をもって生き残れというのが魔界での常識のようなものだ。親を殺してこそ、なんていう考えのある種も居る程だ。

竜族は子供に対しては子煩悩な種ではある。が、成人してしまえば母子の認識はあっても寄り添う関係のままではない。

大公の子同士、それなりの交流のあったユーリアの息子を思い出す。

過干渉気味だったユーリアの保護下を早々に抜け出していった彼が、地上で人に紛れて暮らしているということは初めて知ったが、彼らしいとムウロは思う。

「あら、そう?あれが好きなものとかを詰め込んだのだけど…そういうものなのでしょう?」

「まぁ、そんな感じだと思うけど…」

多いかしら?

妙齢の女性であるユーリアが口先を尖らせ眉を顰めてみせる姿は何処か可笑しく、けれど思わず目を向けてしまう魅力があった。

そんなユーリアは、頬を染めて自分を見つめてくる侍女達の手を借りることなく、自分で木箱の一つの蓋を開け、ガサゴソと中身を検分し直し始めた。

侍女達が我に返り、私達がやります、と申し出るがユーリアは手を止めることは無かった。


木箱の中には、色々なものが詰まっていた。

果物に日持ちのするもの、宝石まで。

それらは簡単か困難かの違いはあるものの、一部の魔界でしか手に入らないようなものを除けば、地上でも手に入るようなものが大半だった。

「これも、それも、送らなくても大丈夫だよ。」

「あら、そう?」

じゃあ、いらないわね。と指摘されたものを木箱の外に放り投げていく。

すると、ユーリアが蓋を開けた木箱の中身は半分以下にまで減ってしまった。


このままいけば、木箱一つに減ってくれる。


そう思ったムウロは、ますますユーリアの背中を押し、木箱の中身を減らさせていく。

「なんだか、面倒臭くなってきたわ。」

元々、深い意味があって息子に荷物を届けさせようと思ったわけではない。ただ、伝聞で知った人の母子の話をやってみようと気軽に考え、丁度良く現れたムウロと『届け物係』という言葉で実行に移そうとしているだけのこと。

成人してユーリアの庇護下を出たとはいえ、地上に出て顔を一切見せない息子へのあてつけでもあったが、もう止めてもいいかなとなんて思い始めていた。

けれど、この時点で開いていない木箱は一つ。

此処まで来て止めるなんて考えは、ムウロには無かった。

最期の木箱を開けようとムウロは手を伸ばした。

「あぁ、それは…」

持ち上げた木箱は、他の木箱よりも遥かに重量があった。

「それだけは届けてもらわないといけないものだったわ。」

忘れてたわ。

あらあらと笑うユーリアの声を背中に受けながら、ムウロは最後の木箱の蓋を開ける。


「豪勢、だね。」


木箱の中身は、色とりどりの宝石に煌びやかな布、装飾品。重量があったのも無理は無い。俗に言う、宝箱と呼ばれるに相応しい中身が溢れんばかりに詰まっていた。

「嫁を見つけたと連絡があったのよ。なら、そういうものも必要でしょ?」

「嫁ぇ!?」

これには本当に驚いたムウロ。

ユーリアの息子が居るのは地上だ。

皆無ではないものの、魔界に比べれば地上に存在する竜族は少ない。永い地上での暮らしで、魔界の個体と比べようも無い程に力も弱まっている。竜と人を祖にする、人間からすれば獣人に部類されている竜人という種も居るが、魔界の竜からすれば人とそう変わらない種だ。

力を尊ぶ竜族が、自分達の王の息子の嫁に、そんな弱いだろう存在を受け入れるのだろうか。

そう思ってユーリアを観察してみるが、嫁への贈り物だという木箱の中身を覗き込んでいるユーリアの顔には、ニヤニヤと喜んでいるのか、面白がっているのか判別出来ないものが浮かんでいる。


「いいの?」


「それは、何に対してかしら?」

息子が愛する者を見つけたことか。

弱き存在を血族に迎えることか。

「結局、二つになってしまったわね。」

最後に残っていた木箱と、ムウロ主導によって整理され残ったものを纏めた木箱。ムウロが届けることとなる二つの木箱を叩き、頼むわね、とユーリアは笑う。

「私は、ネージュのようにとっくに成人した子供に執着なんてしていないし、多くの爵位持ちのように強い血を取り込んで、なんて考えは持っていないわ。嫁や子を得るというのなら、勝手にすればいい。それが弱いというのなら、自分で守りきれって言うだけのことよ。」


それが、竜というものよ。


竜族は己の物に対する執着心が強く、奪おうとする敵を許しはしない。

その性質が伝わり、人間の一部では竜の寝床には大量の宝が眠っているという御伽噺が伝わっている。ユーリアの息子は生粋の竜。ならば、妻子を宝として全てから守り抜けば良いだけの話だというユーリアの表情は、面白がっているものだった。


「ふぅん。」


面倒臭いとばかり思っていたムウロ。早く終わらせて、シエルの元に向かおうとばかり考えていた。

だが、荷物を届けるついでに、竜の妻になろうなんて考えた奇特な女性の顔でも観察してくるのも面白そうだと思い始めていた。

執着が強く奪う者に容赦ない。それはつまり、竜の懐に入れられた存在にとっても苦難なこととなる。罷り間違って、竜を裏切るようなことをしてしまえば、どんな事が起こるのか。ムウロが知る限りでも、色々なパターンがある。共通している事は、どんな事になっても地獄だということだ。

それを知っているのか、知らないのか。

今から、楽しみで仕方がない。


「それで、届け先は何処なんです?」


「帝国よ。その都。そこで、人間として生活しているんですって。」


帝都。それならば、嫁となったのは獣人という可能性も高い。

何度か赴いたことがある為、帝都にどんな人が、どんな生活を営んでいるかも知っているムウロは、年下の知り合い以上友人未満が選んだ相手への想像を膨らませながら、ユーリアの居城を後にした。





「ロゼと…娘さんとお付き合いさせて頂いている、クインと申します。」

シエルとシリウスの後に続き、ヘクスの居る居間へと入ったクインは、その粗野な容貌からは想像もつかない丁寧な動作で頭を下げ、唐突に挨拶を始めていた。

それを、ヘクスは椅子に腰掛けて、お茶を口に運び飲んでいる時に受けた。

「まぁ…。…あの子をよろしくお願いします。」

驚きの声を上げながらも、あっさりと挨拶を受け入れ、詳しい話など一切受けないまま、ヘクスは娘の恋人を受け入れ、頭を下げ返していた。

「お母さん…もっと、色々と聞くことないの?」

あまりにもあっさりと終わらせたヘクスに、シエルが口を挟む。

「色々と?」

「ほら、出会いとか、どんなお仕事してるの、とか。」

ねぇ、とシエルが思わず聞いたのは、重苦しい空気を生み出しているシリウスではなく、聞かれる立場のクインだった。

既婚の部下達から教授されていた状況とはかけ離れた事態に、クインは「まぁな」と情けない声を出してしまっていた。

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