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道を潜り

真っ直ぐに伸びる道の先に、大きな二つ並んだ岩がある。

その二つの岩の間、岩肌が重なり合っている中の、目線を少し下げた辺りにポカリと黒く口を開けている穴がある。屈強な冒険者が一人、少し腰を曲げて、しゃがむ事で穴の中に入っていくことが出来る大きさの穴は、ここ数日絶えることなく冒険者達を次々と飲み込んでいっている。


第三階層に降りる穴の前に辿り着いた冒険者達はまず、二つの行動へと分かれる。

迷うことなく、穴へと入っていく集団。

穴の横に一端避けて、他の冒険者達が穴に入っていくのを横目にしながら万全の準備を整えるパーティー。

変性直後で、第三階層の環境も状態も分からない今は、後者を選ぶパーティーが増えていた。


シエルとムウロが辿り着いた時にも、三つの冒険者パーティーが穴の脇でそれぞれ荷物の確認や第三階層に降りた後に待ち受けているかも知れない事態への対応について、話し合っている所だった。


シエルとムウロは迷うことなく、準備することなく穴を潜る冒険者達の後ろに立った。


「変性前の第三階層は、一面の沼地だったんだよ。」

「じゃあ、全然正反対な場所になっちゃったんだね。」


シエルはすでに、フォルスと共にヴェルナの街へ向かう際に第三階層を通ってきている。

ムウロも、この第二階層の何処かから繋がる茨緑地区の中にあるエルフの村から、シエルを背中に乗せて村に移動する際に通過した。

二人にとって、第三階層は未知が待ち構えている場所ではなく、ただの通り道としか思ってはいなかった。

何も知らない冒険者達からすれば、異常な程の余裕を見せる場違いな二人組でしかなかった。だが、先程の騒動を見ていた冒険者達にとっては、二人の会話は単語一つたりとも聞き逃せるものではなく、今二人が交わしている第三階層の話にも耳を澄ましていた。


変性前の第三階層は、一面の沼地。

ムウロがシエルに教えていた、変性前の話ならば冒険者達は全員知っているものだった。

だが、ポロリポロリとムウロの話に相槌を打ちながらシエルが零す言葉は、よく聞き取れば需要なものばかりだった。


「でも、これ大丈夫かな?」


穴を潜る為に背中から降ろした、大きな荷物。

羊人の村で貰ったフワフワの布団を小さく圧縮した上から布で包んで出来た塊。村人達が寄って集って、シュラーまで動員して極限までに圧縮された布団を、シエルはせっかくのフワフワがっと驚いて見ているしか出来なかった。ムウロが横でしてくれた説明によれば、魔力を宿している羊人の羊毛はその魔力が失われるまでは、少し日の光に当てるだけフワフワの状態に、どんな状態からも戻るようになっているのだそうだ。それを聞いて、シエルは良かったと落ち着きを取り戻して、羊人達の作業を見守っていた。

そんな風に一喜一憂する程、シエルは布団を気に入っていた。


過酷な状況となる第三階層で布団が被害にあうかも知れないと、第三階層に広がる光景を思い浮かべて、シエルは悩んだ。

変性直後の、魔物なども出ずに通り過ぎるだけで良かった時でさえ、第三階層では苦労した。二度目となった、エルフの村の帰りは眠気に負けてムウロの背中でウトウトとしていたからそうでもないが、それでも寝苦しくて何度も目が覚めかけた覚えがシエルにはあった。


「そうだね、もしかしたら砂が入ることはあるかもしれない、かな?」


砂!?

