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帰路

「ん…」

本棚の間に置かれたソファーの上でシエルは目を覚ました。

体を横にして狭いソファーに眠っていたシエルの手には、しっかりと『魔女大公』の本が握られていた。まだ少し残っている眠気を追い払おうと目を擦りながら、シエルは体を起き上がらせる。

パサッ

体に掛けられていたらしい毛布が一枚、ソファーの下の床に落ちて軽い音を立てた。

「あぁ、おはよう、シエル。」

「ん。おはよう…」

擦っていた目が映したのは、椅子に座って足を組み、本を読んでいるムウロの姿。

起きたシエルに気づいたムウロは本を閉じて、シエルに声を掛けてきた。

「本を読んでいる途中で眠っちゃったんだよ。」

それでも本からは手を放さなかったのだとムウロは笑いながら言った。


ムウロの言葉に、記憶を辿るシエル。最後に残っているのは、"ロキが大切そうにしていたお酒の中に、ガルストに作ってもらった笑い薬を入れてみた。"という記述だった。


「でも、丁度いい時間かな。今から出れば、下の階層は夜明けだよ。」


眠ってしまう前に読んでいたことを思い出していたシエルに、ムウロがどうするかを尋ねる。


「本当?じゃあ、そうする。」

手にしていた本を籠の中にしまい込む。床に落ちてしまっている毛布も、拾い上げて綺麗に畳み、ソファーの上に置いた。

その間に、ムウロも持っていた本を本棚へと返していた。

「お父さんのご飯が食べれるね。」

ムウロが言うのなら、間違い無く夜明けには村に着くことが出来るだろう。何の迷いも無くそう思ったシエルは、久しぶりに家で食べる父特製の朝食を楽しみに、ウキウキと心を弾ませ始めていた。


使った場所を綺麗に整頓した事を確認したシエルとムウロは、階段を上がっていった。

階段を上がった一階部分では、アイオロスがテーブルの上に広げた一枚の布の上に出掛ける為の荷物を置いて纏め、出掛けていく準備を整えていた。


「お邪魔しました、アイオロスさん。」

「もう、そんな時間でしたか。」


シエルが荷造りしているアイオロスに別れの挨拶をする。

何を持っていくべきか、そんな事に頭を悩ませながら荷造りしていたアイオロスは、シエルに声を掛けられた事でようやく時間が経っていることに気づいた様子だった。

何を悩んでいるのだろうか。そんな事を思ったシエルが荷物の中を覗き込むと、色々な荷物が詰まれた上に数冊の本があり、アイオロスの手にも一冊の本が握られていた。

「どうせ会議の間など暇でしょうからね。」

シエルの目が、自分の手にある本に止まっている事に気がついたアイオロスが、苦笑を浮かべながら本を荷物の中に置いた。

「読みかけのものを読んでしまおうと思ったのですが、そうすると何にしようかと考え込んでしまって。」

いつまで迷っていても仕方無い。

そう言って、アイオロスは迷っていたという本全てを持っていくことにしたらしい。

あまりにも堂々と言ってのけるアイオロスの言葉に、シエルは驚き、そして思わず笑ってしまった。

「駄目だよ。話し合いはちゃんと参加しなくちゃ。」

「いえいえ。貴女も一度参加してみれば分かりますよ。いかに退屈で面倒臭いものか。」

そうなの、とムウロを見上げれば、真面目な顔を作ったムウロがウンウンと頷いている。

「ムウロ様。逃亡はなさらないように。」

シエルに向かって、いかに面倒臭いものかをシエルに説明しているムウロに、アイオロスが釘を差す。

自分はちゃんと参加はしますよ。

不本意ですが、と言わんばかりのアイオロスの笑顔に、ムウロは「分かっている」と答えた。

「シエルを家まで送っていったら、ちゃんと向かうよ。」


「此処からなら、一人でも帰れるよ?」


言い訳とするように答えたムウロ。そんなムウロに、シエルは大丈夫だよと、多くの自信と少しの不安を含ませて言った。

そんなシエルに向けられたムウロの顔に、絶対に無理だ、という言葉が浮かんで消えていった。

「さっきの女性みたいな冒険者が森の中に居るかも知れないからね。危険があるかも知れないんだから、ちゃんと家まで送っていくよ。」


たった一人で見たことも無い階層に落とされ、冒険者はパニックを起こすかも知れない。その場合の危険性を口にしながら、ムウロはシエルの申し出を一蹴した。

それでも、少しだけ渋る様子を見せたシエルに、ムウロは笑みを深めて口を開いた。


「今度は、兄上の時とは違って、本当に危ない人かも知れないよ?」


「……分かった。」


流石のシエルも、レイにされた待ち伏せは怖かったのだろう。相手がシエルを目的としない、変な意味を自覚してもいない相手だったからまだ良かったものの、それが全くの赤の他人で起こったらと想像したシエルは、あっさりとムウロに送られていくことを了承した。


アイオロスが二人のやり取りを聞き、何が起こったのか興味を抱いているようだったが、ムウロはそれに答えることは無く口を噤んでいた。

弟として兄が起こした、言葉にしてしまえばアレな想像しか巻き起こさない所業を他人に伝えて汚名を広げることは嫌だった。何より、そんな話が広まっていくとなれば、兄や兄の信望者である吸血鬼によって襲撃が行なわれるのは目に見えている。

アイオロスの事を信頼していない訳でも無いが、何処に耳があるか分からない場所で言うべき事ではない。


ムウロの口にした"兄上"という言葉に、何かを勘付いたのかアイオロスも深くは突っ込んではこなかった。


「じゃあ早く帰って、ムウさんが早く行けるようにしないと!」


それからのシエルの動きは早かった。

ムウロの腕を引いて、アイオロスに一礼してから家を出る。

村の中ですれ違うケンタウルス族達に挨拶を返しながら、ズンズンと村を出て、森の中を進んでいく。

第四階層から第五階層に降りる為の"道"の場所なら、シエルはもう覚えていた。

この"道"は簡単で、森の中に大きな木が三角形になるように並んでいる、その中に入る事。だからこそ、シエルは一人で帰れると主張したのだが、シエルの騒動を引き起こす性質を思い返してみれば、ムウロでなくとも却下するのが当たり前のことだった。

「それにしても、魔界の偉い人達が集まるなんて凄そうだなぁ。」

壮観、圧巻…。

色々とシエルの想像している光景につける言葉はある。でも、それを上手く口に出して表現出来なかったシエルだったが、何が言いたいのか察することが出来たムウロは苦笑を漏らす。

「そうだね。色々な緊張感がせめぎ合っているよ、いつもね。」

爵位持ちが、魔界の中心である、今は主不在で空虚な場所となっている魔王城に集まって話し合い、睨み合いをする光景は、見ていて面白いものがある。だが、それは勿論傍観者の立場であるからで、今の所予想でしが無いが多分議題は、魔王の気配を纏った力による爆発のこと。ムウロにも矛先が向かう可能性は高かった。


はぁ


面倒臭いとは思うが、不参加にする訳にもいかない。

聞いていないと通すことも出来るかも知れないが、同じく参加するアイオロスにそれは知られている。偽りを貫こうとしても何時かは綻びが出るだろう。敵と思わしき存在に、隙を見せることは止めた方がいい。

ムウロは溜息を吐き出すことで、なんとか我慢していようと覚悟を決めていた。



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