違和感
「あっ、そうか。」
ムウロは今の今まで、頭の片端に引っかかっていた事が何だったのかに気がついた。
議会が終わると共に、笑顔のディアナから『真実の鏡』を渡されたムウロは、それを気鬱になりながらも『死人大公』の下へと届けていた。死体を組み合わせて作り上げられた人形が、まるで生きているかのように使用人として働いている『死人大公』の居城。まだ幼い頃、人形の材料にされかけたり、人形に追い掛け回されたりと、嫌な記憶がたくさん詰まった居城の中に、心の奥にしまい込んでいた記憶を刺激されながら、心を奮い立たせ入ったムウロ。城に入ったその時から、ムウロの傍でチクチクと愚痴や嫌味を口煩く聞かせる『死人大公』フレイに耐えなくてはいけない、という苦行に精神を削り取られはしたものの、無事に役目を終え、城を後にする事が出来た。
無事に城を出ることが出来たことに思わずホッと肩を落としたムウロだったが、そんな彼を空から急降下してきた一匹のドラゴンが口に咥え、空を飛ぶことになる。あまりにも早い展開に、自分を咥えるドラゴンを攻撃し解放させることも出来たが、"なんだかもう、どうでもいい"そんな気持ちに襲われ、ムウロは大人しくドラゴンによる移動を享受した。
ドラゴンが、という時点でこれが誰の指示によるものなのかなど明白で、息子への荷物を渡されるんだろうなぁと面倒くさいと脱力感に全身を委ねたムウロ。ドラゴンはスイスイと空を飛び、ムウロの予想通り、切り立った崖の上に建つ、空を飛ぶしか出入りの出来ない『桜竜大公』ユーリアの城に降り立った。
そして、脱力感に身を委ねたおかげか、ムウロは議会の最中から頭の隅で考え続けていた"違和感"の意味に気づくことが出来たのだった。
「兄上が大人しかった。」
突如として姿を見せた姉、ディアナ。
それまで、発言者であるフレイや、彼に話し掛けられていたムウロへと向かっていた注目を一気に集め、場の空気さえ変えてしまった彼女に対し、姉が大好きなのだと自他共に認めるレイが動きを見せなかったこと、感じていた違和感はそれかと、ムウロは心をすっきりとさせた。
ディアナに話し掛けられて、それに答える。
レイがしたのは、それだけだった。ディアナを前にした普段のように、過剰な程に大袈裟な振る舞いも、恍惚とした表情も、ディアナの目に入る全ての存在に対する敵愾心も、感じさせなかった。
大公を始めとする爵位持ちが集まる場だから。そんな理由である筈はない。
では、何故か?
偽物?
姿を偽るくらい、幻視の力など方法はいくつもある。
だが、あそこにいるのは爵位を持つだけの実力を持つものばかり。その全員を騙すことなど出来るわけがない。ましてや多くの者達が、ディアナをよく知っているのだ。特に大公達などは生まれた時から、極近しい関係としてディアナを見ている。彼等を騙しきることは難しい。
それに、本当にディアナを騙る偽物なのだとしてら、レイがそれを許す訳がない。そこが何処であろうと、何をしている中であろうと、姿を見せた瞬間に真っ先にレイがいたぶり殺すだろう。
なにより、ムウロとてディアナの弟だ。
頑張ってね、とニコヤカに"真実の鏡"をムウロへと渡してきた時、何の違和感も感じなかった。あれは、確かに姉だったとムウロは断言出来る。
仕方ない。ユーリアの頼みを終えたら、レイに直接尋ねてみよう。
鼻で笑われ、呆れられ、機嫌を悪くされようが、気になることは早々に片付けるに限る。
姉に直接連絡をとり、確認することも出来るが、それをすればレイに聞くよりももっと、機嫌を悪くするに決まっている。下手をすれば、殺意さえ向けてくるだろう。
なら、レイに危機に行く方がマシだった。
そう考えたムウロは、早く頼みを終わらせようと、ユーリアが待つ部屋に向かう。武骨な雰囲気を感じさせる城の中を、自分を連れてきたドラゴンが変じたドラゴン族の少年に案内され、ムウロは足早に進んでいった。
「これらは確かに預かった。」
レイには教えない。それをしっかりと約束したシエルにホッと安堵の息を零したカルロは、再びブライアンへと体を向きなおした。
帝国内で集めたという『魔女大公』の残した鍵穴。
強固な守りが張り巡らされた神聖皇国の、その最も堅実な場所である中心部で厳重に保管される。そうカルロは宣言した。
「良かった。色々と狙われているようなので、帝国としては厄介だったんですよ。荷が降りて安心しました。」
「狙われている?」
「色々と、大変なことが起こっているようですよ?」
含みのある笑みを浮かべ、ブライアンは首を傾げる。
私も詳しくは知りません。『目』で見た物を繋ぎ合わせて予想するだけですから。
カルロは口元に手を置き、少しだけ目を伏せた。
「…お前の母は今、何処に居たのだったかな。」
そして、本来の『目』の持ち主であり、世界中を移動しているブライアンの母に聞いた方が詳しく聞けるだろう、そうカルロは判断を下した。
分け合った『目』によって居場所を知ることの出来るブライアンは、カルロの問い掛けにそんなに時間を掛けることもなく母が最近居た場所を明かす。
「パルス国でしたね。数日前に『目』の印を残したのは。」
「分かった。」
「あっ。母を確保出来たら、いい加減顔を見せて欲しいと伝えておいて貰えませんか。」
「…まぁ、いいだろう。伝えるよう、指示は出しておく。」
自分で伝えろ。そう言いたいとカルロの顔には書いてあった。だが、『目』の本来の所有者として全てを見通すことが出来る者を捕まえるのは、居所が分かっていても至難の業。カルロの指示を受けて派遣される聖騎士達でさえも確率は低いだろう。息子から伝言を預かっている。嘘ではないそれを掲げておけば、確立はあがるかも知れない。そう考え、カルロはブライアンに承諾を示した。
「良ければ、また母の話し相手をしてやってくれないか?もうしばらくは、寝台から出ることないだろうから。」
暇を持て余してそろそろ騒ぎ出す頃だ。
困ったものだと言い、苦笑を浮かべたカルロがそうシエルに頼んだのは、シエルとブライアンが箱庭から出る為に扉を潜ろうとした時だった。
箱庭から帰るのは、来た時と同じように簡単だった。
鍵を手に持ち、帰りたい場所を思い浮かべるだけ。
それだけで、扉はその場所に繋がってくれる。
今回シエルが思い浮かべたのは、シリウス達が待つ秘密の宝物庫の入り口だった。
「はい。」
カルロの頼みに、シエルは満面の笑みで了承した。
シエルにとって、落ち着いたお姉さんという印象の強いディアナが、暇だと騒ぐ姿は想像しにくいものだったが、病気が治りかけている時のどうしようもなく過ぎ去る時間には心当たりがあった。シエルが風邪を引いた時などは、村人達が入れ替わり立ち替わり、話し相手をしてかれていた。
だから、ディアナと話をして欲しいという申し出は、色々と話したいことも出来ていたシエルにとって、喜んで引き受けるものだった。
そして、『遠話』で話しかける時に一番最初言うことは決まっている。「無茶しちゃ駄目だよ」と、カルロの心配そうな雰囲気や、きっと聞けば心配するだろうレイやムウロの事を思い、そう言おうとシエルは決めていた。




