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二度目の第四階層

「絶対に誰も分かんないと思う!」

シエルがそう叫んだのは、第四階層に着いてムウロの背中から下ろされた時だった。

先程までいた第三階層の、空気さえも枯れ果てていた砂漠の景色とは一変し、第四階層は爽やかな匂いが溢れている森と草原が広がる空間だった。

結局一度も踏むことのなかったが砂で出来ていた第三階層の地面とは違う、僅かにふかふかとした柔らかな土と草の地面に足を降ろした。

乾燥していた空気とは違う、深緑の匂いと潤いに満ちた空気を多く吸い込み、シエルは声を張り上げた。


まぁ、その気持ちも分かる。

近くに冒険者が一人でもいたら、そう思って頷いていたことだろう。

それ程までに、第三階層から第四階層に降りる方法は見つけ出すのが困難極まりないものだった。


第三階層から第四階層に繋がる道、それはカエルの口だった。


砂漠の砂の中から砂埃を撒き散らしながら現れた巨大なカエルの口の中に、カエルとの戦闘に集中する冒険者達の一団を横目にすり抜け、飛び込む。

カエルの口が閉じられて目の前が真っ暗となったと思えば、その時にはすでに深緑の香りを漂わせた優しい風を肌に感じる森の中だった。


攻撃してくるような巨大な敵の口の中に、次の階層への"道"があるなんて考えることが出来る冒険者なんて絶対にいない。


そう主張するシエルに、人型に戻ったムウロがネタをばらす。

「砂漠の何処かに、ヒントが記された石碑が置いてあるんだよ。それを見たら、カエルの口に飛び込めばいいって気づけるんだ。」

「石碑?」

「そう。散り散りになった仲間を見つけ出して、ヒントが描かれた石碑を見つける。それが第三階層の試練なんだよ。」


「でも、カエルと戦って、うっかり口に入って食べられちゃったっていう人も此処に来ることになるよね?」


カエルの口に飛び込む直前に見た、カエルに向かって武器を持って飛び掛ったり、魔術を使ったりして攻撃を繰り返していた冒険者達の姿。攻撃を仕掛けてくる冒険者達に対して、カエルも攻撃を返していた。巨大な手を振り下ろしたり、口から伸ばした長い舌で冒険者を叩き落としたり、中々強いカエルに冒険者達は手間取っている様子だった。

熾烈極まる戦いの中で、うっかりと口に入ることもあるんじゃないのか。

そんな人が居たら、たった一人で第四階層に放り出されることになるよね。とシエルはムウロに聞く。

「他の迷宮だったら、弱い者をどんどんと振るい落として、力のあるものだけが先に進める仕組みになっている。でも、この『銀砕の迷宮』は、主である『銀砕大公』と楽しませたものが勝ち。どんな偶然だろうと、先に進めればいいって感じだからね。」


