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指輪

「はぁ!!?ちょっと待て、今なんて言った!!?」

力こそを最上のものとし、神聖皇国では忌避される獣人も、そして魔族さえも受け入れ広大な勢力を持ち得た帝国には多くの人が住む。その中心である皇都ともなれぱ、様々な姿形、思考を持った人々が豊かな生活を営んでいることを想像するのは容易いことだろう。

皇都の中心である皇宮に四方から伸びる本通りよりは狭いものの、日常に必要なものなどを手頃な値段で売買する店が並んだ通りには、もうすぐ夕飯時という日暮れということもあって、多くの人影が行き交っていた。

だが、その通りから少し建物の隙間へと離れれば、そこは薄暗く人影もあまり無い。人影があるとすれば、人の多い大都市につきものの後ろぐらい生業に身を浸すもの達だと予想出来た。

そんな場所で、人の目を避けていると言わんばかりに建物の壁に向かい腰を屈めた状態で一人、叫ぶ男の姿があった。

怪しくて仕方がない姿だったが、幸いなことにそれを目撃する者は誰もいなかった。まぁ、居たとしても見なかった事にして慌てて立ち去ることだろう。こんな場所を移動に使うような者達にとっては、男が纏っている群青色の制服は、薄暗かろうが目につく程に警戒する敵-皇都の治安維持を担う警羅隊であると主張するものだからだ。

「おい!こら、待てって‼首輪って…おい、ロゼ!?」

表通りから届く光を反射して、男が声を荒げて覗き込む手のひらの中の手鏡が存在を知らしめた。


「クイン隊長、どうかしたんすか?」


手鏡を上下に振ったり、軽く叩いたり。手の中の手鏡を睨みつけている男、警邏隊隊長クロンの背に知った声が届いた。

慌てて手鏡を懐へとしまったクインは振り向き、表通りからの光を背にして立つ部下の一人ジャスティンへ暗い金の目を向けた。

「なんでもない。どうした?」

「いや、例の取引の情報が手に入ったんで集合だって、副隊長が…。」

クインにとって幸いなことに、ジャスティンはクインの怒声は聞いていなかったようで、少し戸惑うだけで深く追求しようとはしなかった。

「ケイスが?分かった、すぐ行く。」

「はい。本部になります。俺は他の奴等に伝えに行ってくるんで。」

お願いします。そう言って、ジャスティンは通りに出て行った。

クインの右腕である副隊長のケイスは、姑根性と影口を叩かれ、そして恐れられる警邏隊の纏め役。自分の立てた時程を狂わされればグチグチと、それこと一応上司であるクインさえもいびるような性格だ。それを知っているからこそ、ジャスティンはクインの様子に首を傾げながらも、早々に次の行動へと移っていった。


そして、完全にジャスティンの気配も感じられなくなった頃になって、クインは額に手を置き、胸の奥深くから思い切り息を吐き出した。

「…首輪を用意したから、帰るまでに覚悟くらい決めときなさいよ…だと?あの女…それは普通、男のやる事じゃねぇのかぁ?」

今は帝国の端、変性の起こった迷宮に居る筈の恋人を思い出しながら、覚悟出来るわけねぇだろうと体を震わせていた。



「あら、これいいわね。」

レテオの下を後にして、シエルとロゼはカルタの店へと来た。

装飾品を作っていると言っただけあって、建物に入るとあちらこちらに繊細な細工が施された装飾品の数々が並べられていた。

グレルが依頼したという代物を見に来たシエルとロゼだったが、そこはやはり女の子。キラキラと輝きながら並んでいるピアスやネックレス、指輪などに目を奪われ、感嘆の声を上げていた。

そして、その中でも年頃であるロゼの目を引き、手を伸ばさせたのは、竜の意匠が施された指輪だった。

ロゼは、顔の前まで持ち上げて自分の指に嵌めてジッと指輪を見つめている。だが、男性用らしい指輪はロゼの細い指には大きく、指の中でユラユラと揺らめいている。指を下向きにすれば留まることなく落ちていってしまうだろう。


