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ムウロの苦難 ②

最悪。


その言葉はもちろん、壇上にいて椅子の上でゆったりと座っていたフレイにも届いていた。

「なぁに?それって認めるってこと?」

大きな背もたれにもたれ掛かっていた体を前のめりにして、フレイは顔を輝かせてムウロを壇上から見下ろした。

にたり。

そんな音が聞こえてきそうな、イヤらしく歪むフレイの顔が、認めろ、そして大きな戦いを巻き起こせと語っている。


『死人大公』が、戦いという行為を愛で、渇望していることは有名だった。

その思いは、大公の中、いや爵位持ちの中でも一・二を争う。

だが、それは敵を駆逐したいとか、領土を広げたいなどという考えからではない。『死人大公』が戦場に求めているのは、体なのだ。

今も、前のめりになって伸ばした高揚に染まった顔に繋がる首には、くっきりと横に伸びる赤黒い線が見える。死体や魂を操る『死人大公』は、支配下に置いた死者の体を利用し、己の体として付け替える悪癖を持っている。今使っている、その可愛らしい頭は確か500年程前に手に入れたお気に入りだった。その日の服を選ぶように、靴を選ぶように、『死人大公』は頭や手足、髪や目を長年を掛けて集めたコレクションの中から選んで使う。一度戦いが始まれば、勇敢な戦いの末に死した者達の体の、気に入った部分を嬉々として集めていく。彼の好みは、強い想いを抱いて死んだ、その想いを残した肉体。戦場は彼にとってかっこうの狩場となる。


「一つ、問う。」


さぁ、どうしよう。

別に父親が戦いに駆り立てられようと知ったことではないが、何処まで真実を混ぜた事情を話せば自分が解放されるのか、シエルを巻き込まずに済むか、その判断に困る。

そうムウロが考えた時に、その声は降り注いできた。

ムウロがよく聞き知った声。

魔界においても、大公達に次いで注目を集める者の声を、聞き間違える者は此の場にはいなかったとみえ、誰も彼もが迷うことなく、その声が発せられた場所を見上げていた。


場所は、最上階よりも一つ下。

細かく区切られた部屋の一つに、冷たい目で壇上を見下ろすレイの姿があった。『麗猛公爵』の横槍に、誰もが固唾を飲み、そして事の当事者であるムウロにも目を向けた。

ムウロとレイが兄弟ということは誰もが知っている。

だからこそ、格上にある『死人大公』に対しても、その反感を買うことを厭わずに声を上げたのか。

皆がそう思ったことだろう。


「何故、子爵位の貴様が鍵を所有していた?それは、限られた近しい者にと『魔女大公』が手渡していたもの。『銀砕大公』や母上『夜麗大公』でさえ、用のある一時のみ与えられただけだった。それを、何故子爵如きが持っている。」


だが、レイ自身はムウロを一瞥することもなく、『死人大公』にも視線を送ることもなく、ただ『奏草子爵』ヴィーへと鋭い眼光が降り注ぐ。


「なぁに?麗しい兄弟愛?君って、そんな子だったっけ?」

からかうような言葉を、フレイはお腹を抱えて笑う中に吐き出す。

それさえもレイは完全に無視した。不敬。格上に対して、それは不敬でしか無い態度だ。怒りを買って、殺されても文句は言えない。

だが、フレイは椅子の上で笑い続けるだけで、怒りを露にする様子も無く、しまいには笑い過ぎで咳き込んでしまっていた。


「貴様ごときが姉上と同格だと?」


憎憎しげにレイの口から吐き出された言葉は、一瞬フレイの笑いを止め、そして笑い声も出せない程の爆笑をフレイにもたらした。


そこかよ。


そう思ったのは、この場に居る大半の者だった。


大戦が起こる以前、『魔女大公』が己の箱庭に自由に入ることを許し鍵を与えたのは、魔王と従者、そしてディアナ。よく箱庭に遊びに行って何日も会う事が出来ないことにヤキモキして嫉妬の炎に身を浸していたレイはよく覚えている。ディアナの持っていたその鍵は勇者へと渡ったと知った時は、どれだけレイが狂喜した事か。