一人になった後にどう足掻くかっていうのが面白いんだよ。


そう言って笑うムウロに、シエルは「悪趣味だ」と言い放った。

それは僕じゃなくて父上に言ってよ。

変わらない笑みを浮かべるムウロに、シエルは呆れ顔になった。




「さぁ、アイオロスの所に行こうか。」

森の中を、何の迷いも無く進み始めるムウロ。

村のある位置は、シエルが地図を出して確かめた。

森の中の風景はどれだけ移動しても、あまり代わり映えの無いものが続いて見え、油断すれば一瞬にして来た道も向かう先も分からなくなってしまうだろう。

「アイオロスさん、元気かな?」

出会ってから数日しか経ってはいない。けれど、本に覆い尽くされ囲まれた家の中の様子を思い出すと、ちゃんと生活しているのかなと心配になる。

「元気だろうね。あの生活は、僕が幼い頃からあまり変わらないから、慣れたものだろうし。それよりも、家の中の惨状がどう悪化しているかっていう方が心配だよ。」

「…あれ以上に?」

思い出すのは、足場も無いほどに積み上げられた本で覆い尽くされた床。シエルには、あの光景以上に酷い状態がシエルには想像も出来なかった。

「そういえば、あの人達も元気かな?」

シエルが思い出したのは、ケンタウルスの村に向かう途中で出会ったケンタウルス族の若者達。特に、ラシドという名のケンタウルスの顔がはっきりと思い浮かんできた。

最後に見たのは、涙を流して叫びながら走り去っていく後姿。無自覚ながら、自分の言った事が原因となって涙を流した男の人のことは、忘れようにも忘れ辛いものがあった。

お嫁さんはまだ見つかってないのかな?

この短い間では難しいかも知れないが、誰か良い人が現れたら、メアリに失恋したことも忘れることが出来るのに。村の女達の姦しい話や物語の中の言葉を思い出し、シエルはラシドには決して届かない助言を心の中で呟いていた。

そして、見つからなくても、羊人族のフルルみたいに依頼で「花嫁」なんて出さないで欲しいな、なんて思ったりもしていた。



………けて…


「えっ?」

シエルは、ムウロを見上げた。

木々が風に揺れる音の合間に聞こえた気がしたのは、女の人の多分、助けを求める声。自分より耳が良いムウロを見上げて、確認する。

「若い女性の声だね。助けてって言ってる。」

こっちだよ。

ムウロが指差すのは、丁度シエル達が向かっている方向。

耳を澄ませれば、その声はシエルにもはっきりと聞こえた。

  助けて!誰か!

そして、その後に先程は聞こえなかった声も聞こえた。

  静かにしろ。

それは、男の声。助けを呼ぶ女の人に向かって言っているようだった。


「ムウさん!!」

ムウロの袖を引いて、名前を呼ぶ。

ムウロを見上げているシエルの目には、ムウロが助ける為に動くことを疑わない様子が見て取れた。


仕方無いなぁ。


そんな言葉を共に息を吐き出したムウロは、シエルの体を片手で抱き上げた。狼の姿になって移動することも考えたが、警戒しているとはいえ誰が見ているかも分からない状況では、シエルの事を無駄に周知させることも無い。

「ちょっと揺れるから、口は閉じておくんだよ。」

ムウロの言葉に、シエルは口をしっかりと閉じ、腕をムウロの首に回してしがみ付いた。


シエルの準備が整ったのを確認したムウロは、シエルを抱えているとは思えない軽い足取りで、足場の悪い森の中を駆け始めた。

真っ直ぐと、声のする方向に向かって走る。

その間にも、女性の助けを呼ぶ声と、それを叱責する声は聞こえ、それは段々と大きく聞こえるようになっていった。


助けて!アグト。クラウ。ケリー。

 仲間のものだと思われる名前を呼んで、何度も助けを呼んでいる女性の声。


五月蝿いな、静かにしろよ。大人しくしねぇか。

 そんな女性に向けられた、男の苛立ちの篭った声。


何だか、その男の声がシエルの頭の端に引っかかる。

それをムウロに伝えるべきかなと思ったものの、ムウロの忠告通り激しい上下左右の揺れに襲われながら走っている中では、口を開こうとも思えなかった。



「助けてぇぇ!!!」

「だから、静かにしろって!!!」


はっきりと二人の声が聞こえた。

それと同時にムウロの走りは止まり、シエルは顔を上げて前を向くことが出来た。

「あっ…」


「えっ、なんで…」

「た、助けて下さい!!!」


シエルは驚きの声を上げた。

怒鳴っていた男は戸惑いの声を上げ、女性は懇願の声を上げた。

顔を上げたシエルの目に映ったのは、怯えて涙を流す14・5歳程に見える女性を横抱きにしているケンタウルスの若者。

それは、ちょうど先程、元気かなと思い出していたケンタウルス族のラシドだった。


「…お、お嫁さんが欲しいからって、人攫いをしてくるのは駄目だと、思うよ?」


「ち、違う!」


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