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ムウロの苦難 ①

「僕はね、犯人はアルスだって思ってるんだよね。」


静寂に包まれた室内に、そんな声が重く響く。


魔界、かつて魔王が統べていた土地が地上から切り離されて出来た空間の中心には、荘厳な雰囲気を常に放ち佇む城がある。主である魔王亡き今も魔王城と呼ばれ続けている、魔界、そして全ての魔族にとっての中心となる場所だった。魔界の統治者という覇権を争い、封じられて限られた魔界の土地を爵位持ちに限らず魔族達が奪い合っている中、魔王城と、魔界全体から見れば猫の額程しか無い周辺の土地は誰の物にもなることは無かった。誰が言い出した訳でもなく、自然と不可侵と定められている。

魔王城に足を踏み入れてる事が許されるのは、ただ一つの理由でのみ。魔界、魔族という存在における重大決定を必要とする場合にのみ、爵位持ちが命さえも掛けて呼びかる事によって開催される"王城議会"。その開催の時にだけ、魔王城は爵位持ち達を受け入れた。


今回、爵位持ちを召集させたのは、実質魔界を支配している6大公の内の一人だった。

その事が、爵位持ち達に事の重大さを重く見せ、何時もなら何らかの理由をつけて席を空ける高位の爵位持ちの姿さえも、議会の場に引き摺り出していた。


議会が行なわれるのは、城の中に設置された専用の場。

魔王が城の主として君臨していた時代には、歌を得意とする者に歌を歌わせたりと、色々な催し事が楽しむ為に使われていた場所だった。


筒のように丸く中心がくり抜かれた形となっている空間には、多種多様の姿形の爵位持ちが集まっている。

筒状となっている空間の底には、壇が設けられ、その上には椅子が一脚置かれている。


その周囲には、爵位持ちの中で最も力が無く、数も多い男爵位達が思い思いの体勢を取って、発言者を見上げるように立っている。

筒状の二階部分には、その次に数の多い子爵位持ちがひしめきあって発言者を見下ろす形となっている。

三階部分、四階部分には、それぞれ用意された椅子に腰掛けた伯爵位と侯爵位達が、縁に体を預けて下層を見下ろす。

五階部分には公爵達。公爵ともなれば、その数は少なく、配置された両隣とは完全に区切られている一つの部屋の中から、見下ろす形となる。

そして、最上階。大きな円状は7つに区切られた、一つ一つが大きな部屋となっている。その中では、大公達が、メイドや侍従などによって室内を快適に保たせ、暇潰しにと連れていた者達と戯れながら、議会の様子を酒のつまみとして楽しんでいた。


現在、7つの大公席の内、3つが空の状態となっている。


一つは、発言者が背を向けることとなる位置にある場所。

発言者の主君となる大公が、その者の発言を後押しする事を体現する際に入る場所となっている。今回の場合、発言者が大公自身ということで、この場所に入る者はいない。

そして、その両隣に位置する席も空いている。

姿を見せていないのは、二人の大公。眠り続けている為に来ることが不可能である『夜麗大公』ネージュと、理由も無くただ姿を見せなかった『銀砕大公』。


そして、今。

その『銀砕大公』の名が、発言者である『死人大公』の口から飛び出した。


発言者として、壇上の椅子に気怠げな様子で体を預けている幼い子供。

人の姿に擬態したとしても大柄になってしまう、そんな者達でも座れるように、と椅子は大きな造りとなっている。そんな椅子に腰掛けているせいか、子供の体は余計に小さく見える。

鮮やかでフワフワとしている赤い髪が、注目を集める魔族達の視線を奪う。幼さの中に妖艶さを隠しているようにも見える整った顔立ちは、偏った趣向を持つ一部の爵位持ちの涎を誘っていた。


「僕が問題としてあげた横行する盗みの被害は、ある人物に共通している物。犯人は、それを欲しがっている奴って事じゃない?」


くるりと、問い掛けるような可愛らしい仕草を見せ付けて、周囲を囲む下位の爵位持ち達に目配せを送る。

それは、首を段々と持ち上げていき、最後には妖艶な笑みを浮かべて同胞である大公達が居る最高階を見渡す。


『死人大公』フレイが今回の議会で提示したのは、今魔界で秘かに横行している盗みの被害に関するものだった。一部の魔族達が感じ取った魔王の気配についてだと言われて集まった爵位持ち達は困惑したものの、大公に対して口出し出来るわけもない。何より『死人大公』が語り出したその被害が、盗み出されたものは様々なだけでなく、その被害を受けたものが爵位持ちに多かった事から、自分達も関わりないことではないと黙って聞くしかない。下は男爵位から、上は大公位まで。フレイも被害にあった一人だったと言われれば、馬鹿にする言葉も吐けるわけもなかった。

普段ならば所有している事も忘れていた物が盗まれたと気づいたのは、本当に偶然の事だった。何時盗まれたのかも、誰が盗んだのかも分からない。そんな話が漏れ出し、そんな話の多さと自身が被害にあったことで共通事項に気づいたフレイが、問題提起の為に議会を召集したのだった。