ふふふ


それを身に付けた誰かを思い浮かべているのか、含み笑いを浮かべたロゼ。

そんなロゼの指に嵌まった指輪を、ロゼよりも背の大分低いシエルは背伸びをして見上げて見た。


口を大きく開けて牙を剥き出しにした竜の意匠が施された指輪。竜の口の中に、緑の小さな宝石が埋め込まれている。


「首輪代わりにいいわね。」

「首輪?」


うっとりと指輪を見るロゼの口から、おかしな言葉が放たれた。

それに驚いたのは、シエルだけでなく、二人の様子を番台の上から窺っていたカルタもだった。


グレルには内緒にしてね。

口元に人差し指を立ててシエルに頼んだロゼは、頬を少しだけ赤く染めた。

「今、付き合ってる人が居るんだけどね。その人が全然覚悟を決めてくれなくて困ってるのよ。これ嵌めさせたら覚悟くらい決めてくれるでしょ?」

最近何処かよそよそしいっていうか、のらりくらりかわされるのよね。

「そりゃ、普通男からするもんだろ。」

口を挟むつもりは無かったカルタも、思わず呆れた声を出していた。

「お兄ちゃんには内緒なの?」

秘密にする必要が分からず、シエルは戸惑った。

「シエルも好きな人出来ても、グレルや兄さんには言わない方がいいわよ。あっ、でも私には迷わずに教えてね。ちゃんとした人かきちんとチェックしてあげるから。」

ニィィィィッコリ

ロゼがシエルに向けた凄みのある笑みに、シエルはエェッと困った顔を浮かべた。そんなシエルに、カルタが「姉貴にも言わねぇ方がいいんじゃね」と引き攣った顔となっていた。

「…えぇっと…あっ!お母さんにはいい?」

「そうね。…う~ん。首輪を嵌めたらすぐにでも、母さんの所に挨拶に来させるから、それまでは内緒にしてね。」

「うん。分かった。」



そして、指輪を現金一括払いで購入したロゼは、手鏡の形をした通信魔道具から付き合っているという相手に連絡を取った。

-「首輪は私が買ってあげたから、帰るまでに覚悟決めておきなさいよ」

手鏡の中から、戸惑いの交じった怒声が返ってきていたが、ロゼはそんな言葉を一切無視し、笑顔で通信を切っていた。

「ふっふふ。楽しみだわ。シエルも楽しみにしててね、お兄ちゃんが増えるのを。」


まだ上の兄に会ってもいないのに、兄が一人増えると言われても…。


なんて事を思い、困ってしまったシエルだった。

でも、ロゼが選んだ人ならきっと良い人で、そんな人が兄になるのなら楽しみだなとも思う。




「なぁ…ケイス。結婚の挨拶って、何か手土産いるか?」

隊員達のほとんどが集まっている警邏隊本部の会議室に着いたクインが、唐突にそんな事を隊員達の集まりを事細かに見ていた相棒に問い掛けた。

はぁ?とケイスが眉を顰めたのは言うまでもない。

「そりゃあ、手ぶらでお嬢さんを下さいなんて言やぁ、嬲り殺されても文句は言えんな。」

頭髪の無い頭を掻いたケイスがシミジミと頷きながら、クインの問い掛けに答えた。自分も幼い娘がいるケイスの手元では、書類を記す為に握っていたペンがミシリと音を立てて粉砕してしまっていた。

「なんだ、そんな相手が…あぁ、あれか。」

墓には何を供えるか。

付き合っている相手がいるなどど聞かされてはいなかったものの、日頃の言動や行動でそれが誰なのか当たりをつけることが出来たケイスは、クインの絶望的な未来を予想して、すでに葬式や墓の心配をし始めていた。

「殺すなよ。いや、死ぬかも知れないけどよ。」

あぁ困った。

帰ってきて欲しいような、欲しくないような。

「その場合、お前の方の親にも挨拶に行くんだよな。確か、母親が居る故郷は遠いってたな。なら、早めに休暇届けは出せよ。」

あぁそれもあった。

複雑な思いを抱いて、クインは確実に来る未来に向けて、脳内でシミュレーションを繰り返していた。

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