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何気ない一日の始まり

自分の部屋に戻る前に、シエルは洗濯物を干す為の物干し台が置かれている裏庭に向かった。そこで、羊人達から貰った布団を干して汚れを払い、圧縮した状態から元に戻そうと考えたのだった。

朝からやっておけば、夜には使えるだろう。

そう思ったシエルの行動は早かった。

まだ寝ているお客さん達もいるから、と足音を極力抑えながらも、ほんの少しだけ駆け足になって、シエルは家の中を横断して裏庭に出た。

数本設置されている物干し台の中から、一番日当たりの良い場所を選んで、シエルは持っていた荷物を縛り上げている紐を解く。

紐を解いた瞬間から、少しずつ、じわじわと膨らんでいこうとしている布団を急いで物干しの上にかけた。


「ふふふ。楽しみだな~」


風を受けて、ゆらゆらと揺れながらも膨れていく布団を満足そうに見たシエルは、取り込んで夜使える時のことを想像しながら、家の中に戻り、部屋へと上がっていった。


部屋に戻ったシエルはパパッと着替えを済ませると、ベットへと飛び込んだ。

アイオロスの書庫で短い時間とはいえ眠った事で眠気なんて感じていないと思っていたが、やはり眠り足りなかったようで、ベットに入って布団に包まった途端に、シエルは瞼がとても重いと感じるようになった。


「また何か変わってたらヤダなぁ。」


ウトウトと、もうほとんどシエルの意識は夢の国に旅立っている。だから、その言葉はシエルの無意識からのものだろう。

今シエルが横になっているベットの上で目が覚めて、シエルは村が迷宮の中に取り込まれていることを知った。そんな事がまた起こったら、そんな事を考えて、心の奥深くに渦巻く不安が無意識の内に顔を出してしまった。

ただ、それだけを呟いた後、シエルの瞼は完全に落ちていた。スースーと寝息が部屋の中のただ一つの音になった。




シエルが眠りに入って少しして、村の家々から村人達が姿を見せ始め、宿屋に泊っているロゼ達を始めとする冒険者達も部屋から出て行動を始めようとしていた。


部屋を出た彼らの足が自ずと向かっていくのは、もちろん朝食の準備が整いそうだと分かる匂いを漂わせた食堂だった。食堂で食事を取ることが習慣となっている村人達も、気の早いものから次々に食堂の席に着いていく。

「おぉ?なんか…今日の飯、豪勢じゃねぇか?」

ヘクスによって運ばれてきたものを眺め、誰かが言った。それを皮切りに、そうだな、と同意する声が上がっていった。

食堂では、朝の時間態は全員同じ食事を出している。

パンにサラダ、日替わりのスープに、あとはオムレツだったりスクランブルエッグだったりの卵を使った一品とウィンナーやベーコン、焼魚などの肉や魚を使った一品がつく。それが朝の定食のメニューだった。

いつもと変わらないと思い、食べようと手を伸ばした今日のそれの違いに常連達は簡単に気がつくことが出来た。

「肉がぶ厚いな。」

「それだけじゃないぞ。めちゃくちゃ美味い。こりゃあ、それなりの値がするやつだ。」

すでに口へと運んで噛み締めて感嘆の声も上がった。

指の先から第一関節くらいの幅、皿の半分は隠してしまう程の大きさがあるベーコンが二切れが村人達と冒険者達の目を奪っていた。

ほどよく焦げ目がつき、丁度良いくらいの油がのっている、そのベーコンは見た目からも価値が高いものだと分かる。宿屋の朝食で口に入れることが出来るとは思ってもみない程のそれに、まさか、と全員が目を見開いていた。

「ヘクス、何かあったのか?」

両手に皿やお盆を持って忙しなく動くヘクスに直接聞く者もいた。

何か喜び事があったのか。

そうだとしたら、ロゼやグレルが姿を見せた時でさえ、何時もと変わらずに働いていたヘクスやジークをそこまで喜ばすものは何だろう。

そこまで考えていた村人達に、ヘクスは淡々と答えた。

「何も?色々とシエルが頂いたから使おうってだけの話よ。」


シエルが貰った。


その言葉に、村人達は反応した。

「…また、怪しい奴とかじゃないよな、送り主…。」

「食べて大丈夫なもの…だよな?」

途端に、口に運んでいたベーコンが皿に戻されていく。

「大丈夫よ。ムウロさんのお兄さんの子供がやっている牧場のものだと言っていたから。」

その言葉に、ホッと息をついて、再びベーコンは口に運ばれていく。

もはや日常の風景に加えても可笑しくない頻度でヘクスやシエルに引き寄せられているような怪しい存在からのものならば口に入れるのを躊躇うが、知っている者の繋がりにある存在からのものならば、それが例え魔族であろうと躊躇はしない。それ程までに後を引く美味しさだった。


「あ、あの、あの裏庭に干してある布団は…。」


まぁいっか、と手と口を動かしている村人達の食事風景に水を差したのは、食堂に慌てて駆け込んできた若者。それは、ロゼやグレルと共に新しい迷宮の調査の為に派遣されてきた軍人の一人だった。元は商家の生まれだったというのは、此処に滞在している間に村人の誰かが耳に挟んだ情報だった。

「裏庭?」

洗濯は朝食の配膳が落ち着いてからと決めている為、ヘクスはまだ裏庭の物干し台には行っていない。だからこそ、首を傾げて何の事かを逆に聞いていた。

「この宿の物じゃないんですか?」

「何か取り込み忘れたかしら?」

「あぁ、小さい女の子が朝早くに干してたな。」

首を傾げる青年とヘクスに、宿泊していた冒険者が窓から見ていたことを教えた。

赤い頭巾を被って、上機嫌そうに歩いていた。

そう言われ、ヘクスも、話を聞いていた村人達も、それが誰か分かった。

「あぁ、うちの娘ね。布団って、何なのかしら?」

「…というと、妹様です、か…」

青年が後退りしていく。

まだ彼らが見ていないロゼとグレル、そして帝都に残っているシリウスの妹。

勝手に関われば、何をされるか分からない。

「あっ、さっきの質問は忘れて下さい。お願いします。本当にお願いします。」

そう言い残して、青年は食堂から走り出て行った。

突然来て、突然去っていく。

双子に殺される。

そんな、ヘクスからしたら馬鹿なことを、と言いたくなるような事を青年は信じていた。

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