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ムウロの苦難 ③

「駄目よ、叔父様。私のお友達に何をしようも言うの?」

するのなら、アルス叔父様にだけって事にしてください。

「おい!」

「アルス叔父様なら大丈夫。だって、頑丈ですもの。」


突然聞こえた此の場にあるはずのない声に、その声に覚えのある者達は目を丸めた。

滅多に表情を変えることのない者達に間抜けにも見える顔をさせ、緊迫な空気を生み出していたフレイやムウロからも声を奪った。その声は、アルスの登場で注目を集めていた最上階から降り注いだものだった。


「ディアナ?」

「姉さん?」


その声の持ち主の姿は、すぐに見つけることが出来た。

ひょっこりとアルスの隣から、最上階のへりに手をつき僅かに身を乗り出す、真っ白な髪を宙に垂らしたディアナの姿。


100年程前に魔界から姿を消し、それ以来姿を見せることの無かった『夜麗大公』の愛娘ディアナが、まるで何事も無かったかのようなニコヤカな笑顔で、ヒラヒラと手を振っている。


「おやおや。家出娘の帰還かね。それにしても、母の下にでは無く城に姿を見せるとは、どういうことかね?」

ディアナと同じ目線に、縁に寄った『毒喰大公』が姿を露にした。

好々爺然の笑顔を浮かべた、白く長い髭に目が集まる『毒喰大公』ガルストは、その穏やかな気質によって幼い頃のディアナやムウロ、そして『魔女大公』アリアと関わることも多かった。その為、今もディアナを見る目には、孫を見る祖父のような慈しみに満ちた光が宿っている。

「それでも良かったのだけど、いきなり現れたら皆が驚いてしまうでしょう?だから、誰も居ない陛下のお城なら、と思ったのです。でも、まさか議会が開かれてるなんて。」

ビックリしました。

それはこちらの言葉だ!なんて声が一部から、本当に小さく上がる。それは、レイの命令によってディアナを探させられた事もある吸血鬼族の爵位持ちだったり、ディアナと交流がある者達から思わず出てしまった声だった。

「でも、久しぶり過ぎて城の中で迷子になってしまって…。困っていたらアルス叔父様にお会い出来て、此処まで連れてきてもらったの。」

「此処に来ようと歩いてたら、こいつが普通に歩いてんだよ。俺の方が驚いたってぇの。」

どう迷ったらあんな所に行けるんだよ。

呆れ果てているアルスの言葉を微笑みを浮かべてディアナは受け流した。

「議会が終わったらレイかムウロに連れて行って貰おうと待っていたら、フレイ叔父様の口から大切な友達の話が出てくるし…。」

「驚いたなぁ。アルスの魔女がお前のお友達だなんて、僕知らなかったよ。」

肩を竦め、これは本当だよとフレイは主張する。

「最近出来た友達なの。私がこうやって顔を出してもいいかなって思うきっかけを作ってくれた子なのよ。そうだわ、レイ。シエルちゃんに贈り物をしたんですって?」

「姉上の大切なお友達は、私にとっても大変好ましい方ですから。」

それくらい当たり前の事です。

ディアナとレイのやりとりで、シエルというアルスの魔女に何かがあれば、レイ自身が、そしてレイが従える吸血鬼族も動くということをこの場にいる全員に印象付けることとなった。それだけ、レイの姉へのシスコンぶりは知れ渡っていた。

フレイにしても、二つの勢力を同時に相手にしようとは思う訳もなく、小さくした舌打ちを漏らして、椅子の上に体を投げ打った。

「まぁ、アルスの魔女については別にそんなに興味があるって訳でもないし…。僕が興味を持っているのは、アルスのしている悪巧みだもん。」

別にいいもんね。頬を膨らませて、投げ出した足をバタつかせる姿は、本当の幼子のようだ。

「もぉ…折角お土産を持ってきたのに、こんな雰囲気では渡せそうにありませんね。…フレイ叔父様へのお土産が絶対に、一番喜んでもらえると思ったのに…。」


「お土産?」


あまりにも、この場に、そして今まで流れていた空気に似つかわしくない言葉に、何人の思考が停止し始めただろうか。

「えぇ、地上で偶然見つけて、叔父様が喜ばれるかなって思ったのですよ?」

ほら、これくらいの。ディアナが空中に指を使って四角い枠を描く。

「叔父様が前から欲しがっていた、陛下お手製の、あらゆる真実を暴く"真実の鏡"。姫姉様と共に消えたのを、前から探していらっしゃったでしょう?ご心配をおかけしたお詫びに渡そうと思ったのに…。」

「ちょ、待って、待ちなよ!」

いらないなんて言ってないよ。ディアナの口から出た、フレイが手に入れたくて仕方が無かった物の名に、一瞬停止していた頭が慌しく動き出し、再び椅子の上で身を伸ばした。

「本当に"真実の鏡"なの?」

「アルス叔父様にも確認して貰いましたもの。」

「あぁ、しっかりと本物だったぜ?」


アルスが仔犬の姿から元に戻れているのは、それのせいか。

あぁ、ムウロは小さく納得の声を上げていた。

あの姿のまま城に遅れてやってきたアルスに、鏡を持ったディアナが遭遇したのだろう。そして、鏡にムウロの姿を映し、真実の姿を鏡の力によって暴かれ、元の姿へ戻ることが出来た。そんな所だろう。


