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迷惑なこと

「噂、ね。」


ムウロの腕にしがみ付いて何とか立っている状態のシエルの頭を、空いている手で撫でたムウロは、意味ありげに声を出した。

はっきりと聞くよりも、こうやって聞いた方が案外色々と普通なら口を噤むようなことまで話してくれると、ムウロは知っていた。特に、無意識の内に力の差を察することが出来ている相手には良く通じる方法だ。


「いや。悪い噂じゃないですよ。」


ムウロの思惑通り、彼らも慌てて口を開いていく。


「それに、グレルたち兄妹達の親しい知人とかだけの間だけですから。他の、事情も知らされていないような奴等に漏れるようなことは絶対にありませんから。」



話を聞いているだけだけど、可愛くて仕方が無い父親違いの妹。

いつか絶対に一緒に暮らす。

などなど。 

妹と母への土産の為に、帝都の大通りにある目ぼしい店という店を営業停止に追い込もうとした。

何時でも母や妹が遊びに来てもいいように、帝都に屋敷を用意しようとした。

などなど。


「えっ、何それ。」

口々に出てくる、帝都でのグレルや、まだ会っていない姉ロゼ、兄シリウスの話に、シエルが顔を上げて驚きの声を上げた。

初めの方は、可愛らしくほのぼのとした兄達の思いそのもので、シエルもフラフラの頭で嬉しさを覚えていた。

でも、後々に出てくる話はどれも、素朴な生活を送る村育ちのシエルでは頭を抱えたくなるような話ばかり。驚き、戸惑いと僅かな怒りが沸き立った。

「営業停止って…屋敷って…。」

シエルから見た次兄グレルは、穏やかで優しそうな人で。

そんな、シエルだって常識知らずと分かるようなことを仕出かすとは到底思えなかった。

じゃあ、まだ会っていない姉と兄が?

グルグルと、シエルの頭の中が回っていた。


「…お兄ちゃん達って、お金持ち?」


ようやくシエルが言えたのは、そんな事だった。

シエルの家は貴族が別荘として建てた屋敷だと聞いている。

村に建つ他の家々とは比べ物にならない程大きく、そして綺麗に整えられた屋敷。冒険者も、大きな街でも滅多に見ないような建物だよねと言っていることを見たことがある、そんな屋敷を別荘として立ててしまう貴族がたくさん住んでいるのが帝都。シエルはそんな風に考えていた。

そんな帝都で屋敷を買ってしまおう、しかもシエルとヘクスが遊びにきた時の為に?


「まぁ、皇太子の側近だから、それなりに貰ってはいるね。」

シエルの言葉を、ケインと名乗った一番背の高い男が肯定する。

「浮いた話も聞かないしね。シリウスさんも、グレルもロゼも。」

多分、貯め込むだけ貯め込んでるよ。

アサド達も、うんうんと頷いて、シエルの言葉がそれほど間違ってはいないと言う。


兄の友人である彼らの言葉を聞いて、シエルは兄達と普通に接しても大丈夫だろうか、と何故かネガティブな方向に悩んでしまった。

村人達の思い出話から、そんな事が出来る人達が兄・姉なんだと憧れると同時に落ち込むことがあった。

その時に感じた思いが、再びシエルを襲ってきていた。


「今回、ミール村に向かう事になった時は、その貯めに貯めこんだものを大盤振る舞いしてたんだよ。お土産、見た?」


落ち込み悩むシエルに、ファグが聞く。

「えっ、知らない。」

そんな事、母から聞いていないし、グレルにも会ったが聞いていない、と思う。

もしかして聞き流してしまったのかな、と考えるが思い出せない。

ファグが、がっかりと肩を落とした。

「そうなのか。…見たら驚くよ。グレルとロゼが気合を入れて、色んな店を買い占めようとしていたから。」

ファグ達が何度も止めたらしい。

だが、準備や通常の仕事に忙しい双子に代わって、あちらの店、こちらの店、と買いものの荷物持ちなどの手伝いをさせられた上に、女性や子供が好むものを調べてきてと聞き込みさせられたり。

そんなに持っていけないだろうと、直接言えば機嫌が悪くなって、特にロゼから何をされるか分からなかった為、それとなく遠まわしにしたりと工夫を重ねて言っても通じず、だというのに何時の間にか荷物を収めておく為の新しい魔術を作り出していた。

