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申し出

『銀砕の迷宮』第二階層の、罠や待ち構える魔獣などを乗り越えた末に存在する羊人の村に辿り着くことでしか手に入らない、魔力を秘めた羊毛。普通の羊毛のように使えば、夢のような使い心地を感じさせる世界中の貴族、王族御用達の品になる。魔術師の手に渡れば、最高の媒体となって特に幻術の効果を高めてくれるという。大昔には、貴族や王族によって飼われることで途切れることなく羊毛を手に入れることが出来ていたという。だが、今では多くの羊人が高位の魔族の庇護を受け、迷宮の奥深くや魔界に居を構えている。人間にとって一番入手が簡単で、それでいて羊毛の品質が保たれているのが、『銀砕大公』の庇護を受ける羊人の村だった。

だが、それも最早過去の話。

それが判明したのは、つい最近のことだった。

第二階層の中に真っ直ぐに伸びる道から外れ、第三階層や第四階層にも降りていくことも出来る実力を盛っていようとボロボロになってしまう罠や魔獣の先へと辿り着いた冒険者達は村に入ることも出来ずに、踵を返すことになった。

彼らがギルドに報告したことは、村の固く閉ざされた入り口を護る門番の存在。巨大な魔狼という、迷宮の主

『銀砕大公』との深い繋がりを連想させる門番の存在は、冒険者達を村の中に一切入れることは無かった。

その為か、今や羊人族の羊毛の価値は年々高くなり、それにともなって手に入れたいと望む者たちの欲求を増していた。


「どうしたら、売ってもらえる?」


冒険者クーゲンも、『銀砕の迷宮』に潜ることをギルドに申し出た時に、貴族の依頼を受けてみないかと誘われていた。もしも、でいい。出来たら、でいい。そう言いおいての、羊人の羊毛、もしくはその加工品が手に入れば渡して欲しいという依頼だった。

クーゲンも自力で手に入れようとはした。

第二階層の奥へと足を踏み入れもした。だが、変異前と何も変わらない魔獣の襲撃や、まったく見破ることの出来ない罠などによって、引き返すしかなかったのだ。

受けた依頼については諦めようと思っていた。

そんな時に目に入ったのが、シエルが干した魔力を帯びた布団。慌てて裏庭に飛び出て観察すれば、布団の端には羊人族が作ったことを証明する印を見ることが出来た。


そして、今。クーゲンは、布団の持ち主だというシエルに詰め寄り、懇願していた。

自分の目の外で、今にも攻撃しようと構えているロゼの様子にも、周囲でロゼを止めようと動いている明らかに軍人と分かる者達の様子にも気づくことも出来ぬ程に、クーゲンは興奮していた。


「狼?ムウロさんかしら?」


ヘクスが、羊人の羊毛が手に入らなくなった話を聞いて、一度だけ会った何かとシエルの面倒を見てくれている、アルスの息子のことを思い出した。

ヘクスにとって、魔狼という存在の心当たりはアルスとムウロだけだったから、それも仕方が無いことだった。

「ううん。ムウさんの弟だったよ。」

面白い人だった。血の気の多い冒険者を見慣れているとはいえ、目を血走らせて興奮している男に詰め寄られることなんて無かったシエルは、何とか男から遠ざかろうと体を下がらせ、彼から目を逸らすようにヘクスの言葉に否定を言葉を投げ掛けていた。


「そういえば、ムウロさんは?」


前に帰ってきた時には、まるでそれが自然なことのようにシエルの隣にいた青年の姿が無いことに、今更ながらに気づいたヘクスが、キョロキョロと周囲を見回した。けれど、どんなに見回してもムウロの姿は無く。そして、何時もなら酒を飲んで机の上に伏しているアルスの姿も、そういえば此処数日見ていないことに気づいた。