「不用な発言は控えたらいかが?」


女性の声が、大公達がいる最上階から落とされる。

大公の中に、現在不在の『夜麗大公』ネージュや『魔女大公』アリアを除けば女性は一人。冷たい響きを持って投げ落とされたそれが、『桜竜大公』ユーリアのものであると誰もが察した。

常ならば、発言者に対して含みのある意見や野次が飛ぶことも多い。だが、大公に対してそれが出来るものがいる筈も無い。同じ大公位にある者が口を開く以外、この場は沈黙を強いられ、『死人大公』の独断場となっていた。その為、『桜竜大公』の発言によって、ようやく息をつくことが出来たと安堵する姿もあちらこちらで見えた。


「えぇ~だぁって、ユーリアちゃんもそう思わない?」


自分の今の姿が子供であると、強く意識した話し方でフレイは首を傾げてみせる。

「盗まれたのって、全部アリア姫様が関わるものだよ。僕の所からは、忘れ物の櫛。グレイの所からは手編みのショール。後は、本にペン、ドレスに絵。他にも一杯、魔界中からアリア姫様が贈ったり、遊びに来て忘れていった物とかが消えてる。」

爵位持ち達に気づかれることなく、その居住地から消えた物。

それは、『魔女大公』アリアの持ち物だった物だった。

「だったら、自ずと分かるじゃない?大公である僕の所にも来ることが出来る、多くの爵位持ちの所から持っていける力があって、その上で『魔女大公』アリア姫の縁に通じる物を欲しがる存在。」

そんな存在は限られている。

そう含みを持たせた言葉を、フレイはユーリアだけではなく、この場に集まる全ての爵位持ちに投げ掛けた。

「しかも、大切な話だよって伝えたのに来てないし。来れない事情でもあるみたいに、ね。」

無邪気にも見える笑みの中に、冷たく殺意さえも滲んで見える目を光らせたフレイが、迷いの無い動きである一点に顔を向けた。

「ねぇ、ムウロ坊や。お前もそう思わない?」

フレイの赤い目が、男爵達が犇めき合っている奥の一点を見下ろしている。

そこには、男爵達の一番後ろで、アイオロスと共に本を読んで暇と潰していたムウロの姿があった。気づかれないようにと上手く気配を立っていたおかげか、男爵達もフレイの言葉と視線でムウロの存在に気づく事になった。大きなザワメキが起こり、ムウロとアイオロスの周囲に僅かな空間が出来ていた。

「伯爵位のくせに。そんな所で隠れんぼ?それとも、後ろ暗い事でもあるの?」


「だから言ったではありませんか。」


フレイの言葉に、周囲は固唾を呑んだ。

アルスの子息であるムウロが、フレイの考えたことを肯定でもしてしまえば、大公同士の戦いが起こっても可笑しくはない。そうなれば、爵位持ちとはいえ男爵・子爵といった下位の者達は巻き込まれ、大変な被害を受けることになる。

そんな緊張を滲ませている空間を切り裂いたのは、アイオロスの声だった。視線を集めたことで、手にしていた本を閉じたアイオロスが、隣に立つムウロに叱責を投げ掛けた。

「此処の方が、他事をしていてもバレないと思った。ただ、それだけですよ。」

本をアイオロスに返し、ムウロは男爵達の中を突き進み、前に出た。

「父上の事にしても、違うと言わせて頂きましょう。父上の下にも、姫が残された私物は幾つも保存されている。だというのに、他人が持っている物を手に入れようとする意味は無い。」


「なら、鍵ならいかがです?」


「えっ?」


アルスに盗みを働く理由が無い。それを理由にフレイの追及を逸らそうとしたムウロに、予想もしていなかった声が掛けられた。

「発言をしてもよいでしょうか?」

それは、一つ上の階から降り注いだ。

「いいよ~。何?君も何かを盗まれたの?」

壇上のフレイに許可を伺い、許された声の主は、ヒラリと壇上へと飛び降りる事で全員の目の前に姿を現した。

髪の色から肌の色、目の色も、全てが濃淡の違いはあるものの緑一色という人型の男性が、フレイの横に降り立ち、一礼した。

「魔王陛下により『奏草子爵』の名を賜りました、ヴィーと申します。私の下より消え失せましたのは、アリア姫の箱庭に入る為の鍵。姫の行方を捜しておられる筈の『銀砕大公』閣下ならば、鍵を持ってはいらっしゃらない閣下ならば、得ようと思われるのではありませんか?」


ヴィーと名乗る緑の男の言葉に、ムウロは顔を引き攣らせた。

ディアナから言われていたことで頭の何処かで覚悟が少しだけでも出来ていたとはいえ、まさか、こんなにも早くに"アリアの箱庭の鍵"の存在を突きつけられる事になるとは。

しかも、それが盗まれて所在が分からなくなっている。


最悪だ。

ムウロの呟きは小さいながらも、静寂が落ちる中では程良く響き渡っていた。





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