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事件はジワジワと

「さて、つい先日から"魔王陛下の気配を感じた"と魔界の有力者数人が騒いでいる事案は、貴女方が関わりのあることなのですか?」

第三階層に行くラシド達を見送った後に、アイオロスに着いて家にやってきたシエルとムウロに、アイオロスは真剣な面持ちで聞いた。

家の中に招き入れ、他に誰も聞いていないことを確認する様子には緊張感が漂っていた。

だが、シエルとムウロは、そのアイオロスの重苦しい確認の言葉よりも、自分達の目に入った光景に驚き、大切なことを聞いているのだと分かるものの、その言葉を右から左へと流してしまっていた。


「綺麗に、なってる?」


足の踏み場も無かったアイオロスの家。

それが今は、下半身が馬であるアイオロスとムウロとシエルが入っても、しっかりと椅子に座ることが出来るだけなく、自由に動きまわれる程の余裕があった。

あれほど溢れていた本も、本棚にきちんと納まっている分だけで後は跡形も無い。

まるで、別の家に案内されたのかと疑ってしまっても仕方ないような光景だった。


「あぁ。少し留守にすることになってしまったので、片付けたんですよ。」

一応、自覚があるのかアイオロスは苦笑を漏らしていた。

「何処か行くの?」

こんな風に家の中を片付けていくということは、決して一日や数日といった期間を留守にするわけではない。それを感じ取ったムウロが尋ねた。

珍しい。

ムウロの声には、そんな思いが篭っていた。

時間を忘れて書物を読むことに没頭するアイオロスが家や村の周囲ならいざ知らず、日帰り出来ないような場所に出掛けて行くことは珍しい。

その事を知っているからこその、疑問だった。

「魔界から呼び出しが掛かってしまって…。爵位持ちの召集ですから、もちろんムウロ様にも連絡が来ていると思いますが?」

そんなムウロの言葉に、アイオロスが呆れた面持ちを向けた。

「面倒くさいからと無視するのはいかがなものと思いますよ。そういう要らぬ所は父君に似られて…母君がお知りになったら嘆かれてしまいますよ。そもそも、」

「えっ?いや…。」

今にも説教を始めそうなアイオロスの言葉を遮り、ムウロは困惑の声を上げた。


ここ数日の事を思い返しても、アイオロスの言うような連絡が来ていたという記憶は無い。

羊人の村で、魔界に居るアルスと連絡を取っていたが、そんな事を言ってはいなかった。


そもそも、爵位持ちを召集するなんて事態が、滅多に無いこと。それを行なう資格は魔王にしかなく、爵位持ちの誰かが行なおうものなら、召集の理由とする議題の内容の、事と場合によっては大きな戦争が巻き起こることになる。下手をすれば、爵位持ち全員を敵に回しかねない行為と分かっていて、召集を行なう馬鹿は滅多に居なかった。


「ムウさん、サボりは駄目だよ?」


「本当に知らないんだけど?」


シエルの注意にも、ムウロは首を傾げることで答える。

その様子に嘘は無く、アイオロスも「おやおや」と驚いていた。


「召集の議題は、やっぱり"魔王陛下の気配"?」

「えぇ、そうです。この階層の時間でいえば三日前になりますが、地上から大戦以来感じることのなかった魔王陛下の力の気配を感じたと騒ぐ者が数人現れたそうです。そして、その内の一人、『青粘公爵』グルーレン殿が『死人大公』に進言して、今回の召集となった。魔界は大変な騒ぎになっているようですよ。」

行くのが面倒臭いですね。

言外にそう言っているようなアイオロス。それには、ムウロも頷いて同意する。


「それにしても、あれはやっぱり漏れていたのか。」


「あれって、爆発したこと?」


ディアナの箱庭の中で起こった、『魔女大公』が起こした鍵と鍵穴によって起こった爆発。魔女の箱庭という、魔女が絶対の支配をもたらす閉ざされた空間でのことではあったが、ディアナがシエル達を逃そうと爆発の最中に外を繋げたことが、察知能力に特に優れた魔族達に気づかれる原因となった。

多分、と言いながら説明するムウロだったが、その言葉はほとんど確信を持っていた。


「爆発、ですか?」


そういえば、それをアイオロスに話しに来たんだった。

アイオロスからは"『魔女大公』を探して欲しい"という依頼を受けていた。それもあって、『魔女大公』の行方の手掛かりとはいえないが、彼女の遺した謎の鍵穴の話をアイオロスに伝えようとしていたことを、ラシドとアメリアの事を目にして、すっかりと忘れていた。

シエルは慌てて、アイオロスに向かい口を開いた。

「あのね…」

『魔女大公』の箱庭に入る為の鍵に似ているとディアナが言った鍵。神聖皇国に伝わっていた箱に入った鍵穴。そして、大変なものが隠されているといった『魔女大公』の声。

それらをシエルはアイオロスに説明した。


「それは、なんと、まぁ。」


まさか、軽い気持ちも入っていた依頼を出してからの、こんな短期間で本当に『魔女大公』の片鱗を見出してしまうとは。

色々な事を想定していたアイオロスも、呆気に取られた顔になっていた。


「…それにしても、アリア様のうっかりは相変わらずなようで…。」


「アリア?」

「あぁ。姫様…『魔女大公』の名前だよ。あまり名前で呼ぶ者もいないから、知る者自体が滅多にいないけどね。」

『魔女大公』アリアがもたらした騒動に巻き込まれたことが、アイオロスにも何度かあった。その事を思い出し、アイオロスは懐かしそうに目を細めた。あの、下手をすれば死んでいたかも知れない日々も、今となっては色々と懐かしい、良い思い出ですね。そう呟くアイオロスの姿に、ムウロから「何を年寄り臭いことを」という言葉が投げられた。


「そういえば、あれは関係あるかも知れませんね。」


思い出に浸っていたアイオロスが、突然シエルに顔を向けた。

ふぇと驚いたシエル。

だが、続くアイオロスの言葉に、声を出さないようにして、大人しく話を聞いていた。


「魔界で、爵位持ちの下から宝が盗まれたという話を時折聞いた時期があったのですが…。話に聞いた限りの全員が、アリア様と懇意にしていた方々ばかり。誰かが鍵穴を探していたのかも知れませんね?」


「…可能性は高いね。」

「あやしいね。」

シエルとムウロ、アイオロスが考え付いたことを聞いて思ったことは同じだった。

「ねぇ、ムウさん。こういう事もディアナちゃんに教えておいた方がいいのかな?」

「そうだね。姫様と懇意にしていたというだけで狙われるのなら、姉さんは一番の標的にされるだろうし、一応教えておいた方がいいかも知れないね。」

ディアナに何かあった場合、ディアナに心酔している弟のレイが何をするか分からない。そして、知ってしまった今ではディアナの息子である神聖皇王がどう動くのかが恐ろしい。ディアナの息子が動かずとも、神聖皇国の中心に身を置いているディアナの下に魔族が盗みに入る。それだけでも、大戦の再来となってもおかしくない事態になる。

まったく厄介な。

ムウロは眉間に皺を寄せた。



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