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羊人の村の特産品

「魔女様、これは些細ではありますが御礼の品で御座います。」


がっかりと肩を落としているシエルを気遣いながらも、羊人の村人の女性が一人、声をかけてきた。


地面に向けていたシエルの視界の端に、白く大きなものが入り込んできた。

何?とシエルは顔を上げた。

そして目に入ったのは、4人の子供達の8本の腕で抱えられている、白くて、大きな、見るだけでフワフワしていることが分かる塊だった。


「お布団?」


ベットに入って惰眠を貪る為に包まる、布団だった。


「羊人の子供から採れる羊毛だけを集めて作ったものなんです。僅かではありますが、心身を癒す効果と悪夢を追い払う効果があります。どうか、受け取っては頂けませんか。」

にっこりと笑って申し出てきたのは、貫禄のある小太りの女性。何処となく、フルルに似ているような気をシエルは感じた。

「馬鹿息子が迷惑をおかけしました。」

まだ説得を受けている最中のフルルにチラリと目を向け、目の前に来た女性と見比べたシエル。それに気づいた女性は笑みを深め、腰を深く折り曲げて頭を下げた。


「いいの?子供の羊毛だけで作った布団って、めちゃくちゃ高いよね。」

俺も欲しいと思ってたけど手に入らないんだよね。

しげしげと子供達が持ったままの布団を眺めて、シュラーが口を挟んだ。先程までパスティスの説教を受けていたのだが、それはシエルもムウロも気に留めない間に終わっていたようだった。

高価なもの。

大きくフワフワな布団に目を輝かせて、今にも抱きしめに飛び掛らんばかりになっていたシエルも、シュラーの言葉にえっと驚き、体を後退りさせ布団から遠ざけてしまった。

余計なことを言うなという視線が、ムウロだけではなく、本来ならば格下である筈の村人達からも注がれる。


シュラーは大公の息子。

そんな立場の者が高くて手に入らないなんていうものを受け取るわけにはいかない、とシエルは「頂けないです。」と首が捥げんばかりに横に振って断った。


「魔女様。これは売り物として作ったものではありませんから、どうかお気になさらずにお持ち下さい。」

「で、でも…。」


「シエル、貰っておきなよ。羊人族が作る布団は魔界でも人気なんだよ。一度使ったら目覚めたくなくなるって言われているくらいに気持ちがいいって。」

受け取って欲しいと詰め寄るフルルの母親に、でもでもと怯えて逃げ出しそうなシエル。

ムウロは後退りそうなシエルの背中をポンポンッと叩いて、優しく宥めた。

落ち着いた、優しい声音で吐き出す言葉は、まるで誘惑しているかのような響きを含んでいた。


「シエルが使わなくても、ヘクスさんにプレゼントしたり、売ってもいいんだし。」

ねぇ、という問い掛けは、シエルでは無く、フルルの母親へと向かった。

「えぇ、もちろんです。魔女様のお好きなように御使用下さい。」


何処か、布団を何としても村から出してしまいたいという考えが滲み出ているような、そんな事をシエルは感じて、自分の背中に手を添えて背後に立っているムウロを見上げた。

シエルと目があったムウロは、ニコリと笑みを深めて頷いた。

シエルの考えを読み取り、それが合っていることを教えてくれた。

「怒らないから正直に言えばいいよ。」


「…羊人族には、伴侶に自分で作った布団を送るという習慣があるのです。」

ムウロの言葉は、フルルの母親へと向かっていた。

だが、シエルには笑っているとしか見れないムウロの笑みに女性は怯えてしまい、代わりにとベルキュリオが答えてくれた。

「ユララ。」

後は自分で説明して御頼みしなさい。と村長に促され、フルルの母親、ユララは青褪めた顔を上げ、口を開いた。

「この布団は、フルルが作ったものなんです。弟妹達や村の子供達の羊毛を集めて、『運命の人』に贈るんだと。魔女様、謀ろうとしました事お詫び致します。」

「ものが良いものだと言うことは確かです。羊人の村長として保証致します。ですので、受け取っては貰えませんか。」

再び頭を下げるユララと共に、ベルキュリオも頭を下げた。


「恋している時の思い出が詰まった品はさっさと捨てちゃうか、目に見えない場所にやってしまう方がいいって言うもんね。」

能天気な声でシュラーも、シエルに受け取るようにと促してきた。


「じゃ、じゃあ…。」

恐る恐るとシエルが頷く。

「ありがとうございます。」

ユララは顔を上げて、喜びの表情を満面に浮かべてシエルに礼を言う。ベルキュリオも、その隣で何度も何度も感謝の言葉を口にしていた。


「…良かったのか?お前も欲しかったんだろ?」

どうしてシエルを後押ししたんだ、という問いがムウロからシュラーへと投げられた。

シュラー自身も先程欲しかったのだと口にしていたし、アルスの後宮で暮らしていた頃、確かに羊人の羊毛を使った布団の中で丸まって寝て過ごすシュラーの姿を何度も見たことがあった。シュラーの言葉は本心からのものだと考えれば、シエルを後押しして布団を手に入れさせるより、横から口と手を出してシュラーが貰おうとも出来た筈だ。ムウロに怒られるなどという考えに気が回るような頭は無いのに、と若干酷い事を思いながら、ムウロはシュラーにいぶかしむ目を送った。


「だって、初恋拗らせた青少年の思いが篭った布団って、なんか悪夢を追い払うより悪夢を呼び込みそうじゃん。」


その言葉はしっかりと届いてしまったらしく、布団を受け取ることを了承したシエルの足を、再び後ろへと下がらせた。


「大丈夫だよ、シエル。シエルには『銀砕大公』の加護が付いてるじゃないか。羊人の持つ力なんて、父上の力の前には意味なんてなさないよ。」

一度は後退りしたシエルだったが、ムウロの優しい言葉を背中に受け、シエルもそうなのかと納得するその言葉に意を決し、フカフカの塊である布団に抱きついた。

想像していた以上にフカフカ、フワフワで気持ちが良い布団の感触に、シエルはうっとりと目を瞑り、シュラーの言葉もすぐに忘れてしまった。


布団に張り付いて幸せそうな声をあげるシエルの背後では、ムウロによってシュラーは首を締め上げられ、その足下は宙に浮かんでしまっていた。


「ち、父上様って悪夢、とも戦えたっけ?」

どうしても聞きたかったのだろう。

シュラーは絞められた喉から搾り出した小さな声がムウロの耳に届いた。

ムウロ以外には聞き取れないような小さく、擦れた言葉の羅列だったが、ムウロはそれをしっかり聞き取っていた。

「さぁね。父上が夢の領域に入り込めるなんて聞いたことは無いよ。でも、多分シエルなら大丈夫だろうからね。」

力の差がどれだけあったとしても、力を使う場が異なれば、それは意味を成さない。シエルに施されたアルスの守りに特化した加護が、悪夢に対して効果があるかなんてムウロには分からなかった。だが、悪夢を呼び込むというのも"もしかして"の話だ。それに、シエルなら悪夢は見ないだろうと、意味を成さない考えがムウロには浮かんできていた。


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