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噂の・・・

男を飲み込んだ穴は、唖然とした顔から送られる視線の前で、一瞬にしてその姿を消した。

穴なんて何処にあった?男は本当にいたのか?そんな風に思わせる程、突然に開き、そして閉じた穴の周囲で見ていた者達全員が息を飲んで、音一つ立てられずにいた。


そんな中、穴に一番近い場所に立っているシエルが顔を上げ、今はもうそこには無い穴の中へと注いでいた目を、縄で縛られた身体を硬直させて地面に座り込んでしまっている男の仲間達が居る方へと向けた。


「ヒッ!」


引き攣った声が異様な程の大きさとなって、周囲に響き渡った。


シエルの叫びによって、二人に向かって刃を向けた男は姿を消した。

男と共にシエルとムウロを見下し脅していた自分達も、男と同じように穴に落としてしまおう、そうシエルが考えていると思ったのだろう。

後ろ手を縄で縛られ動き辛い身体を必死に動かし、シエルとムウロから遠ざかろうとしていた。


もちろん、そんな事を僅かにも考えてもいない、考えもつかないシエルは、人相の悪い男達が地面を這うように遠ざかろうとしている姿に、キョトンとした顔で首を傾げている。


男達は、自分達を縛り付けた青年達の足下を必死に這っていく。

青年達は呆れた顔で、足下の男達を蹴って動きを止めさせた。その目に呆れを浮かべて、足下を見下ろしている。シエルとムウロと、穴があった場所を開けただけの位置にいた青年もシエル達に背中を向けて、その様子を見ていた。

彼らには、シエルがそんな事を考えるようには見えなかった。それは、この場にいる全員がシエルを見て思ったことだっただけに、男達には生暖かい視線が集まっている。男達の異常なまでの怯えようは、自分達がした事が後ろ暗いものだと理解しているからこそのものだった。


シエルは、目の前に立つ青年の背中をトントンと叩いた。


「ん?」


「助けてくれて、ありがとうございました。」


振り返った青年に、シエルは頭を下げる。

「いや…、俺達は殆ど何もしてないよ。必要もなかったみたいだし…」

慌てた青年の、頭を上げて、という声がシエルに向けられた。言葉にするのと同時に、シエルの身体に手を伸ばして頭を上げさせようとしたが、シエルに手を触れても大丈夫だろうかという考えが頭を過ぎり、青年は気づかれないようにと注意を払いながら一瞬だけ、視線をムウロに向けた。