という声が聞き耳を立てている冒険者達から漏れ出たが、布団の安否が気になっているシエルの耳には届かなかった。

「でも、前みたいな沼地で泥で汚れるよりはいいんじゃない?」

「えぇ~砂でジャリジャリも最悪だよ?」

あれって、払っても払っても残ってるんだよ。


そうしてシエルが話し出すのは、宿泊した冒険者が帰った後の掃除の話。

泥で汚れた靴をそのままで歩き回った跡は何度拭いても中々消えてくれない事。

外から入ってきた服そのままで寝台に入った時の、布の奥に入り込んだ細かい砂、臭いなど、消えるまでは何度も洗って干してを繰り返さなくてはならない事。

シエルが手伝いをしていて苛立った事が次々と吐き出されていく。


冒険者達は、もっと第三階層や他の階層の話などを聞きたいと思って聞き耳を立てているのだが、シエルの言葉に思い当たることもあるのか、うっと息を呑んで目を伏せるたり、心の中で反省している者もいた。



「限界まで圧縮してあるから、砂も入りにくくなってるんじゃないかな。」

色々と、永い時間を生きてきた中で経験を積んできたムウロだったが、布団を持って歩くなんて事をしたことは無い。だから、はっきりとシエルの心配に断言することも出来なかった。

「そうだといいなぁ~」

そんな話をしている内に、シエルとムウロの目の前に立っていた若い冒険者が穴の中に消えていった。

「着いたら、僕が行くまでその場で待っていてね。」

「うん。」

先に穴を潜るのは、シエル。

大人の男達が腰を丸めたり、しゃがんだりして進む穴を、シエルは少し背中を丸めるだけで進んでいけた。腕で抱え込むように荷物を持って、穴の中にシエルは消えていった。

そのすぐ後に、ムウロも穴へと入る。


本当の事を言ってしまえばムウロなら村まで、ひとっ飛びで帰ることも出来る。

迷宮の主であるアルスに頼めば、この穴を大きく広げて、屈んだり、無理な姿勢をとらずとも楽に第三階層に向かうことだって出来るのだ。

それでも、こうしてシエルのやりたいようにと付き合うことを、ムウロは楽しんでいた。




背中を丸めて、真っ暗な穴の中を前へと進んでいく。

岩ってこんなに大きかったっけ?

そんな風に考えてしまう程、暗いトンネルは長く、出口だと思える光は遠い。

シエルのすぐ前に穴へ入った冒険者の影も形も目の前に無く、シエルのすぐ後に穴に入ってきた筈のムウロの気配も感じない。

ちょっと怖いな。ギュッと固くなっている布団を抱きしめて、シエルは足を動かすことだけはやめなかった。

心細さに、その足も速くなる。


「そういえば、これってあそこに出るのかな?」

前にも後ろにも誰もいない状態に、シエルはついつい独り言を口にする。

街へ向かう時に通った第三階層から第二階層への"道"は、大変な場所にあったことを思い出す。

あの時は、フォルスや一緒だった冒険者達の助けを借りて、シエルは何とか"道"を潜ることが出来た。

上に行く際も大変だった"道"は、下る際も大変なものだった。


正確にはわからないが多分、4メートル程の崖の中腹に、"道"はあった。

道など無い、手探りで足場を見つけ出しながら崖を登らなくてはいけなかった。

あの時は、風の魔術を扱える冒険者の協力を得て、シエルは崖の中腹まで飛ばしてもらった。


「飛び降りる?」


風に煽られるように不安定に浮かび上がった崖の中腹に出たとして、どうやって地面に降りよう。思い悩んだ末にシエルが考え付いたものは、ただただ簡単なものだった。

崖の中腹から飛んで降りればいい。

幸いなことに、地面は砂。細かい砂が一面に広がっている。砂が衝撃を和らげて大怪我することにはならないだろう。



新しい『銀砕の迷宮』の第三階層は、一面の砂漠だった。

風が強く、所々に水を湛えるオアシスやそびえる岩壁などが点在するだけの空間。

どんな魔物が出てくるのだろうか、それは魔物や魔獣が出てこようとシエルにとっては危険ではないと分かっているからこその考えを脳裏に過ぎらせていた。


眩しくて外の光景はまだ、目には入ってこない。

出口だと思われる、真っ暗なトンネルの中に光を取り入れる場所にまで辿り着いたシエルは、覚悟を決めて足を踏み出した。




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