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神殿

うわぁ!!


宿屋に向かう為に通った時も日が暮れているというのに人が溢れていた街の通り。フォルスが腕を引いていてくれなければ確実に、その人ごみの中で揉みくちゃにされ、迷子になっていただろうと緊張して胸を高鳴らせていたシエル。

シエルが眠った後も賑やかな様子を失わなかった通りは、太陽の下では昨日以上に人が溢れ、露店が立ち並び、活気に満ち溢れていた。

生まれてこの方、こんなにも人や店がたくさんある光景を拝んだ事が無かったシエルは、興奮のあまり大きな口を開け放して、通りの真ん中に立ち竦んでいた。


「こら、シエル。こんなところでボーッとしてたら迷惑よ。」

キラキラとした目をした子供が一人、キョロキョロと周囲を見回しながら立ち止まっている姿に、微笑ましさを覚えた道行く人々が流れるようにシエルを避けて進んでいく。

そんな光景に、苦笑いをこぼしたエミルだったが、流石に迷惑だろうとシエルの腕を引っ張って、道の脇へと移動させた。

シエルを掴む手とは反対側の手には、紙の袋で包まれた真っ白な丸いパン。それは先ほど、露店から漂う匂いと、店主の言葉巧みな説明にシエルが涎をたらしていて見ていた商品だった。なんでも、中にはタレに一晩漬け込んだ柔らかな肉が練り込まれているらしい。少し待ってなさいと言い置いたエミルが買ってきてくれたらしい。

「ほら。朝食もしっかり食べたのに、よく食べるわね。」

「ありがとう。エミル姉の朝ごはんも美味しいけど、こういうのは別腹なの。」

客である冒険者たちと同じ量の朝食を食べたくせに、シエルの顔くらいの大きさはあるパンに齧り付いて機嫌よく笑っている様子に呆れながら、エミルは一枚の羊皮紙を取り出した。

植物から紙が作られる技術が普及し、庶民にも簡単に手が出せるようになってきた最近では、羊皮紙などよっぽどお目にかかることはない。辺境のど田舎でさえも、今では紙を使い、本も手に入れることが出来る。とんだ古典主義者なのか、古きを尊ぶ神殿か、羊皮紙が使われているのはそんな所くらいだろう。


縦に丸められ赤いリボンで括られていた羊皮紙を紐解き中を覗くと、「人間側の神話が分かる絵本」「化粧品」「花の形をした髪飾り」「焼き菓子」「鞭」と書かれ、その品物の名前の横には、誰が欲しがっているのかも明記されている。

朝食を食べ終わったシエルに、店を夫に任せて出掛ける準備を整えたエミルが何処に行きたいのかと聞いた際に、これらを買える店に行きたいと頼み渡したものだ。アルスから頼まれた届け物の内容が記されている。

アルスが言うには特殊な魔法がかけられている魔道具で、欲しいものを届けてくれるシエルの存在を知らされた迷宮の住人たちが、対になっている羊皮紙に要望を書き込む。すると、シエルの持っている羊皮紙にその内容と望んでいる者の名前が浮かび上がってくるという仕組みになっているらしい。

エミルも、それを渡された時に見ていた村人たちも、羊皮紙から強い魔術が感じられると言っていたが、魔力がほとんど無く、感じる能力も無いシエルとヘクスだけは首を傾げて羊皮紙を色々な角度に動かして眺めていた。

対となる魔道具は、迷宮に住む住人たちの様々な集落へと配り終えているらしく、放って置くと羊皮紙に書かれるリストは増えることはあっても減る事はないとアルスは言っていた。


改めて、リストを確認したエミルは、あれはあっち、これはこっちと、それらを買う店を浮かばせていく。

「迷宮に行けなくなった冒険者が街に留め置かれて、いつも以上に人ごみが凄いわ。

この届け物のリスト、品物が無いなんてことは嫌でしょ。

他のやつは私がさっさと回ってきてあげるから、シエルは絶対に無くならない、この絵本を買いに行きなさい。」

『銀砕の迷宮』が村を飲み込む為に拡大した結果、迷宮の群生地帯と呼ばれる程にたくさんあった迷宮のほとんどが一緒に取り込まれてしまった。それは大小合わせて15の数に及んだ。

そのほとんどがアルスの部下や一族の魔族が作った迷宮の為、魔界側には問題はほとんど無いと言っていた。だが、それらの迷宮に潜ろうと集まってきていた冒険者たちは、この街に留め置かれることになり暇を潰す為に店先をブラブラと回ったり、いつもは気にも留めない雑貨などにも手を出しているらしい。そう聞きつけたエミルは、シエルと二手に分かれて買い出しを早めに終わらせようと考えた。

シエルを一人にするのは少し躊躇いを覚えはしたものの、明るく人が多い上に、シエルに頼むのは「絵本」だけ。しかも、神話について書かれている「絵本」ならば、街で一番目立ち安全な神殿で購入出来る為、迷子になることも、何か事件に巻き込まれることもないだろうと判断を下した。