「…分かったよ。分かりました。何もしない。しないから、お土産を頂戴?」

両手を挙げて、降伏を宣言する。

あまりにもあっさりと口にされたそれに、議会には息を呑む音が響き渡った。

大公達にとっては暇潰し程度の軽い口争い、それでさえも負けを自ら認めることをしない。そんな彼が、素直に負けを認めて、ディアナに希う姿に、知る者も知らぬ者も"真実の鏡"という存在への興味を引き立てることになった。


真実の鏡。

それの事を、ムウロはよく覚えている。

見た目は何の変哲も無い只の鏡だった。けれど、その鏡に映し出された者が偽っている姿を暴き、強制的に本来の姿に戻してしまう光景は、幼いムウロには身の毛もよだつもので、しばらくの間悪夢に見る程のものだった。

最早誰も知る者のない『死人大公』の本来の姿を暴き出した時も、ムウロは見ていた。

飄々とした姿しか見たことの無かったフレイが怯え、狂ったような苦痛を訴える絶叫をあげ、身体を歪ませる姿は本当に恐ろしかった。今でも、思い出すだけで身体が震える程だ。


あれは、フレイが一騒動を起こした事への、魔王による気紛れも交じった仕置きとして行なわれたことだったが、フレイにしてみれば自分を害することが出来るものが何処にあるか、誰の手元にあるかも分からない状態に恐ろしさを感じていたことだろう。見つけたのなら、どんな手を使おうとも絶対に手元に置いておかねば安心は出来ない代物といえた。


「叔父様なら、そう言われると思ったわ。ムウロに運ばせますわね。」


「えっ?」


突然の姉による名指しに、ムウロは開けた口を閉じる事を忘れてしまった。

どうして、そこで自分の名前が出るのだろうか。

呆けた顔のまま見上げたムウロに、お願いねとだけ言ってディアナが微笑んでいた。

そのディアナの姿に、ほんの少しの違和感を感じたムウロ。たが、ディアナの指名によって向けられた、フレイや、何時の間にやら最上階のそれぞれの部屋の縁に姿を寄せて現れていた大公達の視線に、それどころでは無いと、すぐに頭の端に追いやっていた。


「なんで…僕なのかな?」

ようやく搾り出した言葉を、ムウロはディアナへと投げ掛けた。

その問いに対する返事は、すぐにディアナから返ってきた。

そこでも、何かの違和感をムウロは感じた。だが、それが何なのかは戸惑いに追われているムウロの今の頭では思い浮かばなかった。

「だって、フレイ叔父様は『お届け物係』に興味を持ったみたいだから。なら、鏡を届けて貰って体験してみればいいと思ったの。」

良い考えじゃない?

「あぁ、そりゃあ良い考えだな。俺がシエルにさせてる事が気になってたみたいだもんなぁ、ちび介は。」

ディアナの言葉に、隣でニヤニヤ笑いながらアルスが賛同した。

「届け物?」

「何、それ?」

大公達の興味を引いたようで、姿を見せていた大公達からも声が上がった。

全身を締め付けるかのような造りのドレスを纏った『桜竜大公』ユーリアが薄紅色の長い髪をフワフワと揺らして首を傾げて、ディアナに問い掛ける。

「地上の物や、手に入りにくいものを届けるお仕事を、私のお友達がしているの。ムウロは相方として、その手助けをしてくれているのよ。」

ニコニコと、ディアナはユーリア達の疑問に答えた。

そして、再びムウロに目を向ける。

「魔女とはいえ、シエルちゃんが魔界に来るなんて出来ないでしょ。シエルちゃんがいけない場所に、相方である貴方が代わりに届けるのは当たり前のことでしょ?」


「そんな面白い事をしているのなら、私も一つ頼むとしようかしら?ムウロ、フレイの所に寄った帰りにでも寄りなさい。」


ディアナの提案はムウロの承諾の無いまま、決定したらしい。

釣り上がって気の強そうな印象を与えるユーリアの、金色に光る蛇のような目がムウロに向けられていた。

「私の放蕩息子が地上で人間の真似事をして遊んでいるのよ。人の母は、遠くで暮らす子に荷を送るものなのでしょう?」

ムウロがよく地上に出ている事を知っているユーリアは、何時かは忘れてしまったが小耳に挟んだ知識をムウロに聞くことで確認した。

「え、えぇ。確かに、そういう事はするみたいですね。」

「ふふふ。何を送ろうかしらね。しばらくの間は暇を潰せそうだわ。」

ユーリアの言葉に何度も呼び出されそうな予感に襲われたムウロは、げんなりと肩を落として、頭を抱えていた。

遠巻きに見ている、格下である筈の男爵達からも生暖かな視線を送られても、睨み返すことさえ出来ずにいたムウロの肩を、アイオロスが軽く叩いた。

「頑張って下さい。」

そんな励ましの声が、どうにか逃げ道を考えようと頭の中で足掻いていたムウロにトドメをさした。




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