何ヶ月も前から予約が必要な有名なお菓子も、どんな手を使ったのか手に入れていた。

最終的に、そんなに持っていっても相手が困るだけだと諭し、荷物、特に食べ物関係を減らさせることは出来たのだと、ファグから乾いた笑い声が漏れ出た。


「…御迷惑をおかけしました?」


その頃にあったことを思い出し、疲れた様子を見せるファグに、こういう時はどういうべきか、そう考えて出てきた言葉を口にするシエル。

いや、いいんだ。ありがとう。

何処と無く、グレルやロゼの面影のあるシエルにそう言われ、何だか苦労が報われた気がしたファグは目頭を押さえて首を振った。


「グレルは学生時代から一緒に悪さだってした仲だからな。色々と胃が痛むこともあるけど、あいつが珍しく機嫌が良い状態で動きまわってくれれば嬉しいと思うんだよ。」


趣味も半分な仕事の為、何日でも仕事場に篭って太陽の光を浴びないなんて、ざら。なんていう、グレルに対する愚痴がファグの口から飛び出してくる。

そんな姿に、本当に気心の知れた友達なんだなとシエルは感じていた。


「任務中のグレルに会いに来るんだなんて、本当に仲が良いんだね。」


用がある、とファグは言った。

だけど、それならば通信用の魔道具や魔術を使えばいいだけの話。

直接追いかけてくるなんて、一体どんな用事だというのか。


「…届け物を頼まれているんですよ。」

ムウロの問い掛けで、涙ぐんでいたファグの様子が一変した。

真剣な面持ちでムウロを真っ直ぐに見据えたファグ、その全身から緊迫した空気が滲み出ていた。

「届け物ね。面倒事にはならないよね?」

「それは、分かりません。俺は頼まれただけなので。」


そんなやり取りをしている間にも、第三階層に冒険者達は次々と降りて行っている。真っ直ぐに伸びる道の上をゆっくり歩いて第三階層に降りる順番を待つ形となって列のようになっていたのだが、シエル達の前方にはポツリポツリとした冒険者の姿が見えない空いた間が生まれていた。

緑の草原の中に、それが道だと分かりやすく土が剥き出しになった真っ直ぐな線。

勇気のある冒険者達は緑の部分を踏むことも厭わず、シエル達を取り巻いていた緊迫した雰囲気が治まり、世間話のようなものに入った途端にシエル達を追い抜かしていった。だが、それが出来ない冒険者達はシエルやムウロ、ファグ達の後ろで足を止めて待っている状態だった。


この第二階層には、色々な罠が仕掛けられている。

それは、道を外れれば外れる程多く、そして強烈な罠になると言われているが、稀に道を一歩踏み外しただけで発動する罠も目撃されていた。

罠に対応出来る自信や、自分の運を信じることが出来るもの以外は、どんなに順番待ちの冒険者が多かろうが、道の上で諍いが起ころうが、大人しく待っていることが第二階層での決まりとなっている。


「ムウさん。」

その事に気づいたシエルが、ファグ達をジッと見据えているムウロの服を引いた。

「あぁ、迷惑なのは僕達だね。」

ムウロがファグ達から目を放して自分を見ると、シエルは自分達の前方を指差した。

それでシエルが何を言いたいのか気づいたムウロは、ファグ達の背後、足を止めて様子を窺いつつ待っていた冒険者達に詫びの言葉を投げ掛け、シエルの手を引いて前へ進もうとした。


ムウロの目が離れたことでホッと息をつくことができ、お互いに頷き合っていたファグ達が、足下に転がしてある縛られた男達を目に入れて、前に進み出したムウロとシエルに慌てて声をかけた。

「こいつらは、どうする?」

連れていくには、縛られた状態では足手まとい。解放すれば何かを仕出かすかも知れない。だが、放っておくのはどうなのか。

そう思って聞いたファグ達の声に、ムウロは振り向くことなく答えた。

「道の外に出せばいいよ。」



「どうなるの?」

そう言うだけで前に進んでいくムウロに、シエルは聞いた。

チラリと見れば、ファグ達がムウロの言葉通りに道の外へと縛られたままの男達を出していた。それには、待っていた冒険者達も手を貸している。

「しばらく、見世物になってもらおうかなってね。」

その後は、誰かに行かせて迷宮の外にでも出しておくよ。


第二階層に降りてきた冒険者達が全員、この道を通る。

さぞかし話題の見世物になるだろう。


ムウロの言葉は、作業を終えて駆け足で追いついてきたファグ達にも聞こえていた。


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