「ほら、あそこに見える白い建物。あれが神殿ね。神話を元にしたレリーフとかも有るから、ゆっくり見てなさいよ。買い物を済ませたら私も行くから。」

エミルが指差したのは、街の外れの方に見える白い壁が光を反射している大きな建物。シエル達がいる通りをまっすぐに歩いていった小高い丘の上にある。

「そんな、悪いよ。私の仕事なんだし・・・お店にも行ってみたいし・・・」

「それはまた今度案内してあげるわよ。今日は本当に、もうすでに品が無くなって閉めた店も出てきてるんだから。」

まだ昼にもならない時間。仕入れの量が少なかったのかも知れないが、それでも店を閉めるには早すぎる時間だ。

「ほら、いいから。神殿の見学でもしてなさい。」

それでも、まだ悩んでいるシエルの背中をポンッと押して、エミルはさっさと人ごみに紛れるように走りさっていった。



人ごみに溺れながら神殿に辿り着いたシエル。

やることをなくした冒険者たちは神殿にも多く訪れていた。

彼等は神殿の入り口近くにある寄進所で、神殿でだけ作られる聖水や格安の回復薬を購入している。他にも、熱心に光の神の像を拝んでいる者、『始まりの勇者』とその仲間たちを模ったという像を眺めている者がいた。


自由に入っていけるという神殿の奥へと進むと、人影はまばらで、静かな環境を利用してそこかしこにあるベンチで寝ている冒険者の姿などがあった。


神殿の奥には、壁一面を使って描かれた神話のレリーフが飾られている。

一つの壁の一面を大きく使ったレリーフが幾つも続いていく回廊を歩いて、神殿の周りをぐるりと回っていく。レリーフの下には、その描かれた場面を紹介する説明文が添えられている。


一枚目は、二人の人が戦っている場面から。


光の神と闇の神。

光の神が創造し、闇の神が破壊し。それを何度も繰り返して生まれたのが、この世界。

再生と破壊を繰り返した事によって、世界とそこに住む命は次第に強く逞しくなり、

二柱の神は段々力を失っていった。

最期の破壊と再生を終えた後、神々は消え去ろうとしていた。

最期の力を振り絞り、闇の神は世界に満ちた闇と瘴気を凝り固めて魔王を生み出し、闇に属する種族を支配し、世界に恐怖や不安、怒り、そして混沌を振りまけと命じた。

それを見た光の神が最期に残った僅かな力を種にして、世界に残した。

その種は、長い年月をかけて力を集め、闇を恐れて救いを求める人々の思いを集めて、ある日開花した。

種は、一人の男となった。

戦いの術を学べば鋼の肉体と誰にも負けることのない力を手に入れ、魔術を学べば誰よりも強い魔力と世界を統べる知識を手に入れた。

男だけが、闇に属する者や瘴気を完全に消滅させることが出来る浄化の力を持っていた。

最強の名に相応しい勇者と呼ばれるようになった男は、信頼し心を許せる仲間たちと共に、闇の神が残した命令のままに世界に混沌を振りまいていた魔王に立ち向かった。

『聖女』『聖騎士』『拳闘士』『魔獣使い』『賢者』、そして闇に属する者でありながら魔王の意思に反し平和を望んだ一部の魔族たちが『勇者』と共に死力を尽くして奮闘した。

戦いの末に魔王を倒すことが出来た『勇者』は、世界に満ちた毒である瘴気と魔族たちを隔離された世界に送り込み封印を施した。魔王との戦いで命さえも使い切った『勇者』は、死の間際に妻である『聖女』に願い出た。自分の死んだ後、その体を複数に分けて、各地に散らせ。そうすれば、勇者が持っていた力がこの世に残され、また封印は強化される。『聖女』はそれを承諾し、『勇者』の死後、その体を細かく分けた。するとその一つ一つが力の塊となり世界中に飛び散っていった。

飛び散った『勇者』の力は、人に宿った。宿った場所に勇者の印が浮かび上がり、それを人々は『勇者の祝福』と呼び、それを持つ人々を『祝福持ち』『勇者』と呼んだ。祝福が宿った部位に関わる力を発揮し、倒しても復活してしまう闇に属する者たちを浄化する力を持つ彼等を人々は尊んだ。


最期のレリーフは、腕や足、頭や胸などに『勇者の祝福』といわれる印を持つ様々な人々。剣を持ったり、杖を持ったり、胸の前で手を組んでいたりと、それぞれの姿で魔物に対峙している。




最期のレリーフを見終わって神殿の入り口に戻ると、すでにエミルが待っていた。

「あっ。どうだった?」

回廊から出てきたシエルをいち早く見つけたエミルが近づいてきた。その手には、シエルの代わりに買ってきたものが持たれている。

「ん~・・・『銀砕大公』がカッコ良かった。」

聖女と聖騎士が協力して戦う場面に描かれていた大きな狼の姿で描かれた『銀砕大公』は迫力があって、ついつい見入ってしまったシエル。それ以外の場面では流れるように立ち止まることなく見ていた為、記憶は朧だ。灰色一色のレリーフを見るという行為は、芸術にそこまで興味の無いシエルには、我慢できなくなったあくびを零してしまうくらいには退屈だった。

エミルと待ち合わせをしているということを忘れていたのなら、所々のベンチで休息を取っていた人たちにきっと混ざっていただろう。シエルは確信している。

「それで、絵本は買ったの?」

またあくびをして、出てきた涙を手でこするシエル。

それに呆れながら、笑うエミル。神殿に来た、本来の目的を尋ねた。

「あっ、まだだ。買ってくる。」

「そこの寄進所で売ってるわよ。買ってきたら、通りに戻ってお昼ご飯にしましょう。」

未だに聖水などを買っている冒険者たちがいる寄進所を指差す。

エミルの言葉に、レリーフを見ている内にだいぶ時間が経っていたことに今更ながらにシエルは気がついた。立ち止まらずに、さっさと見ていたつもりだったのにと首を傾げて、シエルは寄進所へと向かっていった。

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