「大きな会議があるって呼び出されちゃって、村の入り口まで送ってくれて後に急いで行ったよ。ちょっとの間、家で待ってるように言われちゃった。」


「あら、そうなの。じゃあ、アルスもそれで姿を見ないのね。」


シエルの説明に納得がいったと頷くヘクス。

ムウロとアルスの正体を知っている村人達が、大きな会議といったシエルの言葉に僅かに反応をしていた。


和やかな母娘の会話。

クーゲンが何度も口を挟もうとしたが、その和やかな空気に触れて少しだけ冷静さを取り戻した頭が、背後から真っ直ぐに突き刺さってくる冷たい視線と、小さく渦巻いている魔力の気配に気づいてしまった。口を開きたくても、本能が何も言うなと訴えてくる。冷や汗を流しながら、恐る恐る僅かに振り返って殺意を向けてくるロゼに注意を払おうとすれば、何時の間にか周囲に集まっていた軍人達が、哀れみの目を向けてクーゲンを制止していた。


「会議が終わったら、ドワーフの村に行こうって約束してるんだ。」

帰り道でムウロを約束した事を母に告げ、何か用事はあるかとシエルは尋ねた。

ドワーフの村には武器を作る店や職人以外に、鍋や包丁、日常に使う金物を扱う店もある。壊れた調理道具も、ドワーフの村に頼めば新品のような状態に直してくれた。

村にも、ガースという腕の良い鍛冶師は居るが、もっぱら武器を作ったりするのが仕事の彼に頼んでもいいのだろうかという思いがあり、あまり鍋や包丁などの武器では無いものの持ち込みを控えるようにしていた。

「そうね。そういえば、ジークが大きな鍋を新しくしたいとは言っていたわね。出掛ける時にでも聞いてあげたら?」

「うん。分かった、そうする。」


「ドワーフの所に行くの?」

すっかりと手に溜めていた魔力を散逸させ、何事も無かったかのように笑顔を浮かべたロゼが、シエルとヘクスの間に入り、シエルを見ていた。

うん。

ジッと見つめてくるロゼに、声も無く頷いて答えたシエル。

「じゃあ、一緒に行きましょう!!」

ルンルンと機嫌の良い、軽さを含んだ声がシエルの耳を撃ち、両手をロゼに取られてブンブンと振り回された。

一緒に寝る。一緒にお出掛け。

異父妹と仲良くなったらしたいと思っていたことの内の幾つかが、ちゃんと行なわれそうという事に、ロゼははしゃいでいた。

「えっ!?えぇ!!?」

ロゼからの突然の申し出に、シエルは驚いて戸惑うばかり。

「でも、ムウさんと一緒に行くって約束したから…。」

早く行きたいと思ったのは本当だ。でも、ムウロと約束したのにそれを破ることになるのは…と躊躇いの方が大きかった。

「会議なんでしょ?会議なんて、予定通りに終わることなんて滅多に無い、とっても面倒臭いものよ?シエルがドワーフの村に行って帰ってくるまで、絶対に終わることなんて無いわ。」

あたかも全てがそうであると思わせようとしたロゼを、疑いなんて一つも宿していないシエルの目が見つめていた。その目は、ほんの少しだけ揺れていた。


「あら、いいじゃない。ロゼと一緒に行ってくれば?」


後押しするのは、ヘクス。

「任せて、母さん。シエルの事は私がちゃんと守るもの。」

心強い言葉で母ヘクスに笑い掛けるが、その言葉はほとんど行くことを決まっているかのようなものだった。

「丁度、うちの奴等の武器とかが壊れたり、消耗したりしてるのよ。それで、撤退するか、迷宮の何処かにいるドワーフの所に行くかっていう所だったんだもの。いいわよね?」

最後の言葉は、一応ロゼの上官となっているルーカスに向けられていた。

どう動くかを最終的に決めるのは、ルーカスの役目だった。

「あぁ、別に構わない。…それにしても驚いた。小さな頃のヘクスを思い出すな。」

渋々といった様子を見せるように深くから息を吐き出して、事の成行きを見守っていたルーカスがシエルとヘクス、そしてロゼに近づいた。

その途中で、言葉を吐き出すことも出来ず、見えない何かに縛られているかのように動けなくなっていたクーゲンの耳元で「命が惜しければ引き下がれ」と囁くことを忘れなかった。

「小さい頃のお母さん?」

「あぁ、君程表情豊かという訳でもなかったがな。」

ルーカスだ。よろしく。

そう言って差し出したルーカスの手を、シエルはその顔をマジマジと見つめて握り返した。

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