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母の来訪

なんだか禍々しい気配を滲ませているナイフ。

見たことのない言葉が連なっている球体。

強い力を封じてあると肌に感じる数個の宝石。

ご丁寧に発動まで後一歩という所で留め置かれている魔術陣、数枚。

他にも色々。

その全てが、何らかの禍々しい気配を放っていた。


床に散らばったそれらは、騎士達によって早急に、そして的確に回収され、部屋から持ち出されていった。

一応、回収しながら解析した者の言葉を借りれば、即死はしない術ばかりが仕込んであったそうだ。そう、簡単には死なせてやらない、そういう意思が込められていたと、解析した者は顔を青褪め、今にも倒れそうにふらついていた。




僕やロゼは、殺しちゃうから駄目だね。


東方騎士団の面々の連絡を受けたグレルは、転移の術を使い村に戻り、事の成行きなどを聞くと冷静に、そう見える様子で淡々とそう言った。

それでも、その目は爛々と不気味な光を放っている。

そして、その手の中では幾つもの術を同時に組み上げ、小さな紙へと仕込んでいっていた。

待つのは気に食わない。

攻め込むか。

グレルと同じように、爛々と目を輝かせる村人達の姿は楽しげにさえ見える。

誰が行く?

どう攻める?

そう相談する村人達の背中に、思わなかった人物から声が掛かった。

「私が行くわ。」

「はっ!?いや、俺が行くって。」

それまで言葉少なめだったヘクスが突然椅子から立ち上がり、言うのが早いか準備を始めていた。

麺棒を貸して頂戴?

これから料理をするの。そう言われた方が納得するような気軽な感じで、ヘクスは夫に頼みながら厨房へと向かっていた。

そんな妻の腕を掴み、服の端を所々焦げ付かせ全身を汚したジークが、厨房へ向かうのを強制的に止めさせた。ロゼによって、八つ当たりも交えた制裁を受けたジーク。一応、使える人間を減らすわけにはいかないと手加減をされたのは、今ジークが立って動けていることから分かる。

「俺に対する嫌がらせも入ってたんだ。俺が行って、直にやり合う必要があるだろう。」

「…大丈夫なの?」

真っ直ぐ向けられたヘクスの目に、ジークは思わず目を逸らしてしまう。

和解することは出来ない。

それをするには、多分ジークでもすぐには捕まえることの出来ない女を連れ、そして引き合わさないといけないだろう。

生まれた時から知っている相手だが、逃げている最中に捕まえることが出来た試しはない。ましてや、捕まえに来る事情を視ることで知る事が出来るのだ。全力で逃げ延びるだろう。

良くて平行線。悪くて、悪化。

大丈夫、とは言いがたい。


「やっぱり、私が行く方がいいわ。」


考え事をしたせいで緩んだジークの手を簡単に振りほどき、ヘクスは厨房に向かう。

「いや、でもなぁ…」

「シリウスに会えるでしょう?」

皇太子の下に行けば。

「あ、あぁ。」

グレルとも、ロゼとも、再会出来た。ならば、長兄シリウスとも。そう思うヘクスの気持ちは良く理解出来た。だが…。

「いや。それなら、用事が終わったら謝罪に来るっていってんだから、それを待てば。」

うんうん。

村人達も、ジークの意見に賛同している。

シエルとヘクス、ほんの少し村から離れただけで、騒動の渦中に進んでいくことの多い二人だ。帝国の帝都などという、あらゆる物が集まり、その分だけ騒動の種も秘めている場所に行って、何もない訳がない。ましてや、シエルだけでも充分なところにヘクスまで。

別に村人達は、帝都に破滅などを持ち込みたいわけではない。

お馬鹿なことをしでかした、皇太子にお灸をすえたいだけ。適度に暴れ、適度に被害をもたらして撤収するつもりで、武器や術を仕込んでいる。

帝都の、善良な住民達にもまで被害を与えることなど、論外なのだ。

だが、シエルとヘクスでは、そうもいかない。二人に自覚なく、騒動が大きくなるのだから仕方が無いが。


「それに、ついでに寄っておきたい所があるの。」


「寄りたい所?」


ヘクスの目は、頭を抱えているルーカスへと向けられた。

「壊すのでしょう?」

「あっ、あぁ。」

端的。ヘクスの言葉は、ただそれだけで、何を言っているのか理解し難いものだった。

だが、それをヘクスに伝えたルーカスは、すぐに気づく事が出来た。

そして、母の事を一つ残らず聞き漏らさないようにしていたグレルも、気づいた。

「ディクス家の、別荘?」

それは、村に来たばかりの時にルーカスがヘクスへと伝えた用件。ヘクスの両親が遺したという、箱と鍵が見つかったという場所だった。


「両親が生きていた頃、暮らしていた場所だから。最後に見ておくくらいはしておこうかと思って。」


そんな事を言われてしまえば、止めようにも止められない。


「お墓も、行っておいた方がいいかしら?」


うん。行ったらいいよ。


そうなれば。

村人達は武器を仕込んでいた手を止め、出来うる限りに身を守れる道具や術を組み上げ、ヘクスが持っていても可笑しくない物へと仕掛けていく。

何があってもヘクスから離れないように、と一番重要で確かな術はヘクスの服に刻み込む。


「あ…場所は分かるか?」

ヘクスが帝都を離れたのは、十代の前半。

両親が無くなって、それまで住んでいた場所を離れたのは、それよりももっと幼い頃。

場所など覚えていないだろう、とルーカスは手近にいた村人から紙を貰い、さらさらと簡単な地図を書く。

「それで母さんが分かるかしら?」

ルーカスが書き終わった紙を奪い取り、ロゼが眉間に皺を寄せる。

「母さん、帝都の地理に詳しい知り合いが居るから。案内させるわ。」

いいこと考えた。

一瞬、そんな思いがありありと分かる表情になったロゼだったが、グレルに見られていることに気づき、顔を引き締めた。

まだ、グレルには言うつもりは無いのだから。気づかれるわけにはいかない。

「そうだな。こっちは、確実に案内が必要だろうからな。」

ロゼから紙を受け取ったヘクスにもう二枚、地図を書き上げたルーカスが、それをヘクスに渡す。

「こっちは墓の場所だ。三箇所とも、帝都でも端の方だからな。入り組んでいる所もあるし、ロゼの知り合いなら信頼出来るだろう。」

「ありがとう。」



「グレルは、"道"を出る所まで一緒だったわ。」

グレルによって発動した転移の術。グレルに手を繋がれ、転移の術の中へと入ったヘクスを、近衛隊舎に設置した出口にまで案内したグレル。「家で待ってる」そう言って引き返していった。

今、顔を見てしまうと、思いつく限りの強い魔術を編み出して、ついうっかり使ってしまいそうだから。

そう笑ったグレルの笑みに、ヘクスは幼い頃に死別した母を思い出した。

今まで思い出すことのなかった母の事を思い出すのはやはり、見に行こうと決意出来たからなのか。

「殿下。頼みがあります。」

「あぁ、分かってる。ヘクス殿の案内してさしあげてくれ。」

シリウスとしては、母の為にと休暇を申し出たつもりだった。

だが、ブライアンは命令だと告げる。

そうすることで、アルゲート家の人間に見られても言い訳がつくだろう。そんな考えの上で、ブライアンは皇太子の名を使うことを命じた。

「あっ、でも。程ほどにしろよ?」

ロゼが案内させるといった人物、それが妹の付き合っている相手だと確信している。本当に小さく、口の端を持ち上げたシリウスに、聞かずともその考えを理解したブライアンは釘を指すことを忘れなかった。

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