表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/364

初めまして ③

このような暴挙を行ったこと深くお詫びいたします。

本来であれば使者を派遣し、正式な依頼をもって招くことが正しい手順であることは重々承知しております。ですが、至急御息女にお願い申し上げたいことがあり、このような手段を取らせて頂くこととなりました。御母堂におかれては、詫びの言葉など不要とお怒りのことでしょう。決して、御息女を害することも、その名誉を汚すような行いなど無いことを、我が名と帝国の名において誓約致します。御息女は今日中に無事送り届けます。その際には、私もお詫びに伺わせて頂きたいと考えております。


そう書かれた紙が誰の目も向けられる事無く、テーブルの上に置かれたままになっていた。

傍らに座っているヘクスの目も、武装を整えていく村人達へと注がれていて、このままでは謝意を示す文は誰の目にも留まることなく、高揚していく村人達は食堂から出て行ってしまう。その可能性が大きかった。




「初めまして。」

「あぁ、初めまして。すまないな、こんな出会いで。」

男女の違い、年の違いはあるものの、母親に似たシエルとシリウス。そんな二人が一つのソファーの上に座り、照れ笑いを浮かべあっている。シリウスのそんな表情は珍しいらしく、周囲からどよめきや含み笑いが聞こえてくるが、そんな反応をシリウスは完全に無視してシエルを見ていた。

今、シエルは王宮の一角にある近衛騎士用の隊舎の一室に居た。目を閉じたまま、シリウスに抱き上げられて移動したシエルは、濡れてしまった服をシリウスの仲間が用意した服へと着替え、お菓子にお茶に、騎士達に囲まれながら高待遇を受けていた。

用意された服は、素朴ながら可愛らしい服だった。移動の中に、どんな服がいいかな、とはしゃぐような男達の声を聞きながら、シエルは不安に襲われていた。それを言うのも、グレル達の買占めやら屋敷を買う発言などを聞かされた事で、高そうなドレスとかを用意されたらと考えてしまったのだ。そんなものを着る事になれば、一歩も動けなくなる。一歩でも動けば破いてしまうかも知れないという自信がシエルにはあった。

だが、それも一部の騎士がシエルの心情を配慮してくれたおかげで回避出来た。こういった方がいいだろう?そう言って差し出された服を見た時のホッとした表情のシエルは、彼らに和やかな笑みをもたらしたのだった。

「ううん。いいの…多分、皆心配してるけど…」

兄の謝罪に、シエルは首を横に振った。だが、その脳裏に自分が消えた時に周囲に居た母や父、姉、そして村人達が心配しているだろう姿が浮かび、その表情は少し沈んだものになる。

「あぁ。すでに、助けに来ようと準備をしているだろうな。本当にすまない。」

心配する姿を思い浮かべたシエルとは違い、シリウスの脳裏には着々と闘う準備を整える村人達の姿が浮かんだ。シリウス達兄弟が村に居た頃にも、冒険者というよりも無法者と呼ぶ方が早いような者達によってヘクスが傷つけられた事があった。その時の村人達の様子と同じものが今、村で起こっていることが容易に想像出来る。その中に、妹や弟の姿も混ざることも当たり前のように予想出来る。


「それで、殿下。どういうおつもりですか?」


そこで初めて、シリウスはシエルから視線を外して、テーブルを挟んだ向かい側に腰掛けている皇太子ブライアンを睨みつけた。

気心の知れた者しか居ない此の場に、それを不敬だの何だの騒ぐような者はいない。むしろ、大変な事を仕出かしたブライアンに何とも言えない視線が集まっていた。

ぷくふくくくく

そんな視線を浴びているにも関わらず、自分の腰掛けるソファーの背に顔を沈め、皇太子ブライアンは肩を震わせていた。

シリウスの問い掛けに中々答えられずにいるブライアンには、ますます冷たい視線が突き刺さる。

「笑い事ではありませんよ、殿下。」

「そうです。人攫いした挙句にあんな場所に落とすだなんて。」

批判の声がブライアンへと投げつけられる。

「いやいや。私だって、そこまでは想定していないさ。まさか、シリウスが湯浴みをしている時になるとは…。」

ようやく笑いを収めたブライアンが顔を上げ、シエルに向かい合った。

「流石、という所か。」

木々の生い茂る森の奥深くを思わせる緑の目がシエルを真っ直ぐに映し出した。そして、ブライアンが呟いた言葉はシエルの耳にも届いたが、それが何を意味するのか分からず首を傾げるしかない。シリウスから帝国の皇太子だと教えられたとはいえ、知らない人にジッと見つめられているというのに嫌な感じを受けることなく、何故か親近感すら覚えるのはどうしてだろう。自分の中に生まれた違和感に、シエルは隣に座るシリウスの腕に身を寄せた。