そんな鍵を、レイからすれば腕の一振りで殺してしまえるような格下の者が持っている。姉ディアナと同じものを持っている。ただそれだけで、レイにとっては憎らしい存在のように思えてならなかった。


公爵位の内では随一の、大公達にさえ迫る魔力が、レイの心情も相まって無意識の内に漏れ出る。

レイの両隣などにいた公爵達も、下の階にいる侯爵達も、その漏れ出た魔力に当てられ青褪めた顔を引き攣らせる事態に陥っていた。


「鍵は、魔女姫様より役目を与えられ賜りました。」


ヴィーの口からは、辛うじてそれだけが紡がれた。

魔力の帯びた殺気が、真っ直ぐにヴィーへと降り注ぎ、緑色の肌がより一層青く強張っている。

「役目?」

箱庭の中は、魔女の意思のままに保たれる。環境も時間も、何もかも、全ては主である魔女の支配下だ。そんな中で、子爵位にしかない弱い者に何の役目が任されるというのか。


「箱庭の中の、植物とかの手入れって奴だな。」


「アルス?」

「父上?」

何故?

フレイとムウロの、言葉にはならなかった問いは、如実に顔に出ていた。

このまま姿を見せないとばかり思っていたフレイ。その姿が、小さな子狼のものから、しっかりと元通りの人型の姿に戻っていることに驚いたムウロ。内容は違えど、アルスの存在を疑問に思ったのは同じだった。


ヨッ

今の状況が分かっていないのか。まるで道ですれ違った時のような気安さで、手をあげて笑うアルスの姿が、空席だった最上階の部屋の一つから乗り出していた。


「『魔女大公』は、植物の世話だけは壊滅的に下手だったんだよなぁ。他の魔女の箱庭みたいに植物を造り上げておけば世話なんていらないってぇのに、それを拒んで本物を用意して、そのくせ、すぐに枯らしてたんだよ。それに呆れた陛下が箱庭に送り込んだのが、そのヴィーだ。手入れを入念にさせる為に、鍵も与えられたってわけよ。」


ヴィーは、地上に生えていた大樹が魔力を帯びて生まれた稀有な魔族。その出自故に、どんな植物であろうと最良の状態に保つ術を心得ている。だからこそ、魔王から『魔女大公の箱庭』の惨状をどうにかしろと命を受けることになった。


アルスの懐かしそうに笑いながらの説明に、『魔女大公』を知る、当時から変わらずに爵位を持ち続けている者達は、呆れながらも彼女らしいと笑うのだった。


「で?なんだ、ちび介。俺が意地汚い泥棒ってか?笑えることを言うようになったじゃねぇか。」


「別にぃ。やりかねないし、姿を見せないからそうかと思っただけだも~ん。」

「あぁ?」

「だってぇ、ちゃんと大切なお話だよって連絡しただろ?」

「いきなり召集されたってなぁ、こっちにだって事情ってもんがあるんだよ。」

舌を出して、子供のように侮蔑をアルスに向けたフレイ。

それに対して、アルスも「ばーか、ばーか」と子供のような言葉を吐いて嘲笑を向ける。

高位にあるもの達の、あまりにも子供染みた行いに、周囲の下位にあるもの達は顔を引き攣らせて見守ることしか出来ない。

声を挟むことが出来る同格の大公達や、レイ、そしてムウロなどは、馬鹿馬鹿しいと呆れて声も出さなかった。


「事情?それって、あれだよね。人間の子供を使って企んでる何かだよね?」

突然迷宮を大きくしちゃってさ、僕のまで一つ巻き込んでるよね。今まで持たなかった魔女まで作って、ムウロまで与えて。一体、何をしようっていうの?


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