自慢
遠い親戚だとルーカスに言われ、シエルがまず母に確認を取ろうと顔を向けると、ヘクスは簡単にそれを認めて頷いて見せた。
「ロゼ。連れて行くのは構わないが…」
大丈夫か?
声として出て来はしなかったが、そんな事を言っているのが分かった。ルーカスの目がシエル、そしてヘクスを見回した後にロゼへと戻る。
「実際に移動する訳でもないじゃない。転移術でドワーフの村に直接出て、そして戻ってくる。なんの問題があるというの?」
「…それはそうだが…。ヘクスに似ている娘ってだけでな…」
お前らは全然似てないから心配はしなかったが…。
ルーカスが言わんとしている事は、話を窺っていた村人達や、ロゼにも伝わった。
「ちょっと目を離すと変な奴に絡まれるような子供が魔族がいる中に連れていくのには、どうも抵抗があるんだが…」
「目を離さなければいいんでしょ?」
もごもごと、昔を思い出して臆するルーカスを、ロゼはばっさりと切り捨てた。
「私は、貴方達と違って武器を直さなきゃいけない訳ではないもの。シエルの用が終わるまで一緒にいるわよ。例え何かがあっても、大抵のことは対処出来るわ。」
「…あぁ…まぁ、そうなだがなぁ…」
ポリポリと頭を掻いて、どうしたものかとまだ悩むルーカスを、ロゼは視界から排除した。
ルーカスの悩みなど切り捨てなければ、何時まで立っても出立することなど出来はしないのだから。
「全員、準備が出来次第、外に集合。」
ハッ!
ロゼの鋭い一瞥を受け、食堂に集まっていた部下達は敬礼するとすぐに準備を整える為に各自の部屋へと戻っていった。足音もそれ程立てない駆け足で、一瞬にして食堂の人口密度が半分以下になった。
「シエルも準備しておいで。大丈夫。何があっても、お姉ちゃんが守るからね。」
「う、うん。」
ロゼに促され、シエルは残っていた朝食を素早く食べると、荷物を詰め込んでいる籠を取る為に階段を駆け上がっていった。
シエルが籠を持って外に出ると、ロゼやルーカス達はすでに全員揃っていた。その手の中には、折れた剣や弓、折れないまでも変形してしまった武器などが見えた。
「随分と軽装なんだな。」
そう言って、玄関から外に出て来たシエルに声をかけたのはルーカスだった。
他の面々も、話かけたがってはいたが、粗相をしたら何をされるか…と考え、近づくことすら出来ずにいた。
シエルは何時もと同じ、赤い頭巾を被った村娘のような平凡な装いに籠を持つ、確実に迷宮の中を冒険しているなんて言われても笑い話にしかしてもらえないような姿だった。
動きやすさを重視した鎧や武器で武装しているルーカス達軍人達からすれば、目を剥いて心配する事が当たり前だと言えるものだった。
「そういえば、迷宮の中での安全は『銀砕大公』に保証されているんだったな。…それでも大丈夫なのか?」
村の入り口の立て札の言葉を思い出して、シエルの姿を納得しようとしたルーカス達だったが、それでも心配になってしまうのだ。
「大丈夫だよ。今までも、色んな所に行ったんだよ?」
そしてシエルが口にした、今までの行き先の数々。
エルフの村にケンタウルスの村、吸血鬼、コボルト、オーガ…。そんな説明に、ルーカス達は絶句するしかなかった。
シエルに視線を集めて固まっている仲間達を横目にしながら、ロゼは数人の魔術師である部下と共に、家の壁に向かっていた。
本当だったら、シエルに真っ先に飛び掛りたかった。けれど、魔道具を使い転移術を発動させるには少し時間がかかる。グレルとは違い、魔力も多く魔術が得意なロゼだったが、転移術の才は持たなかった。その為、転移術を行なおうとすれば、魔道具を使い、数人の魔術師の補助を受ける必要があった。
部下達が集まり、シエルが来るまでの間、ずっと転移の道を繋ごうと術を使い続け、今やっと術が完成しかけていた。