男たちは侮りと驕り、そして欲に目が眩んで気づくことが出来なかったようだが、青年の脳裏にはムウロが危険な存在だという直感が走っている。

悪意がある訳でもないのなら、多分大丈夫だという思いはあった。が、それを上回る程の脅威をムウロから感じて取ってしまっていた。


「でも、あの人を止めてくれたでしょ?」


注意すべき存在であるムウロは、シエルと青年を見守る体勢となっていた。

その姿を目に入れホッと息をついた青年だったが、一瞬だけ笑みを含んだムウロの目と見つ合う事になり、急いでシエルへと視線を戻した。

すると顔を上げたシエルの、深い赤色の目が青年を見上げていた。


「あぁ…それは、ついつい、ね。」

「争いごとに割って入ることが出来る人は凄く勇気のある人なんだって、教えてもらったよ。」

ありがとうございます。もう一度、礼を言って満面の笑みをシエルは青年と、青年の仲間達へと向けた。

「いや。本当、ついついなんだよ。なんか、他人とは思えなくてね。」

純粋な思いだけが篭った賛辞と笑顔に、青年はうっと息を飲んだ。


「安いナンパ?」


シエルから向けられる笑顔に、青年は助けに入る前から頭を過ぎっていたある事が強まり、シエルの顔をジッと逸らす事なく見つめていた。

そんな青年の様子に、シエルは首を傾げ、ムウロからは短く、だが忠告を含んだ声が飛んだ。

自分の考えに没頭し始めていた青年の耳にも、警戒を解くことの出来ないムウロの声ははっきりと届き、すぐに目をシエルから離した。


「いえ。違う。違います。この子が俺達の友人に似ていると思っただけです。」


言葉が自然と丁寧なものとなったのは、ムウロから向けられる笑みに含まれた重たく冷たい気配によるものだった。青年の背筋に、冷たい汗が流れ落ちていった。

「友人、ね。」

「そいつの言っていることは本当です。確かに、俺達の友人に似た奴がいるんですよ。その子と同じ黒髪で、目の色は違うけど顔も何処となく似てて、最初に見た時なんて友人の兄貴が女装した時にそっくりだって驚いたくらいで。」

ありきたりな言い訳の常套句に、ムウロが意味ありげな声を出す。

どうしたら、と考えて汗を流す青年に、仲間達から助力の声が上がった。


「ねぇ、君はミール村の子なんだよね。」


ニコニコと笑う、青年の仲間の一人がゆっくりと近づき、シエルに問い掛けが投げてきた。


「はい、そうです?」


「じゃあ、グレルっていう奴を知らないかな?僕達は、そいつの友人なんだよ。」

あと、ロゼっていう奴とか…


その言葉に、今度はシエルが驚き声を詰まらせた。

最近会ったばかりの、下の兄の名前を聞くとは思ってもみなかった。


「言っておくけど、村の名前を利用しようとする行為も、害なす行為に含まれるよ?」


「誓って本当です。」


青年達の様子から、その話が本当のことだろうと分かっていて、ムウロはわざと忠告を口にする。

それがムウロのからかいが交じっているなど、分かるわけもなく。焦りに汗を流していた青年が、硬い声を絞り出してムウロに宣言した。それまで逸らし続けていた目をしっかりとムウロに合わせて言ったその言葉は、信頼出来ると人に思わせられる何かが滲み出ている。

青年の三人の仲間達も、ウンウンと慌てた様子で頷いていた。


「グレルに用があって、村に向かっている途中なんです。」

青年は、ファグと名乗った。

青年の仲間達はそれぞれ、ケイン、アサト、フゲンと名乗った。

シエルに近づいてきていた、一見すると女性にも見えそうな青年はアサトと名乗り、シエルに手を差し出した。よろしくっと差し出された手を握り返しながら、シエルも口を開く。

「シエルです。えっと…グレルは、私のお兄ちゃんです。」

自分の名を名乗り、どうしようかと迷ったものの、チラリと見たムウロが頷いて「いいよ」と口を動かして後押ししてくれたことで、グレルが兄であることを言うことにした。


「じゃあ、君が噂の妹!!?」


「う、うわさ?」


四人の、グレルの友人だという青年達の驚いて見開かれた目がシエルへと集まった。とはいえ、シエルはその不躾に向けられる視線に嫌な感じを受けることはなかった。

ただ、自分の事がどう噂されているのかが気になって仕方が無く、その事に頭の中が占められる。

口を開いて聞こうにも、手を繋いだままだったアサトがブンブンとシエルの手を大きく揺さぶり、体格の差もあってシエルは声を出す事もままならない程に振り回されてしまっている。


「た、たす…」


体を大きく振動させられ、その振動で目を回し始めたシエルが、助けを求める言葉を発しかけた。

それはムウロに向けてのものだったが、はしゃぎながらもシエルの声を耳にしっかりと入れたファグ達はそうは思わなかった。

先程のように、村人を護るための仕組みを発動する為のものだと判断し、一瞬にしてアサトの体を抑え付け、シエルを抱き抱えアサトから引き離して助け出す。

そして、それらの動作が終わった後は、自分の足下を確認してホッと安堵の息を吐き出した。


すぐに地面へと降ろされたシエルだったが、酔っ払いのようにフラフラとなった足取りで、なんとかムウロに近づき、その腕にしがみついた。



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