「あの村の住人を敵に回すなどと、陛下がお知りになったら…」

「いや、早く知らせるべきだろう。王都に在地している全軍に対して緊急事態を通達するべきだ。」

「早急に彼女を帰さなければ、被害は甚大なものになりますよ。」


ミール村の噂をあれやこれやを、目上の者達からも聞かされている騎士達は、顔を引き締めていた。

伝説とも呼べる所業の数々を名前と共に聞くことが出来る村人達が可愛がっているというシエル。そんな彼女をこんな形で連れ出したのだ。怒り荒れ狂って助けだそうとするのは極自然のことだろう。


「陛下は全て御存知だ。シエル嬢には、私と父上からの依頼を受けて貰いたくてね。」


まぁ、落ち着け。

場の空気を打ち破るように、ブライアンは宥めた。

シエルを召喚した事が、皇帝の意向も含まれている行いだと聞かされ、シリウスを初めとする室内に居た全てが口を閉ざし、目を見開いた。

「依頼?」

「そう。届け物をね、頼みたいんだ。」

なんで?

シエルは声にならない言葉を口にした。

シエルが、迷宮内で届け物を運んでいることを、何故皇太子が知っているのか。

「それならば、正式な手順をもって招けば…。」

ブライアンの傍に控えていた文官らしき、室内に居る者達の中では年嵩の男が戸惑いながらも提言した。だが、それをブライアンは落ち着いた様子で一蹴した。

「それでは遅いし、気づかれる危険があった。それに、そんな事をしてみろ。喜ぶのはアルゲート家だ。貴族達は喜んで彼女達家族を貪ろうとするぞ?」

ブライアンの言葉の最後は、シリウスへと向けられたものだった。

アルゲートとは血の繋がりなど無いシエルだが、シリウス達の妹だ。それを良い事に、皇太子の招きを受けた少女の後見はアルゲートであると声高々に囀るだろう。後見にはなれずとも、と欲深な貴族達はヘクスに近づき身勝手な争いを始めるだろう。

貴族社会に身を置いているシリウス達全員は、そんな光景を思い浮かべ、苦々しい表情を浮かばせていた。

「大丈夫だ。シリウス、お前とシエル嬢が話す時間を作ったとしても、今日中に家へと帰って貰う事は出来る。そう難しい頼みではないし、彼女には一切危害は無い。」

頼む。

そう言うと、皇太子ブライアンは深々と頭を下げた。

それには、皆が息を呑んで驚いた。

国の文化の違いは多々あれど、王族が頭を下げる事の重大さに変わりは無い。それが、ただの王族ではなく、王位を継ぐことがほぼ確定している皇太子ならば尚の事だ。

公の場では無いにしろ、それは異様な行為だった。

「殿下!!」

シエルの件に関して嗜めていた者達も、流石にそれはと声を張り上げて制止する。

だが、ブライアンは頭を上げはしたものの、それは当たり前のことだと言い放った。

「彼女に頼むことには、この帝国の存亡に関わるやも知れないことが関わっている。これくらいは当たり前のことだ。」


「…それは母達に伝えましたか?」


その辺りの事情を伝えていれば、少しは村人達の怒りを抑えることは出来るかも知れない。母の不安も緩和することが出来ているかも。

そんな思いで、ようやくシリウスが搾り出した言葉。

ブライアンはそれに対し、あぁと頷いた。

「転移の術を仕込んでおいた紙に発動した後、謝罪の言葉が出るようにして貰った。」


「…気づいてないと思う。」

「…気づいてはいないだろうな。」


重なったシエルとシリウスの言葉。

そのタイミングも、それを言い放った表情も同じ。初めて会ったとはいえ、そこには兄妹という血の繋がりが感じられた。


「……あぁ、本当だな。」


シエルとシリウスの言葉を受け、ブライアンが瞼を落とした。

その口から、まるで村の様子を見たような呟きが漏れる。

そして、数秒後に開いたブライアンの目に、僅かな変化が起こった事にシエルは気づいた。

先ほどまで正面からシエルが見たブライアンの目は両目共、深緑を思わせる緑だった。

けれど開いたブライアンの右目は、光へと掲げた翡翠のような、透き通った緑色。僅かに光を帯びえているようにも思える透き通ったその目に、シエルは惹きつけられた。


「困った。気づいてもらえないとは思っても見なかったよ。これもまた…。」

「さっさと気づくよう促して下さい。」

「分かった。分かった。」

部下からの苛立ちが混ざった声に、ブライアンは苦笑を浮かべて応じた。


「その目…。」


「君と同じだよ。」

説明するよ。

ブライアンの目に感じ取ったものに驚いているシエルに、ブライアンは笑いかけ、その両目を閉じた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