後は、転移先へと道を繋ぐだけ。あと少しだった。
「ロゼ、どうだ?」
「五月蝿い、もう終わるわ。グレルがドワーフの村に印を作って置いたから、移動は必要無いわね。」
転移の術の印は、単独行動を取るグレルが迷宮の内部のあちらこちらに付けていた。
ロゼは、双子として生まれたおかげが、グレルが使う印を簡単に見つけ、利用することが出来た。今回の迷宮探査の間も、それを上手く利用し、通常の探査よりも楽をしていた。
「あれ?お兄ちゃんの印、ケイブさんが悪戯しちゃったって…。もう直ったのかな?」
何気なく思い出したことをそのまま口にしたシエルの言葉に、ロゼも、ロゼを補助して魔術を使っていた魔術師達も、そしてルーカスも驚いていた。
グレルからは、そんな報告は無かった。
そんな言葉が誰かしらから聞こえ、そしてロゼが懐から小さな手鏡を出す姿をシエルは見た。
「グレル!!グレル!!」
手鏡を手の中に置き、鏡に向かって片割れの名を呼びかける。
その返答は、すぐにあった。
《何?何か、あった?》
「あった?じゃないわよ。今、シエルに聞いたんだけど、転移の印に悪戯されたって何よ!!?」
《あぁ…言ってなかったっけ?》
「言ってなかったじゃないわよ!!それで、もう印は使っても大丈夫なの?」
ミシッと、ロゼの手の中から音が聞こえた気がしたのは気のせいだと、シエルは思うことにした。
《大丈夫だよ。ケイブ殴って、元に戻させたから。》
「なら、いいけど…。」
《何処に行くの?》
怒りを露にして向けてくるロゼに、手鏡から聞こえてくるグレルの声は、とても淡々としていた。それが目的だったのかと思える程、ロゼからは毒気を抜かれたかのように、声は落ち着きを取り戻していく。
そして、転移の術の行き先を尋ねるグレルの声で、ロゼの怒りはすっかりと消え去っていた。
「ドワーフの村よ。武器の補修にね。あと、シエルも用事があるって言うから一緒に行くの。」
羨ましい?
一転、その声を高揚させたロゼのフフンと鼻を鳴らした自慢に、手鏡からは苦笑する声が漏れ聞こえた。
《僕の方が先に、一緒にお出掛けしたんだけど?》
「ずるい!!」
これから一緒にドワーフの村に出掛けるという事も忘れ、ロゼはグレルの自慢に憤慨した。
《あぁ、そうだ。ドワーフの村で頼んで置いたものがあるんだよね。受け取って置いてくれる?》
よろしくね。
これ以上煽るのは危険だと分かっているグレルは、そうそうに手鏡から姿を消してしまった。
「あっ!ちょっと、グレル!!……もう!!」
大きな音を立てて閉じた手鏡は、ロゼの懐に仕舞い込まれた。
手鏡を仕舞い込んだロゼは、すぐにシエルへ詰め寄った。
何処でグレルに会ったのか。どうして会ったのか。…しまいには、どうして誘ってくれなかったの?なんて、周囲から「いや、それは無理だろ」なんてツッコミが入るような事まで、ズルイ、ズルイと言い募っていた。
迷宮の中で迷子になり、村まで送って貰った。
いくらシエルでも、グレルが大変だと顔を引き攣らせていた事をしっかりと覚えていた為、『氷棘の迷宮』に行ってしまったことは口にはしなかった。
「まぁ、いいわ。こっちはシエルの寝顔だって見たんだから。シエルを抱きしめて寝たんだから。そんなの、男であるグレルには出来ないことだものね。」
「準備出来ました~。」
ロゼがシエルを構っている間にも、術を進めていた魔術師達から声が上がった。
家の白い壁に、もやもやと動く人が二人程が同時に潜ることが出来そうな穴が出来ていた。
「シエル。」
ロゼがシエルに手を差し出す。
その手を取り、しっかりと握り返したシエルに、ロゼはニッコリと笑みを深めていた。
「それじゃあ、まぁ…行くか。」
ルーカスの声を合図に、彼らは次々に転移の術へと潜っていった。




